第7話

  レイナを打倒すべく結成された「鶏竜同盟」。

 順調に計画を進めてきた彼らだったが、最も警戒すべき敵、クロヴィスとヤクト=フントに挟まれてしまう。二匹の運命や如何に。




『こうなったらしかたがありません……。彼らが話して来たら落ち着いて受け答えしてください。何か質問されたら、私が言うことをそのまま言えば問題ありません』


(……分かった。しくじるなよ)


 キングブラックはジャバウォックがよく見える位置まで移動し、相手の出方をうかがう。もし最悪の事態になればすぐジャバウォックを連れて脱出できるよう、スーパーコッコちゃんパワーの準備も忘れない。


「すまない、少しいいか?」


 先に動いたのはクロヴィスの方だった。


(どうすればいい)


『とりあえず普通に返してください』


「(分かった)。……我のことか? 貴様のような軟弱眼鏡に呼び止められる筋合いはないが」


 いきなりアウトだった。


『なんでいきなりけんか腰なんですか!?』


(普通でいいといったのは貴様だろ! これが我の普通だ!)


『あーもう! じゃあもう今からは私の言う事をそのまま言ってください!』


(それなら貴様が受け答えすればいい話だろうが!)


『今ノコノコ出ていってどうしろと⁉ いいから私に全部任せてくださいって!』


「……どうかしたか? ぼうっとしているようだが……」


 クロヴィスが心配そうに顔を覗き込んでくる。


「っ! な、何でもないわ! それより我に何の用だ!」


 さぁここが正念場だ。もし、万が一にもブゥ兄弟の失踪に自分たちが関与しているのではないかと疑われていたら、この計画の成功ははるか彼方に遠のく。

 一度この場から逃亡し変身で再び姿を変える事もできるが、それができるのは早くても二週間後、祝祭準備中という千載一遇の機会を逃すことになる。

 二匹は固唾を飲んでクロヴィスの次の言葉を待った。


「……今町で噂の、突然現れ腕利きを次々に倒していった謎の女格闘家とは、もしやあなたのことではないか? もしそうならぜひ一度手合わせをお願いしたいのだが」


「……」


『……』


「そ、それだけか……?」


「あぁ。純粋にあなたと一度手合わせしてみたい。言うのが遅れたが、俺はクロヴィス。町の外れにある調律の神殿に住んでいる者だ」


「こっちの小僧も……?」


 フントは無言でこっくり頷く。


そう、キングブラックは一つ大きな思い違いをしていた。武闘家というのは例え祝祭まで時間があまりない準備期間中であろうとも、強者がいる事を知れば戦いを挑みたくなる人種なのだ。





 テレレテレテテ――ン!!!


 キングブラックの頭の中でけたたましいファンファーレが鳴り響いた。


『勝った――!!  乗り切った――!!』


(お、おい。これにはどう答えればいい)


『体調が悪いとか言って適当に流しておけばいいんじゃないですか? もうそんな些末な事はどうでもいいですよヒャッホ――!』


「(貴様……さっきまで自分に全て任せろとか言っておきながら……)。あー、それなんだがな……。今日はどうにも体調が悪いというか……ゲホゲホ。勝負なら別の日にしてくれないか?」


 お世辞にも上手いとは言えない、シェイクスピアあたりが見たら憤慨して芝居の神髄を小一時間は説きそうな棒演技だったが、


「そうか……。それなら仕方がないな……。一刻も早く体調が良くなることを願っている」


「残念……」


 それを信じてしまうのが彼らの良いところというかなんというか。


「九日後にある祝祭では、参加者を募って武闘大会を開く予定だ。それまで滞在しているなら、ぜひ参加してほしい。……それじゃあ行くぞ、フント」


「……」


 最大のピンチを乗り越え、胸をなでおろす二匹。


『今日の夜は酒でも買って祝宴でも開きますかね』


(いいな。あの豚共がいいつまみになりそうだ)


『それはだめですって。私たちの狙いはあくまでレイナ・フィーマンただ一人。他はただの人質です』


 すっかり危機は去ったという感じだが、今回の機械仕掛けの鶏コッコ・エクス・マキナはそこまで甘くはなかった。


 ジャバウォックのすぐ傍を通り過ぎたフントの鼻が一際大きく動く。


(なっ――⁉)


 キングブラックが聞いたのは今までに無いほど動揺したジャバウォックの声。慌ててジャバウォックを見ると、


「……あれは」


 フントが、ジャバウォックのむき出しの腹に鼻を近づけてスンスンと匂いを嗅いでいるところだった。

 遠くから見ると、まるでフントが顔をうずめている様に見える。


「このっ……!!」


 ジャバウォックが大きく腕を振るうが、さすがは「沈黙の猟師」、すっとそれを躱しながら宙を舞い、クロヴィスの傍に着地する。


「……俺はもう行く」


「あ、こら! ……すまない。彼は普段はおとなしいんだが、たまに突拍子もない行動をすることがあってな。悪気があってのことではないと思うのだが……」


「ふん! あの程度で怒るほど器は小さくないわ……ゲホゲホ」


 一応体調が悪い設定は覚えていたらしい。

 クロヴィスはもう一度謝罪をしてから、フントを追って広場を出て行った。


 クロヴィスの姿が見えなくなったのを確認してジャバウォックのところに戻る。

 ボリュームたっぷりの肉サンドを見て舌なめずりするジャバウォックと対照的に、先ほどのハイテンションが嘘のようにキングブラックは浮かない顔をしていた。


(なんでしょう、今のフントの動きは……。あれを突拍子もない行動で片づけていいのか? もっと何か、別の意味が込められていたのでは?)


