第5話
打倒レイナ・フィーマンの為に結成された「鶏竜同盟」。
キングブラックコッコちゃんと詩竜ジャバウォックの二匹は神殿の機能を止めるため、三匹の子豚の誘拐作戦を実行。三匹のうち二匹の誘拐に成功する。そんな中で、キングブラックは女神との約束に思いを馳せるのだった。
~回想~
時は「二月の想区」全体を巻き込んだ壮絶な夫婦げんかの直後にまで遡る。
ここは通称「コッコちゃんの里」。本当の名前は「青銅のイノシシの想区」である。
青銅のイノシシは一つの町だけで完結する物語のため、想区には人の手が入っていない森林がいくつもある。コッコちゃん達はそのうちの一つに集落を作り、そこで生活を営んでいた。
「……はぁっ!」
黒風を伴った巨大な鎌の一振りが木々を両断する。
「うむ。素晴らしいぞ。では次の場所へ……」
「こらー!!」
見ると、一人の女性が髪を振り乱しながらこちらへ走ってくるところだった。
想区の住人に対しては女神らしく優雅に清楚に振舞っている彼女だったが、くしゃくしゃになった髪にはためくベール、裾の長いドレスを踏まないようにフラフラと走ってくる今の彼女には優雅さの欠片も無かった。
「ふぎゅっ!」
あ、こけた。
「どうしたのだ女神キュベリエ。我は今コッコの里拡大のため木を切っているのだが」
「そんなの見れば分かりますよ! それより、なんでシャドウ羽衣天女さんがここにいるんですかー!」
キュベリエはそう言って、キングブラックの後ろにいる怪女を指さす。
「そりゃぁ我が伐採のためにちょちょいと
「そんなおつかい感覚でシャドウヒーローを呼びださないでくださいよー……」
「女神キュベリエ、ちょうど良かったわ。我らも突然連れてこられて困っていたところだったの。ちょっとこの鶏をしばき倒して我らを元の場所に戻してくれないかしら」
「待たぬか! まだ仕事の一割も終わっていないではないか!」
「あー、もうー! じゃあ残りは私も手伝いますからとりあえずシャドウ羽衣天女さんを戻してください!」
「ふむ、女神の頼みならば仕方ないな……。ではまた今度頼むぞ」
「お断りです。……召喚さえされてなければ今すぐ我らと同化させて黙らせてやったものを……」
不満気にブツブツ呟きながらシャドウ羽衣天女は虚空に消えた。
「いいですか? シャドウヒーローというのは魂が不安定な存在なんです!
だから魂が安定するまで『聖堂の想区』で大人しくしてもらっているというのに、それをあなたは……!」
キュベリエの怒りも、もっともである。
カオステラーの成れの果てであるシャドウは想区を漂いながら無差別に破壊を続ける存在であり、対処が遅れればいくつもの想区が一人のシャドウによって壊滅する。
シャドウの可能性から生まれたシャドウヒーローもその危うさを内包している以上、キュベリエが彼らの扱いに慎重になるのも無理のない話だった。
「大体それは私の力じゃないですか! 返してくださいよー!」
「いやー、そう言われてもなぁ。盗んだというより、女神の力を参考にして我用にカスタマイズした新しい力を創ったという感じだからな」
「それがおかしいって言っているんですよ! なんでそんな事が出来るんですかー!」
「……何となく?」
「何となくって……」
「名前をつけるなら、『スーパーコッコちゃんパワー』であろうか」
「名前まで真似された⁉ ……むぅ~、とりあえずどんな能力があるか言ってみてください」
「よかろう。スーパーコッコちゃんマジック、スーパーコッコちゃんスキャン、スーパーコッコちゃんナビ、スーパーコッコちゃん……」
…………
「……スーパーコッコちゃんクリエイト、スーパーコッコちゃんボイス。以上である」
「どれだけあるんですか!! ……う~ん」
キュベリエは苦い顔でしばし考え込む。
「聞いたところ攻撃的な能力は少ないようですし……。しょうがないですね、『スーパーコッコちゃんパワー』を使う事は認めます。
ただし! もう他の想区からヒーローを呼びだすのはやめてください! もし万一の事態になったらと思うと……」
「交換条件という事か。まぁ以前に体を乗っ取った詫びだ。コッコ族の王の名に誓って、今後ヒーローを召喚しないと約束しよう」
「ほんとですか? 破ったりしたら怒りますよ?」
「あぁ。もし破ったら煮るなり焼くなり好きにするがいい」
「おいしそうですね……」
~回想終了~
「しょうがありませんね……。自分の足で地道に探しますか……」
