12 さよならまたね

『海斗くん?なにをしてるんだ!』

 海斗は、エンジンルームのカバーをちょっとだけ開けた。

 スフォルツァの足元に、灰色の雲がうずまいている。

 吹き飛ばされそうな、強い風。

 台風を、この目で見てきたなんて、だれも信じないだろうなあ。

 怖いのをとおりこして、海斗は自分が笑っているのを感じた。

「ラビィ。チカラで、空をとべそう?」

「?」

「ほら、あの宇宙警察の船。あそこの平べったいところ、甲板っていうんだ。2人で、あそこまで飛ぶ」

 おおきな灰色の雲の海。

 銀色の大きな船が、スフォルツァに追いつこうとしている。

 海を進む船というよりは、空をおよぐ銀色のくじらみたいだ。

「こわい」

 海斗の背中にしがみついて、ラビィは頭を振った。

「大丈夫だから。1人にしない」

「ねたら、かいとを、わすれる」

「忘れたって、かまうもんか。会いに行くから。お前が思い出すまで、十年だって、二十年だって待ってやる」

 博士に協力してもらったら、もっと早く思いだせるかもしれないじゃないか。

「それに、オレたちがここにいたら、スフォルツァのじゃまになる」

 ラビィが、ぎゅっと海斗の服をつかんだ。

「スフォルツァは、ラビィに、生きていてほしいんだ」

「かいとも、らびぃに、いきてほしい?」

「当たり前だ!生きてなきゃ、また会えないだろ」


 戦争を生き残った人たちは、生きるためにガードロボットを作った。

 スフォルツァは、人を守るために、仕事をしようとしている。

 守られる自分たちが、あきらめてどうするんだ。


「いっせーので、銀色の船に向かってとびおりる。エストーネだって、こんな小さな的をねらうのはむずかしいはず」

「それで、パパは、けいびの、おしごと、できますか」

「できるさ!オレの、頼りになる友だちなんだから」

 こんどは青い光が、スフォルツァの右肩をかすった。

『くそっ!調子にのりやがって!●△■★!』

『□◇◎○!』

『■◆■★!●●▲!』

 宇宙警察とは違う、よくわからない言葉が降ってくる。

 なんとなく、スフォルツァの声が怒っているように感じた。

 いつもはあんなにも優しいのに。

(ラビィを渡せって、言われたのかもしれないな)

 銀色くじらが、スフォルツァの真下に来たけれども、一台のロボットにじゃまされて距離をはなす。

 もう、ゆっくりとしていられない。

 どのくらいスフォルツァがケガをしているのかは、わからないけど。

 早く、オレたちはあの銀色くじらに行かなくちゃ。

「いくぞ!いっせーの!」

 ぎゅう、と海斗がラビィをだきしめて。

 ラビィが、ぎゅっと海斗にだきついた。

 シャンプーの匂いにまじって、博士のバラの匂いがした。

 きっと、こうやって、博士もラビィをだきしめたのだろう。

「せい!」

 雨まじりの風が、ぶわっと体をつつんだ。


 ひゅるひゅる、と風の音がする。

『海斗くん!ラビィ!』

「だいじょうぶ!スフォルツァ、あいつらをげんこーはん逮捕だ!」

 目の前で悪い事をしているなら、警備員にも逮捕できるよ。

 スフォルツァの声が遠ざかっていく。

 思っていたとおり、エストーネは何もしてこない。

 ラビィには、ケガをさせないようにっていう命令があったのかもしれない。

 あんなに大きなロボットの手じゃあ、握りつぶしそうだもんね。

 ものすごい速さで、大きなライフルのそばを通り過ぎる。

 ごう、と音がして、目の前に銀色くじらがせまってきた。

 銀色くじらに生えている長い筒が、ぐいんぐいんと動く。

 ドン!

 ドドン!

 大きな音と、煙をたてて、火の玉がエストーネをねらう。

 1台のロボットに命中して、動きをとめた。

(コテンパンに、してくれるかな)

 ぶわっと、風が吹いて、海斗とラビィを持ち上げる。

 台風の風はとても強くて、体にぶつかる雨が痛い。

 下ばかりを見ていたけど、今度は上を見上げる格好になった。

 しっかりと、離れそうになっていた、ラビィの手を握る。

 初めて、空を飛ぶスフォルツァを見た。

 思った通り、せっかくの体がキズだらけ。

 所々から、黒いけむりが立ちのぼっている。

 でも、アニメのロボットみたいに、本当にカッコイイと思った。

 おどろいたような顔をしていただけど、スフォルツァはすぐにエストーネをにらみつけて、近くにいた奴のマシンガンをけとばす。

 後ろにせまってきた奴に、ひじうち。

 ざまあみろ!

 オレたちが無事なら、思うぞんぶんに戦ってもらえるぞ。

 あのアニメだって、主人公の男の子は、自分から脱出できたんだ。

 守られるばっかりじゃなくて、自分から安全な場所へにげる。

 信頼している友だちが、思う存分に戦えるように。

 銀色くじらの甲板が、すぐ背中にせまる。

 ラビィと目が合った。

 メロン味のキャンディみたいな、エメラルドみたいな、きれいな緑色だ。

 足の輪っかが、とてもまぶしく光りだす。


 トン。


 銀色くじらの甲板に、あぶなげなく着地した。

 空を飛ぶのとは、ちょっと違うけれども。

 ラビィが、口を開いた。

「かいとは、あいに、きてくれますか」

「スフォルツァと、一緒に仕事が出来るまで、大きくなったら」

 ぜったいに、この約束は守ってみせる。

「わすれても、あいに、きますか」

 わすれるもんか。

「オレが、ラビィをおぼえてる」

 ああ、ようやく見れた。

 ラビィが、好きな子が笑うのを。

 思った通り、ラビィは笑った顔のほうが、ずっとかわいかった。

 だけど、もうおしまい。

「またね、かいと」

 ぐにゃり、とまわりの風景がまがる。

 風の音も、雨の音も聞こえない。


 ぼふん。


 海斗は、自分の部屋のベッドにいた。

 雨でシャツや靴下、髪の毛がびっしょりぬれている。

 顔もびしょびしょだと思ったら、自分が泣いていることに気が付いた。

 海斗はベッドからおりて、お風呂場に飛びこむ。

 服を脱いで、洗濯機につっこむと、あったかいシャワーを頭からかぶった。

 もう、明日から会えない。

 魔女の森にいっても、ラビィもスフォルツァもいない。

 ベッドの上のカードキーは、枕元に投げっぱなしのままだった。

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