14 ひみつのガールフレンド

 ラビィとスフォルツァが、もう一回地球にやってくると知らされてから5日後。

 魔女の森の中に、銀色のクジラがあらわれた。

 出入り口から、緑色のワンピースを着たラビィが飛びだして、海斗にしがみつく。

「かいと、らびぃ、きた」

「うわっ!おちつけよ!」

 がくん、とラビィが重くなったのは、テレポーテーションを使って疲れたからだ。

 ぞろぞろと、銀色クジラから人が出てくる。

 地下室の壁のコンピュータが、まったく別のものに替えられていった。

 さすがに博士も、開いた口がふさがらないらしい。

「こりゃおどろいたね……富岳並みのスーパーコンピュータじゃないか」

 富岳っていうのは、いまの地球で、いちばん速く計算ができるコンピュータらしい。

 それと同じくらいの、ものすごい物が地下室に運ばれたのだ。

『あの惑星の生き残りを守ってもらうんです。これだけでも、足りないくらいですわ』

 お手伝いとして宇宙警察からやってきた、ロボットが口を開く。

「ラビィに、それだけの価値があるってことかい?」

『博士の警備も兼ねますので。テレポーテーションを悪用すれば、捜査のかく乱も可能です。彼女のチカラは、きけんなのです』

「こりゃあ責任重大だ」

『これからは、わたくしが博士の助手と警備をつとめさせていただきます。リナとお呼びください』

 背中まである長い髪をゆらして、リナがおじぎをした。

 身長は、博士と同じくらい。

 見た目は、完全に人間そっくりだ。

「そうだねえ、まずは」

『はい』

「地球の服を着てくれないかね。地球には、全身タイツで動き回れる場所は、あまり無いんでね」

 苦笑いでそういうと、博士は洋服の入った袋を、リナに手渡した。

『まさか、こういうことになるとはなあ』

 ラビィにほっぺたを伸ばされながら、スフォルツァはつぶやいた。

 分解されていた体が、地下室で組みあがっていく。

 すごく大きなプラモデルみたい。

 ロボットって、こういうときに便利だなあと思う。

『起動してはじめてだよ、こういう任務』

「オレもいまだに、何がおこってるのかわかんない」

 ドキドキとソワソワ。

 昨日はなかなか、ねむれなかったくらいだ。

『まさか、宇宙警察と共同の任務になるとはね』

「警察官をしていた人が、警備員になったりすることは、あるらしいよ」

 自由研究で調べたことを、ぽつりと海斗は口にした。

『地球人は、はたらきものだね。ロボットみたい』

「国によっても、ちがうよ。日本が変なだけ」

 こんなにも、地下室がにぎやかになるなんて。

 ぽそり、と今度はスフォルツァがつぶやいた。

『だからこそ、宇宙警察も動いたのかなあ』

「なにが?」

『海斗くんが観せてくれた、アニメだっけ?ボクのAI記録を見たえらい人たちが、すごくおどろいたらしくてね。どうすれば、同じような考え方をするロボットを再現できるのか、データを取りたいんだって』

 あの古いアニメを?

 ヒゲのはえたおじさんやハゲのおじさんたちが、会議室に集合して、まじめな顔で観ていたのだろうか。

 なんだ、そのへんてこな会議。

 観たいなら、録画しておいたシリーズ全部を、えらい人たちにプレゼントしちゃおうか?

 宇宙には、そういう楽しみがないんだろうか?

 戦争ばっかりしてるから、アニメやマンガを作る暇もなさそう。

 技術がすぐれていても、案外とつまんない世界だなあ。

「あれ、あくまでもウソを楽しむものなんだけど」

『地球にとってはウソでも、ボクたちにとっては、十分に研究する価値のあることだよ』

「そんなもんかなあ」

『え?そこの器具をどうするかって?ごめん、海斗くん。またあとで』

 スフォルツァが、ふわりと飛んでいった。 

 海斗の手を、小さくて冷たい手が握りしめる。

 ラビィはあいかわらず眠そうな目で、肩に寄りかかってきた。

 ドキドキ、ソワソワしていたのはラビィも同じ。

 引っ越しが決まるまでのあいだ、病室は大騒ぎ。

 いろんなものをチカラで持ち上げたり、ふわふわと浮いていたり。

 銀色クジラを地球までテレポーテーションさせるのは、ラビィが自分から言い出した事だったそうだ。

(看護師さんたち、大変だっただろうな)