しかし予想に反し、三男―—レぺル・ブゥは意外と早く見つかった。
「あれ、あんたさっき兄ちゃんと話していた人じゃねぇか。なに話してたんだ?」
(しまった、見られていたのですか……。なら手を変えて……)
「えぇ私は遠くの地方からきた行商人なのですが、町に入る手前で荷馬車が壊れてしまいまして。それでお兄さんに修理を頼んだのですが、落下してきた馬車の部品がお兄さんの頭に当たってしまって……。とりあえず同じ豚のあなたに様子を見てもらおうと……」
「兄ちゃんが怪我を⁉ そりゃ大変だ早くお医者さんに見てもらわねぇと!」
「いやいやいやいや!! そんな大事じゃありませんから! あれですあれ! 小さな木片が当たっただけですから!」
「だったら何で兄ちゃんは倒れたんだ……? まぁいいや、そこまで案内してくれ」
~省略~
「ふんっ!」
「ぐげっ⁉」
気絶した三男を手際よく袋に詰める。
「よし、じゃああなたは先に森に戻っていてください」
「貴様はどうするのだ?」
「宿に行ってきます。一応設定的には流れ者の空白の書の持ち主ですから、どこの宿にも泊まってないのは不自然でしょう。あと買い物を少し」
歩き出しながらキングブラックはため息をつく。
(はぁ……。今日は歩きつめですね。全く、あんな約束するんじゃありませんでしたよ……)
場所は変わって森の中。キングブラックが帰ってきたのはすっかり夜になってからの事だった。
「で、こいつらはどうするんだ? まさか森の中に野ざらしというわけにもいかないだろう」
「「「ふごー!むごー!」」」
縛られて猿ぐつわを噛まされた三匹が呻く。
「まぁまぁ慌てない慌てない。この為に昨日一日森の中で材料集めをしていたのですから」
キングブラックは木切れや石ころの山に両手をかざす。
「いきますよ。『スーパーコッコちゃんクリエイト』!!」
素材の山がバラバラになって宙に浮いたかと思えば、それらが渦を巻いて組み合わさり、建物の形になっていく。
「これは……」
「女神キュベリエの祠を創る力を模倣したものです。さすがに本家ほどのクオリティはありませんが、藁や木、レンガの家よりは上等でしょうね」
「「「むぐー!!」」」
プライドを傷つけられたからか、三匹が激しくもがく。
「はいはい後で話はゆっくり聞きますからねー。さぁ中に入りましょう。中も温度、湿度ともに適正、防音防臭換気もバッチリと非常に過ごしやすいつくりですし、何より私たち以外は勝手に出入りできません!」
「おぉ! 何か魔法の力で結界を張っているとかそういうやつか!」
「いや、あの、ただのパスワード式ロックなんですけど……」
フィーマンの想区某所。
「ん……? 今祠っぽい何かが建てられた気配がしたような……」
ここでキュベリエが、この想区で何かが起こっている事に気付いていれば、この物語は違う結末を迎えていたかもしれない。しかし……。
「ま、気のせいですよね! おやすみなさーい」
それができないからこその駄女神である。
「オラたちをどうする気だ!」
祠の中に入れられ、猿ぐつわを外された三匹は対面の二人を睨む。
「あなたたちには何もしませんよ。ただ一筆したためてくれればいいだけです。神殿での仕事に疲れました。探さないでください、とね」
「ふ、ふざけるな! オラたちは巫女様に生涯仕えると決めただ! そんな事、何されても絶対に書かねぇ!」
「なら書く気になってくれるようにするしかありませんねー。最初はベタに鞭叩きとかにします?」
「熱湯攻めはどうだ? いい出汁が取れそうだしなぁ」
「ぐっ……。そんな事されてもオラたちは屈しないだよ……」
ハンマー・ブゥはちらりと弟たちの顔を見る。
そして自分と同じ感情を、その決意を固めた顔から読み取った。
たとえその身が刻まれようとも、レイナ・フィーマンを裏切るような事は絶対にしない……と。
「自暴自棄になっていたオラたちを、巫女様は見捨てず手を差し伸べてくださっただ。二度も巫女様を悲しませるわけにはいかねぇだよ……!」
そしてその言葉通り、数時間の拷問(といっても設備の無い祠の中では嫌がらせに毛の生えたような拷問だったが)に晒されても、三匹の子豚は屈服しなかった。
「はぁ、はぁ・・・・・・。これで分かったはずだ・・・・・・。オラたちは絶対に屈しない!」
「ふぅ……。どうやら普通の方法ではあなたたちを屈服させることはできないようですね……。仕方がない、この方法だけは使いたくなかったのですが、最終手段です……‼」
