13 さよならのあとのこんにちは

 台風が過ぎていった。

 いろんなものが吹き飛ばされて、こわれた。

 1日くらいの停電はあったけど、3日後には、町はいつものような退屈さを取り戻していた。

 今日の午前中も大掃除に参加させられ、解放されたのはお昼すぎ。

 いつもより遅いけど、どうしても行きたい場所がある。

 海斗は麦茶を飲むと、宿題の入ったリュックサックをせおう。

 一番大きなポケットには、研究所のカードキー。

 コンビニに立ち寄ると、20個入りの紅茶パックと、バームクーヘンが1個ずつ包まれたお菓子を買った。

 おやつタイムで食べていたお菓子にはかなわないけど、紅茶にはこれが合うのだと思う。

 注意ぶかく、森への入り口を確認するのは忘れない。

 もちろん、後ろも用心する。

 父さんに後を付けられていたら、言いわけができない。

 よし、大丈夫。

 素早く扉に走りよると、いつものようにカードキーを機械にとおした。

 ざあっと森の木がゆれている。

 いつもラビィがむかえに来てくれたのだけど、ここから地下室まではかなり歩かなければならない。

 野球帽をかぶり直して、海斗は足をふみだす。

「あこがれのロボットはいないのに、りちぎな子だね」

 扉のすぐ近くに、博士が腕ぐみをして立っていた。

 ムリして笑っているようにみえる。

 大人って、あんまり泣けないのかな。

「だって、勉強を教えてくれるって、いったじゃないか」

 リュックサックをつかんで、海斗がしぼりだすように言う。

「宇宙に行くには、もっと勉強しないと」

「息抜きするのも、大事だよ」

 近づいてきた博士が、ぽす、と海斗の頭に手を乗せた。

「森の見回りも終わったし、地下室でティータイムにしようと思っていたところだ。付き合ってもらえたら、ありがたいんだがね?」

「しょうがないなあ」

「おみやげつきで来たくせに、いってくれるね」

 腕に引っかけていたコンビニのレジ袋が、かさりと音を立てた。

               ★

 もうエンジンの修理は終わったのに、地下室のコンピュータは今日も動いていた。

 海斗が買ってきた紅茶とバームクーヘンを、いつものようにおやつタイムセットでいただく。

 スフォルツァがいないと、こんなにも広い場所だったのかと、あらためて知った。

「今度は、何を作るの?」

「そうだねえ……スフォルツァ君の水で動くエンジンを、地球の材料だけで完全に再現できないかなって思ってる」

「あ、それいいなあ」

 博士がやっていたのは、ヒビが入ったパーツを作り直したり、元々からスフォルツァが持っていた交換用のパーツを組み立てたりとか。

 全部を作り直すほどの技術は、地球にはないそうだ。 

「それが出来たら、ガードロボの開発も面白そうだねえ」

「ロボットのデザインなら、オレがやりたい」

 スフォルツァを参考にしよう、とお菓子の袋をやぶりながら、海斗は考える。

 今年の夏は、おかしな夏だ。

 入っちゃいけない森で、3人も友だちが出来たんだから。

 カタカタカタ……

 お菓子とお茶をのせた銀色のワゴンが、ゆれている。

「おや?台風の次は、地震かい。忙しい夏だね」

「地震じゃない気がする」

 ビィィィー!

 壁のコンピュータが、耳をつんざくような音を出した。

「正体不明の飛行物体が接近?何もレーダーにはうつってないが?」

 よく分からない文字が、コンピュータの画面に走っている。

 博士には、それが読めるらしかった。

 頭をひねりながら、博士がキーボードで何かを入力していく。

 海斗は、なんとなく、自分のドキドキに覚えがあった。

 これは、そうだ。

 でも、まさか。

 だって、スフォルツァとラビィは宇宙に帰ったはずじゃないか。

 心臓が、こわれてしまうんじゃないかなって思うほどのドキドキと、ワクワク。

 また、何かすごいことが起こる?

「研究所の警備システムを乗っ取った?」

 博士が大きな声を出したのを、初めてきいた。

 空っぽになっていた地下室の天井を、誰かが開けようとしているらしい。

「ああ、もう仕方ないね。許可するしかない」

 ゴゴゴ、と地下室にまぶしい外の光が差してきた。

 バスケットボールくらいの光る玉が入りこむと、天井は勝手に閉じていく。

『申し訳ありません。杉浦博士。警備システムの管理権は、たった今、お返ししました』

 聞いたことのない声だけど、それが人間の声じゃないのはわかる。

 光る玉は、ふよふよと海斗たちの所まで飛んでくると、2本のアンテナが生えたロボットに形を変えた。

『この度は、当社の社員が大変お世話になりました。わたしは第24銀河担当のレイザと申します』

 ロボットが、深々とお辞儀をする。

「ああ、スフォルツァ君の上司ってやつかい」

 博士は紅茶をいれ直しながら、レイザにイスをすすめて、自分も座った。

 ちょこん、とイスに座ったプラモデルと話す大人。

 メガネをはずせば、博士はものすごくきれいな女の人だ。

 ここが地下室でよかったと、海斗は思った。

 そんな美人が、空から降ってきたプラモデルをお客さまとしてあつかうなんて、あまりにもおかしい。

 いまさら、それを変だと思うのも遅いけど。

『修理の費用と、今後についてご相談できればと思いまして』

「修理費?アタシは好きでやらせてもらっただけだ。めずらしいエンジンのデータが取れただけでも、十分おつりがくるほどさ」

 海斗は、知っている。

 きっとお金よりも、博士が欲しいのは、ラビィがどうなったかだ。

 あの後に、きちんと病院へ行かせてもらったのか?

