第6話

 詩竜ジャバウォックとキングブラックコッコちゃんが結成した「鶏竜同盟」は三匹の子豚の誘拐を難なく成功させる。

 計画は順調に進んでいると確信する二匹だったが……。




 早朝、調律の神殿の本殿にて。

 そこには七人の男女が思い思いの場所に座っていた。


「お嬢、これを」


 凛々しい顔をした青年が手紙を差し出す。

 それを受け取り、中身を読んだ少女は表情を曇らせた。

 腰までとどく金色の髪を一本に束ね、華奢な体から強い意志を感じさせる碧眼の少女。彼女こそが、「調律の巫女」レイナ・フィーマンその人である。


「やっぱり……私はドロテアみたいにはなれないのかしら……」


「そんなことないよ! レイナさんは頑張っているって! 神殿で働いている人の名前だって全員覚えているし、細かい所もよく見て褒めているし……!」


「サードの言う通りだ。それにブゥ兄弟に不満があったようにも思えない。あの事を思い出してからは、より仕事にも熱が入っていたようだしな。彼らが仕事に疲れて失踪というのはどうにも納得がいかない」


「……ありがとう、サード、エイダ」


「ブゥさん達の家出はシェインも納得いきません。ですが、ブゥさん達が抜けた穴をどう埋めるかも考えなければ。祝祭まで時間もありません。これ以上皆さんの仕事を増やす事も出来なさそうですし」


 レイナから向かって左に座る和装の少女が言う。

 ブゥ兄弟の安否をそれほど気にしていないように受け取れる言葉だが、いたずらに動揺せず現状を見極める事の出来る彼女らしい意見でもあった。それ以上発言をしないのは、レイナに判断を委ねるという事だろう。


「……そうね。とりあえず二手に分かれましょう。エクスとシェインはブゥ兄弟の捜索をお願いできる?」


「がってんです」


「分かったよ」


「私達は手分けしてブゥ兄弟の分の仕事をやるわよ。シェインの言う通り、祝祭まであと九日しかないわ。ブゥ兄弟の事も心配だけど、出来る事からやっていきましょう」


 立派になったな、とエクスはレイナを見て思う。

 調律の巫女一行として旅をしていた時も彼女は良いリーダーであったが、大切な事を自分だけで抱え込んでしまうきらいがあった。

 しかし今の彼女は、他人に頼る事も一つの強さだと知っている。彼女と共に旅をしてきた仲間が、重い荷を一緒に負ってくれる存在だと知っている。

 ドロテアがこのフィーマンの想区を離れられたのも、レイナの事を深く信頼していたからに他ならない。


「さぁ、さっそくだけど仕事の割り振りを決めるわよ! えーっと、ブゥ兄弟の仕事のリストはここだったかしら……」


「少しいいか」


 その時、奥に座っていた青年が初めて声を発した。

 眼鏡をかけた白い聖装の、理知的な雰囲気の青年だ。


「買い出しの仕事は俺に任せてほしいのだが」

 

「別にいいけど・・・・・・。理由を聞いてもいいかしら?」


「大した理由じゃない。買い出しなら力のある俺がいった方がいいだろう。それに――、町に面白い奴が来ているみたいだからな」

 




 同時刻、神殿の食堂にて。


「おはよー、カッツェ!」


「おはよう・・・・・・ってあら? フントちゃんは?」


「フントならさっき出掛けたよ。なんか町に用事があるんだってさ」


「ふ~ん・・・・・・。フントちゃんがこんな早くに出掛けるなんて珍しい事もあるものね」





「いやーさっぱりしましたね」


「体全体で熱湯を浴びるというのは初めての経験だな。だが存外悪くはない」


 銭湯から出てきた二匹はコーヒー牛乳を一息に飲み干す。


「「ぷはー!」」


後にジャバウォックは、この時が唯一人間の姿になって良かったと思えた瞬間だったと回想する。


「それで、今日は何をすればいい」


「まぁ当分はあなたの力を取り戻すために、ジャバウォックの詩を広めましょうかね。まだ祝祭までは九日あります。動き出すのは四日後か五日後、それまでになるべく力をつけておかねば」