キングブラックがジャバウォックの方を向く。
「すいません。少し買い物をお願いしたいのですが」
「買い物だと? まぁいいが……。何を買ってくればいい」
「塩と胡椒、パン粉と……卵も欲しいですね。あぁあと油もお願いします」
それを聞いた三匹の顔が一気に青ざめる。
「まさか……とん、かつ……⁉」
「玉ねぎ、お酒とみりんと醤油、生姜もいいですねー」
「生姜焼き……⁉ そ、その程度でオラたちがまいるとでも……」
「人参とピーマンとお酢、片栗粉というのはどうですかね?」
「す、酢豚……⁉ 負けない……、オラたちは負けない……!!」
「おい、結局何を買ってくればいいのだ! 多すぎて覚えきれん!」
まだ意図がつかめないのかジャバウォックが怒鳴る。
「あぁ、すいません。さっきまでのは全部無しでいいですよ。買ってくるのは十分な長さの鉄の棒、あとそれを空中に固定する道具、それと火打石の三つだけでいいです」
三匹の顔が真っ青を通り越して真っ白になった。
「まさか……、まさか……⁉]
キングブラックはそれには答えず、鼻歌交じりに地面の石を払って準備を始める。
恐怖に震える三匹の頭に、あるフレーズが浮かんだ。
「オラたちは……まけ、ない……」
満面の笑みで作業するキングブラックはただ一言、楽し気に呟く。
「……上手に焼けました~♪」
「神殿での連日の重労働に疲れました。しばらくお暇をいただきたいと思います。探さないでください……、くくっ、程よい悲壮感のある中々いい文面ではないか。……おいどうした。さっきから黙りこくりよって」
「あれほど忌み嫌っていた事をやらねばならない日が来るとは……。もう、コッコ族の王としては失格なのかもしれませんね……」
キングブラックは肩を落として、真っ白い灰になった三匹を見る。
全ての生き物にとって、食べられるという事は最大の恐怖だ。まして、自分の生が絶たれるだけでなくその亡骸を弄られる事になる料理は、それを想像するだけで多大なストレスとなる。
そして悲しいかな、三匹の子豚やコッコちゃんは人語を解するが故に、豚や鳥を使った料理がある事を知っている、つまり想像する事がより容易くなっている。
かつてカオス三匹の子豚がレイナに反旗を翻し、そしてその企みが打ち砕かれた時もそうだったが、彼ら動物の「煮るなり焼くなり好きにしろ」はその言葉から感じられる以上の、壮絶な覚悟から出てくるものなのだ。
キングブラックはその苦しみを知っていながら、いや知っていたからこそ三匹の子豚への拷問手段としてこれを選んだということになる。
「貴様……」
「すみません……。少し、一人にして……」
「この……馬鹿たれが! 後悔するなら全て終わってからにせんか!」
「えっ……?」
「それがどれだけ辛い事かを自分で知っていながら、それでも貴様はその選択をしたのだろう! 全てはこの計画を成功させるために! つまらぬ後悔を抱えたままミスをして計画が失敗したのなら、それこそ豚共に申し訳が立たんわ!」
「……そう、ですね。後悔ならいつでもできます。今、やれることは前に進み続ける事だけ……」
「ふん、全く手間をかけさせよって。コッコ族の王というのも案外軟弱者だな」
「……意外でした。あなたにそんな気遣いができるとは」
「我と貴様が似た境遇だからかもしれん。貴様といると、我も知らなかった自分が見えてくる」
「ふふっ、これからもお願いしますよ」
「くくっ、足を引っ張るなよ……」
笑いあう二匹。最初には無かった確かな絆が、いつの間にか二匹には生まれていた。
だが、二匹はまだ知らない。
賽が既に投げられた事を。
歯車は既に回り出している事を。
「くっ……。お前たち、一体何者なんだ……!」
「あぁ、もう復活したんですね。名乗る義理もないですが、教えてあげましょう。私の名前はノワール・ルースター! そして……!」
「そして……?」
(しまった! ジャバウォックの方の呼び方を考えていませんでした! 今すぐ考えなければ……、えーっと、えーっと……!)
「ジャ、ジャバ子……です」
「いやほんとすいませんでした、謝ります謝りますって! だから噛みつくのは止めてください! いやちょ、首はまずいって首は駄目……! コケ――――⁉」
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