 二人をやり過ごした直後だというのに、キングブラックの胸には大きな不安が居座り、どんどんそれが胸を蝕んでいく。


「すいません。これを頼みます」


 持っていたプレートをジャバウォックに押し付ける。


「食べないのか?」


「少し嫌な予感がするので……。私の分も残してくださいよ!」


 言うや否や、広場を走って出ていくキングブラック。


「全く、おかしなやつだ」


 ジャバウォックはあまり気にせず肉サンドにかぶりついた。





「……いた!」


 クロヴィスの白い聖装はよく目立つ。広場を出てから数分もしないうちにキングブラックは二人を見つけることができた。

 どうやらクロヴィスもフントに追いついた直後らしい。人通りが多く気づかれにくいのを良いことに、キングブラックは二人の後ろにぴったりついてその会話を拾おうとした。


「……ブゥ兄弟が家出したという話を、さっきエクスから聞いた」


 フントのぼそぼそとした話し方のせいで聞き取りづらくはなっているが、なんとか会話を聞くことはできる。


「……本当に仕事に疲れて家出したと思うか?」


「俺はそう思わない。少なくとも、彼らの働いている時の顔を一度でも見たことのある人間なら皆同じ結論になるだろう」


(なるほど。それでこんなにバレるのが早かったのですね。祝祭の準備にかかりきりにさせるため、作業の中心的存在だった三匹の子豚を狙ったのですが……、まさか勤勉さが裏目に出るとは)


「それより、さっきはなんであんな事をしたんだ。普段のお前なら絶対にしないことだぞ」


 クロヴィスが少し咎めるように言う。


(まだそれについては聞いていなかったのですね。それさえ聞ければ安心して戻れます。ジャバウォックに全部食べられていないといいのですが……)


「……初めて会った時からうすうすは感じていた。だが確証がなかった」


(? 何の話ですかね?)


 キングブラックは首をかしげる。クロヴィスも分かっていないようだ。


「……もしブゥ兄弟が家出していたとして、どこに隠れた? この近辺に身をひそめる場所はない」


(なぜさっきから度々三匹の子豚の話題が出るのですか? 

 ……いやいや、仮に彼らが誘拐されたことが分かっても、祠が見つかる事は絶対にありません。『スーパーコッコちゃんカモフラージュ』に天然のカモフラージュの二段重ね、さらに完全防音防臭で中から知らせることも不可能だし、そもそも両手を縛られた状態で大した事ができるとも思えません。……ではなぜ? まさか、私たちが気づいていないような重大な証拠を発見したとか?)


 考えれば考えるほど、思考は負の泥沼に沈んでいく。


「フント、さっきから何の話をしている。最初に聞いた時も、お前は唐突にブゥ兄弟の話に持っていった。もしかして何か話せないような事情でもあるのか?」


(まずい……、考えがどんどんネガティブな方向に行ってますね……。ポジティブ、そうポジティブにいきましょう! 彼はブゥ兄弟について何も知らない、ですがどうしてもさっきの奇行の理由を話したくないので無理やり話をそっちに持って行ってる、そうですそうに違いありません!!

 そういえばフントは年上の包容力のある女性に弱いんでしたね……。もしやジャバウォックに母性を感じたとか? ふふ、鼻は利くようですが女性を見る目はからっきし……)





「……あの女の体から微かにブゥ兄弟の匂いがした」


「何? 勘違いではないのか?」


「……俺もそう思って、より近くで嗅いでみた。あれは確かにブゥ兄弟の匂いだ。

それもただ話したとかそういうレベルじゃない。かなり近くで接触していた匂いだ」


「彼女がブゥ兄弟を匿っていると?」


「……かもな。どちらにせよかなり有力な情報源なのは間違いない」


「なら神殿に戻って彼に報告しておくか」


 二人の背中がだんだん遠ざかっていく。それをキングブラックは放心した顔で眺めていた。


「『スーパーコッコちゃんテレパシー』……」


 道の真ん中で立ち止まっているキングブラックに文句を言おうと近づいてきた荒くれが、彼の顔を見て慌てて離れていく。


『どうした。もう肉サンド食べ終わってしまうぞ。早く戻って……』


「腹くくってください」


『あ?』


「クロヴィスとヤクト=フント。彼らを今日中に狩らないとほぼ詰みです。覚悟決めてください」


『おいそれはどういう』


 テレパシーを切ったキングブラックは天を仰ぐ。

 少しづつ西に傾く太陽が、まるで死神の鎌のように見えた。

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