 本当の両親は、見つかったのか。

 そして、それは海斗にも一番ほしいものだった。

『さようでございますか』

 レイザと名乗ったロボットは、何かを考えこむように、下を向いた。

「それで、アンタたちの相談したい今後ってのは?」

 イスの上で足を組みながら、博士がうながす。

『実は……幹部会議の結果、こちらの施設を、宇宙警察でレンタルさせて頂くことは出来ないかと』

「レンタルだって?ここを?」

『まずは、こちらが企画書となります』

 レイザは、博士の前に、なにかの画面を出して話しはじめた。

 海斗には読めないけれど、博士がときどきうなずいている様子から、地球の言葉なのかもしれない。

 外国で勉強しただけあって、博士はときどき知らない言葉でしゃべったりできるのだ。

 にぃっと、真っ赤なくちびるで、博士が笑う。

 何かを思いついたようだ。

 海斗を見て、また笑った。

 なんだか、とても楽しそう。

「海斗。アンタ、ロボットの教育担当をやってみる気はないかい?」

「きょういくたんとう?」

「スフォルツァ君の会社と、宇宙警察の共同プロジェクト発足……つまり、アンタの夢がかなうスピードがはやくなった」

 それって、もしかして。

 ドキドキが、バクバクに変わっていく。

『えっと、失礼ですが、こちらの少年は?』

 レイザが、ふしぎそうに海斗と博士をキョロキョロと見比べる。

 得意そうに、博士が足を組みかえて笑う。

「ねえ、レイザさん。アタシはあくまでも研究者にすぎない。地球のルールを教えてくれる地球人が、ほかに必要だと思わないかい?」

 レイザは、ぽんと手をうった。

 『そうですね。協力者は、多いほどこちらも助かります』

 博士はおもむろにイスから立ち上がると、海斗の後ろに立つ。

 そして、両肩に手を置いた。

「この子は、舟木海斗。アタシの知っている限りものすごくまじめで、約束をきっちりと守れる子だ。口の堅さも保証する。ヘタに人員を募集するよりは、コストカットに役立つ」

 そこまで言われてしまうと、なんだかこそばゆい。

『しかし、この子はまだ成人していないようですが……ん?君は』

 画面をスイスイと操作して、レイザが納得したようにうなずいた。

『ああ、キミは5366番の報告にあった、男の子ですか!キミならエストーネについても知っているし、協力をお願いできるかな?』

 スフォルツァは、会社ではそういう番号で呼ばれるのか。

 警備ロボの数は多いってきいたけど、そんなにいっぱい仲間がいたんだ。

「いいけど、その……」

 一番最後に見た、ラビィの笑顔を思いだす。

 記憶を思い出せそうなのか、どうか。

『惑星XXXの、生き残りの子ですね』

「うん……」

 レイザは、3つくらいの画像をポコン、と出した。

『彼女は、とても元気ですよ。ケガ一つしていない』

 病院の白いベッドに寝ているようす。

 プラモデルのスフォルツァを、両手で抱っこしているようす。

『何故、5366番を父親……パパと呼んでいるのかは、XXXの歴史をくわしく調べてみないとわからないようです。あの惑星には、大型ロボットとなかよく暮らしていた記録があるそうなので』

 そして、うすい緑色のワンピースを着て、立っているようす。

『病院の関係者もおどろいていました。長い時間、眠っていた割には、とても栄養状態がいいと。地球には、子どもを育てるのに最適な環境がそろっている』

「ラビィは、すぐに退院したらしいよ。記憶はムリに思い出させるより、普通の生活をさせるのがいいってさ」

 博士の目が、優しくなった。

 なんとなく、母さんを重ねてしまう。

『あの惑星も、戦争の犠牲者です。だいぶむかしに脱出用の宇宙船がおそわれて、ほとんどすべての住民が死んでしまったんですよ』 

 レイザは、しずんだ声でそう言った。

『あの子の他に、生き残りを探す方がむずかしいでしょう。なぜ、あの子だけが1人で残されたかまではわかりませんが』

 海斗の肩をつかんでいる、博士の手がこわばっていた。

 という事は、ラビィは本当に一人ぼっちのままで、生きていかなきゃダメなのか。

『ですから、知り合いがいる地球で暮らすのが一番だろうというのが、医者の診断結果です。もちろん、警備は私たちが担当いたします』

 え?地球で、暮らす?

『あの子に、困ったら地球に来いって、メッセージを渡したのはキミでしょう?スムーズに決まって、助かりましたよ』

 あの手紙が、そんなことになっていたなんて。

「アタシの遠いしんせきの子どもって事にしておこう。かなり濃い緑色だが、地球人にもあるひとみの色だ」

「ラビィが、戻ってくるの?」

『もちろん、5366番……スフォルツァと一緒に』

 気持ちをおちつかせるために、紅茶を飲もうとした海斗は、ちょっと口の中をやけどする羽目になった。

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