 自分と同じ気持ちだったことが分かって、すごくうれしかった。

 でも、家にいるときに突然テレポーテーションさせるのは、あれっきりにしてほしい。

 たまたま、夏休みでオレが部屋にいるときだったからいいけれど。


「部屋で寝る?」

 海斗が言うと、ラビィはこくんとうなずいた。

 あの時、一緒に歩いた廊下は、こんなにも明るい。

 ドアを開けると、お日様のにおいがする布団に、ラビィはバタリと倒れこんだ。

 とても気持ちよさそう。

 昨日、布団干しを手伝ったかいがあった。

「靴くらい、ぬげよ」

 ポトポト、とラビィが靴を床に落とす。

「かいと、ねるまで、てをつないで」

 ラビィは、あの銀色くじらの甲板についた後、2日間くらい眠っていたらしい。

 箱の中に入っていた理由や、本当の名前もわからない。

 ぜんぜん覚えていない。

 ラビィが入っていた箱を見せても、首をひねるだけだった。

 だけど、スフォルツァに出会ってから、地球にいたときの記憶だけはしっかりとあった。

 起きてすぐに、食べたいといったのが、おやつタイムのマドレーヌだったそうだ。

 緑色のワンピースをくれたのが、博士である事。

 とてもおいしいご飯を、毎日食べさせてもらった事。

 そして、海斗の事。

 全部、起きてもおぼえていた。

【かいとが、ずっとそばにいた】

 ラビィは、お医者さんにそう言ったらしい。

 海斗がスフォルツァから飛びおりた事は、宇宙警察の人たちもびっくりしたそうだ。

 動画も、しっかりと残っている。

(まあ、人間がなんの準備もないままに飛びおりたら、ふつうはじさつだって思われるよなあ)

 絶対に助かるって、海斗は信じていた。

 だけども、宇宙警察のほうでは海斗が大けがをするのだと思って、手術室の準備もしていたって。

(宇宙の病院って、どんな感じなのかはキョーミあるけど、痛いのはいやだなあ。入院費とか、どうやって払うんだろう?)

 退院したときに、夏休みが終わっているくらいなら別にいいけれど、冬休みが始まっていたりして?

 時間がどのくらいずれるのか、想像もつかない。

 チカラを使ったあとに、疲れて眠るラビィだけが、銀色くじらの甲板にのこされたそうだ。

 あの少年はどこだ!

 宇宙警察は、銀色くじらの中をくまなく探したけど、みつかるわけがない。

 海斗はすでに、自分の部屋へテレポーテーションされていたのだ。


 がちゃり、とドアが開いた。

 髪を後ろでまとめて、きっちりとしたスーツを着た博士だ。

「おや、ラビィは寝てしまったのかい」

「すごく眠そうだった」

「そう。じゃあ、海斗はもう帰りな。アタシが送るから」

「博士が?ていうか、その服、いつもと違いすぎない?」

 つん、と海斗のおでこを博士がつついた。

「当然だろう。身なりをきちんとしていれば、それなりに信用はつくれるもんさ」

「しんよう?」

「新学期から、ラビィはよしもり小学校へ通うことになる。会ったばかりの2人が、仲良しなんておかしいだろ」

「そりゃ、まあ」

 博士が、白い歯をみせてニヤリと笑った。

「だからね、すでにアタシたちは知り合いだったっていうことを、海斗の親にばらしておくのさ」

「ばらすのぉ?」

 そりゃあ、父さんにお尻をぶたれるのは覚悟をきめていたけど。

「心配いらない。夏休み前に森の入り口で、熱中症で倒れていたラビィを見つけてくれた事にしとこうかね。ウソには、本当のことを混ぜれば、あんがいとバレないもんだよ」

「うまくいけばいいけど」

 目を細めて、楽しそうに博士は笑う。

「森に入る許可をしたのは、所有者のアタシ。ラビィはアタシのかわいい娘。どうせ、だあれも地下室の事なんか信じないさ」

 いまだに、この夏休みの出来事を信じられないのは、海斗のほうなんだけど。

 でも、【ウソみたいなこと】は、本当に起こった。

 魔女はいなかったけれど、宇宙人はいた。

 ロボットも、地球にやってきた。

 ロボットや宇宙人と、友だちになれた。

 だれも信じなくても、べつに困らない。

 海斗にとっては、【本当】。

 今夜も、ドキドキして眠れそうにないかもなって、ラビィのかわいい寝顔を見ながら考えた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ひみつのガールフレンド @nyara-nyara-45

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