第3話

  打倒レイナ・フィーマンを目標にフィーマンの想区に向かったコッコ族の王、キングブラックコッコちゃんと詩竜ジャバウォック。

 変身魔法で人間の姿を得た二匹は、主君の敵に復讐を誓う魔術師、アンガーホースと戦う事になる。

 一度は追い詰められるが、ジャバウォックの常人離れした身体能力と文章に書けなかった事を台詞として自然に伝えてくれるキングブラックの解説アシストによって辛くも勝利を掴むことが出来たのだった。



「私の負けだ……。強いのだな」


「当たり前だ! 我を誰だと思っている。敵対にして破壊の――」


「わー! タイムタイム! それ一番言っちゃいけないやつですから!」


「……よく分からないやつだな。お前たちも宿場町に行くのだろう? 私と一緒に行かないか」


「お心遣いありがとうございます。ですが少し済ませないといけない事があるのでどうぞお先に……」


「そうか……。では失礼させてもらう」


 そう言って去ろうとするアンガーホースだったが、


「待て、馬女」


「……何だ」


「我はお前に勝った。つまりお前は我の要求に応えなければいけない。違うか?」


 アンガーホースが警戒した表情になる。


「お前……。何が望みだ」


「くく……。なに、大したことではないさ。ほんの少し我に付き合ってくれればいい」


 何かに気付いたのか、キングブラックも悪い顔になってアンガーホースに迫る。


「そうそう、決して悪いようにはしませんから。さぁ、座って座って……!」


「お前何を……ぐっ、待て! やめろぉーー……!」




 十分後。


「……ジャバウォックを侮るべからず…食らいつく顎に、掴む爪…、ジャブジャブ鳥にもご用心…瞳に炎をゆらゆらと…現れたるはジャバウォック…タルジイの森より這い出つつ…ワーギャーガーと、襲い来る…」


「なぁ、私はそれをいつまで聞いてればいいんだ?」


「総じて……ん? まだ二番のAメロですよ?」


「嘘つけぇ! ずっと同じところを何回も言っているだけだろ!」


「ちっ、バレましたか。まぁバレたのならしょうがないですね。もう行ってもいいですよ」


「何で開き直っているんだ……。ま、まぁいい。次会った時もまた相手をしてくれると助かる。それではな」


 今度こそ遠ざかっていくアンガーホースの背中を見ながら、キングブラックはジャバウォックに問いかける。


「こんな事でいいのですか?」


「あぁ。自覚は無くとも、馬女の脳裏にジャバウォックの詩は刻まれた。これで奴も語り手よ。見ろ、その証拠にちょっと肌艶が良くなっている」


「それでいいって案外いい加減なシステムですね……。まぁそれはこちらとしても助かりますが」


「宿場町には、奴ほどの手練れが何人もいるのだろう? そやつらに片っ端から勝負を挑んでジャバウォックの詩を詠えばいい」


「あまり大きく動くと感づかれる危険性もありますけどね。なら、一度町

で買い物を済ませた後は分かれて行動しますか」


「貴様は何をやるつもりだ?」


 ジャバウォックの問いかけに、キングブラックは笑みを浮かべる。


「将を射んとすれば何とやら。まずは神殿の機能を止めて邪魔者たちを引きずり出してやりますよ」






 目深にフードを被ったジャバウォックは、荒くれものが集い、昼間から騒がしい酒場の一角で酒を飲んでいた。

 言い寄ってくる男は何人かいたが、ジャバウォックの眼光に恐れをなしてそそくさと立ち去ってしまった。


「マスター、いつものやつビールもらえる?」


 酒場のドアを開け、一人の女が入ってくる。気の強そうな顔をした金髪の少女だ。背にはその体には不釣り合いに大きい大剣を負っている。

 凛としたその顔立ちは美しい部類に入るが、酒場の男たちは誰も少女に声をかけようとしない。

 彼女の気の強さと冗談の通じない性格、そして背中の大剣が飾りでは無い事を知っているからだ。


「味も分からないガキに酒を出すとは、程度の知れる店だな。まぁ客を見れば分かる事か」


 少女が目の前を通った時、ジャバウォックはそう独り言ちる。

 独り言とは言うものの、その声は騒がしい酒場の中でも一際ハッキリ響いた。

 それを聞いて、男たちが一斉に殺気立つ。マスターも表情こそ変えていないが、額に青筋が浮き出ていた。


「……あまり私を馬鹿にしないでもらえるかしら。マスターを愚弄するのも許さないわよ」


 少女がジャバウォックの前に立つ。ビールをテーブルに置き、いつでも剣を抜ける構えだ。


「本当の事を言って何が悪い。ガキは大人しく家に帰って、水で薄めた蜂蜜酒でも飲んでいろ」


 少女の表情が怒りで歪む。


「……私をオデッサ・クレェールと知っての狼藉かしら。最後のチャンスをあげるわ。謝りなさい、今すぐ!」


 チャンスなんていらねぇ! ボコボコにしてやろうぜ! と男たちから怒号が飛ぶ。


「やかましい!」


 ジャバウォックはテーブルに拳を叩きつけ、男たちを黙らせた。


「ならこちらもチャンスをやろう。今すぐここから出ていけ。ママに泣きつく羽目になりたくなければな」


 ブチィ! と音がしたような気がした。


「分かったわ。謝るなら許そうと思ったけど……。今、この場で叩き斬ってあげる! 私を侮辱した事を後悔しなさい!」


 オデッサが大剣を抜く。


「やれやれやっとか。我はお前を殺しはしない。が、代わりに我の言う事を一つ聞いてもらうぞ」


「戯言を!!」


 大剣を大上段に構え、そのまま振り下ろすオデッサ。それに対しジャバウォックは……。





 一方キングブラック。彼は森に戻ると、落ちている枝や石ころをかき集め始めた。

 街道の下に広がる森にはほとんど人の手が入っていないようで、日が沈み切った頃には十分な量の材料が集まっていた。


「帰ったぞ」


「お疲れ様です。そちらの進捗はどうでしたか?」


「上々と言ったところだ。金髪の女に真っ白い小僧、怪力女に口の悪い魔女……。他にも十人ほどぶちのめしたぞ。無論我の圧勝だ」


「中々やるじゃないですか。その体になってからまだそれほど経っていないのに、すでに使いこなしているようですね」


「見てきたものを自分の体で実践したまでよ。アリスの想区で数多の武器を見、調律の巫女や再編の魔女一行との戦いでその動きを見てきた我は、今や全ての武器を使いこなせるまでに成長した! 全ては復讐のため、我は進化し続ける!」


 ジャバウォックとキングブラックコッコちゃん。生まれも育ちも違う二匹だが、ともに調律の巫女たちに恨みを抱き、復讐のため努力し続けたという点では似た者同士なのかもしれない。


「それで……このゴミの山はなんなのだ」


「ゴミとは失礼な! これも神殿陥落の為の立派な下準備ですよ!」


「下準備だと?」


「えぇ……。神殿陥落、そして子豚をおいしく料理するための……ね」




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