「要するに片っ端からぶっ飛ばしていけばいいのだろう?」


「そうですね……。神殿の連中は町の事を気にかける余裕なんてないでしょうし、もう少し派手に動いてもいいかもしれませんね。

 私は私で色々手を回しておきますから、また昼すぎにこの場所に集合しましょう」


 そう言ってキングブラックは喧騒の中に姿を消した。

 残されたジャバウォックは周りを見渡して、腕の立ちそうな人間がいないかを探した。

 語り手には誰でもなれるとはいえ、一般人を脅して従わせるような事を続けていたら、必ず目をつけられて面倒な事になるだろう。そのくらいの分別はジャバウォックも持ち合わせていた。


「……ん?」


 そうこうしているうちに、一人の少年がこちらを見ている事に気付いた。最初は気のせいかと思っていたが、少年はこちらを見たまますたすたと歩いてくる。


「なぁ、あんた、今町で噂の格闘家だろ? 戦ったやつをみーんなぶちのめしているって話の。俺とも勝負してくれよ」


 粗暴な話し方のその少年は、不遜な態度でジャバウォックに勝負を挑んできた。


「まぁ怖いっていうなら降りてもいいんだぜ? そんな腑抜けには興味ないしな」


「上等だ。我に挑んだ事を後悔するなよ、小僧……!」


 運命の縛りが緩いこの想区では、異なる物語の登場人物や他の想区からの旅人が武を競うのは珍しくない事だ。

 ゆえに宿場町の外れには決闘用の広場が設けられており、そこに移動した二人は一定の距離をとり対峙していた。


「んじゃ早速おっぱじめようか。俺は鬼祓士の駒若夜叉。どっちが勝っても恨みっこなしだぜ」


 駒若夜叉はボロボロの羽織りを脱ぎ捨て、大太刀を構える。あの刀を片手で扱えているあたり、尊大な態度もただのはったりではなさそうだ。


「おらぁ!」


 技もへったくれもないシンプルな斬り下ろし。だが逆にそれが駒若夜叉の戦いのセンスを際立たせる。

 一瞬で間合いを詰め、そこからスピードと重量を兼ね備えた一撃がジャバウォックに叩きつけられた。


 しかし。


「ぬるいな」


「なっ……⁉」


 ジャバウォックは半身になって左手だけで大太刀を受け止めていた。


「話にならんな!」


 体をひねりながら右の拳を放つ。これもまた、力を効率よく伝える打ち方とはかけ離れた、有り体に言うなら雑な一撃だったが、


「がぁっ……!!」


 けして小さいとはいえない駒若夜叉の体が軽々と吹き飛んだ。


「ぐ……っ! てめぇ……!」


「我の勝ちだな。さぁ、おとなしく我の要求に従ってもらおうか」


 三日前のジャバウォック相手であれば、駒若夜叉はかなり善戦、いや勝利まで持って行けたかもしれない。

 しかし今のジャバウォックは強くなり過ぎた。

 原因としては、二日目のオデッサ戦が大きいだろう。あの時、ジャバウォックはオデッサだけではなく酒場の男たちのほとんどを相手にし、そして返り討ちにした(あまりにあっけなかったからか、ジャバウォックが勝負した相手のカウントには入っていないようだが)。

 彼らが他の荒くれにオデッサを倒した女、そしてジャバウォックの詩の話を断片的ではあるが伝えていた事で、ジャバウォックは本人やキングブラックが思っているよりもはるかに強くなっていたのだ。


「グハハハ! 全く負ける気がせんわ! 誰でもいいからかかってこい!」





 そして太陽が昇りきった頃、二匹は再び銭湯の側の広場に戻ってきていた。


「成果の方はどうでしたか?」


「上々だ。あちらから勝負を仕掛けてくる事も多くなって、探す手間が省けたな」


「昨日までならあまり歓迎できない事態でしたが……。奴らが祝祭にかかりきりだと分かったからにはむしろ好都合! どんどん知名度を上げていきましょう! 今のやつらが気付くはずがありませんからね!」


 分かりやすくフラグを建設するキングブラック。これが調律の巫女一行であればファムあたりが突っ込みをいれていたかもしれないが、不幸な事に「鶏竜同盟」にツッコミポジションは不在である。


「貴様は何をしていた」


「んー。一言で言えば、ジャバウォックの詩を広めるための下地作りですかね。おかげで服がボロボロですよ」


 キングブラックが言うように、彼のコートは泥で汚れ、髪も何かに掻き回されたかのようにぐしゃぐしゃになっていた。


「そういえば、さっき調律の巫女一行の一人、エクスを見かけました。どうもブゥ兄弟について聞き込みをしていたようで……。これほど早く感づかれるとは、想定外でしたね……」


「エクスだと?」


「ほら、あのモブ顔の」


「あー、あのモブ男か」


 共通認識である。


「ちょうどいい機会ですし、調律の巫女一行とブレーメン、誰から排除するかを話しておきましょうかね」


「我の力が戻った所で全員ぶちのめせばいい。簡単な話ではないか」


「それでいいなら楽なんですけどね……。認めたくはありませんが、相手は何度も私達を倒してきた猛者。慎重になり過ぎるくらいがちょうどいいんですよ」


「そういうものか。まぁ、貴様がいうなら従おうではないか」


「ありがとうございます。えーっと、第一に消しておきたいのが『夜の帝王』カッツェ。彼……彼女……? ……まぁとにかく、あれの情報力は侮れません。

 次いでサード、放っておくと思わぬ所で足をすくわれます。あと……タオは騙しやすそうなので優先的に狙いますかね。

 逆に最後まで残しておきたいのがシェインとエクス。シェインは私の事を知っていますし、取り逃がした場合が面倒くさそうです。

 人数が少なくなれば力押しも可能になると思いますし、その時は頼みますよ?」


「任せるがいい。……それで話は終わりか? さっきから腹が減ってしょうがないのだが」


 ジャバウォックは午前中だけで五、六人と戦っている。空腹になるのも無理はないだろう。キングブラックも「下地作り」で体力を使い果たしていた。


「そうですね、あとは……そうだ! クロヴィスとヤクト=フント、彼らは最警戒対象です。姿を見たらすぐに逃げてください」


「なぜだ?」


「あの二人、特にクロヴィスの方はかなりの好戦的です。多少力が戻っているとはいえ、今のあなたでは勝てるかどうか……」


「……面白くはないが、分かった。そ奴らには近づかないようにしよう。それよりさっさと飯にするぞ!」


「はいはい。おっ、ちょうどいい所に肉サンドの屋台があるじゃないですか。買ってくるので少し待っていてくださいね」

 

 キングブラックはジャバウォックを残して屋台までいく。


「お、兄ちゃん。この辺では見ない顔だな。ここの肉サンドは絶品だからぜひ食べてってくれ!」


 肉サンドとはその名の通り、ジューシーな牛肉を挟んだサンドイッチである。そのシンプルさが受け、宿場町ではちょっとした名物になっていた。


「そうさせてもらいます。えっと、チーズ肉サンドと大盛りメガ肉サンドを一つ、あとポテトを二つください」


「あいよ!」


 店主から肉サンドとポテトの載ったトレーを受け取り、振り返ったキングブラックは。


 驚愕のあまりトレーを落としそうになった。


 人の多いこの場所でも目を引く白い聖装に、小脇に抱えられた聖女をかたどったレリーフのついた本。胸につけられた青い薔薇が特徴的な眼鏡の青年――クロヴィスがジャバウォックのすぐそばまで迫っていた。


「っ――――――!! 『スーパーコッコちゃんテレパシー』!!」


 とっさにスーパーコッコちゃんパワーを使い、声を直接ジャバウォックに届ける。


『聞こえますか⁉』


「うぉっ! 貴様か、ビックリしたではないか……ん? どこにいるのだ?」


『スーパーコッコちゃんパワーで遠い所から話しかけています! それより、すぐ左の方向に移動してください! 右からクロヴィスが来ています! 不審がられないよう、ゆっくり迅速に動いてください』


「何⁉ 分かった―――」


 ジャバウォックが左に逃げようとした刹那、突如現れた黒い影が進路を塞ぐ。


「くっ――――⁉」


「強者の……匂い……!!」


 「沈黙の猟師」ヤクト=フントのギラギラ光る瞳がジャバウォックを捉える。


(これは……、めちゃくちゃまずいですね……!)


 前門のフント、後門のクロヴィス。

 「鶏竜同盟」始まって以来、最大のピンチが二匹に襲い掛からんとしていた。

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