11 大空の対決

 いつの間にか眠っていて、起きてもやっぱり外はうす暗かった。

 びゅうびゅうと風がうなって、何かがガランゴロンと飛ばされている。

 雨戸を、雨が強く叩いている。

 もしかしたら、昨日で時間が止まっていたのかも、なんて。

 期待していたけど、母さんの声で、海斗はベッドからのろのろと這い出る。

 変わっていくのが、宇宙の決まり。

 朝は夜になって、夜は朝になる。

 今日は、どこにもいけない。

 その代わり、朝ごはんのあとは、ずっと部屋にいてもじゃまされずにすんだ。

 パジャマから着替えたけど、海斗はベッドに寝転がる。

 枕元に放り出しているのは、研究所の青いカードキー。

 スフォルツァ達が帰っても、博士はあいかわらず一人で研究を続けるのだろうか。

 空っぽになった地下室を見て、なんとも思わないのかな。

 ラビィの部屋にしていた、つきあたりの部屋はどうするんだろう。

 もういっかい、顔が見たい。

 笑った顔を、見せてほしい。

「……?」

 海斗の部屋の壁が、ぐにゃりと曲がる。

 風の音や、雨の音が遠い。

 柔らかいベッドに寝ころんでいたはずなのに、背中や足が浮いているような感じがした。

 そして、次の瞬間。

 ドサッ!

「いっってえ!」

「かいと、きた!」

 部屋の床じゃない、かたい場所に尻もちをついた。

 ぎゅう、と背中に抱き着いてきたのは、ラビィ。

「ラビィ?なんだ、ここ!」

「パパのえんじん、のちかく」

「は?」

 目の前にあるのは、地下室で何回も見ていたエンジンだ。

 ここは、スフォルツァのエンジンルーム!

『海斗くん?ラビィ、海斗くんをテレポーテーションさせたのかい!』

 上から降ってくるのは、スフォルツァの声だ。

「何がどうなって……うわあ!」

「いやあああ!」

 ドシン、と強く右に身体が投げだされる。

 背中にしがみついたラビィと一緒に、海斗はエンジンルームの壁にたたきつけられた。

『ごめん、海斗くん。ラビィを落ち着かせてやってくれないか』 

「落ち着かせてって、いわれても」

『抱きしめてあげるだけでいい。そうしないと、チカラがへんなところに作用する!くっ!』

 今度は、ちょっと体が浮かんで、また床に叩きつけられる。

「いやああああ!やああ!」

「お、おちつけよ!チカラを使うな!大丈夫だから!そばにいるから」

 何が大丈夫なのかはわからないけど、海斗はラビィをぎゅっと抱きしめる。

 ラビィはいつもの袖なしワンピースじゃなくて、肩がふんわりとふくらんだ、うすい緑色のワンピースを着ていた。

 メロンソーダの妖精みたい。

 きっと、最後のおめかしとして、買ってくれたものだろう。

 博士とラビィは、まるで親子みたいだったから。

 本当は、博士もラビィとお別れするのは、さみしかったのかもしれない。

 ワンピースのポケットに、昨日スフォルツァに渡した手紙が入っていた。

「そとのひと、こわい。らびぃのチカラ、わるいことにつかう」

「そと?」

『今、エストーネから逃げている真っ最中なんだ。くそ、すぐ近くに宇宙警察が来ているのに』

 エンジンルームのすきまから、そっと外を見る。

 見たことのないロボットが、スフォルツァに向かって大きなバズーカやマシンガン、ライフルを向けていた。

『簡単に説明するね。ここは、空の上。ボクを地球にうち落としたのは、地球の軍事衛星じゃなくて、エストーネだった……ああもう!ゆっくり話をする時間もないのか!』

「うわ!」

 今度は、左に体が持っていかれる。

 壁のパイプをにぎって、なんとかこらえた。

 2人分の体重で、手がびりびりとする。

 海斗は、大好きなアニメの戦っているシーンを思い出す。

 要するに、スフォルツァは今、エストーネっていう悪い奴にねらわれているってことだ。

 アニメの警察ロボットは、剣とか大きいピストルを持っていた。

 だけども、スフォルツァは、そんなものは持っていない。

 警備員は、悪い奴らであっても、キズつけてはいけないのだ。

 とにかく逃げるしか方法はない。

 ラビィがいう、そとのひとたち……つまり、エストーネ。

 エストーネは、チカラを悪い事に使うって言っていた。

 ラビィがいつも使っているチカラは、テレポーテーション。


 テレポーテーションを使って、何か悪い事をするために、エストーネはラビィが欲しいんだ!


 チカラを使えば、ラビィはすごく疲れて眠ってしまう。

 寝たきりになってしまうまで、もしかして死んでしまうまで、エストーネはラビィにチカラを使わせるかもしれない。

 次に目が覚めるのは、何年後だろう?

 絶対に、笑顔を見たいって思っていたのに。

 大人になったら、おれはラビィを守れるオトコになっていたかもしれないのに。

(大人になるまで、ラビィが生きられなかったら?)

 こいつらのせいで。

 海斗は、じっと目をこらす。

 真っ黒いエストーネのロボットの足元、ちょっと離れたところに船が浮かんでいる。

 空をとぶ船なんて、あるわけがないって、学校の友だちはバカにしながら笑うかもしれない。

 でも、海斗の目の前では、【本当のできごと】として船が空をとんでいるのだ。

 おじいちゃんたちが乗っている漁船じゃなくて、大きな筒がにょきにょきと生えている、とっても大きな船。

 アニメやマンガで見た事がある。

 たたかうための、船だ。

 海斗は、天井に向かって大きな声で聞いてみた。

「スフォルツァ、宇宙警察って、あの船なの?」

 あんまりにも大きい声だったから、背中にしがみついていたラビィがビクッと体を固くする。

『そうなんだ。せめて、あそこまでキミたちを逃がしたいんだけど……さっきからじゃまばっかり。ああ、もう!ボクは頑丈だからいいけど!いたっ!』

「スフォルツァ!」

 スフォルツァの太ももギリギリを、赤い光が、かすっていった。

 なんだか、焦げたにおいがする。

『ボクが何もしないからって、5台がかりで、まるでおもちゃみたいに!こいつら!』

 スフォルツァの悔しい気持ちが、伝わってくる。

 そして、ラビィのとても不安な気持ちも。

 エストーネは、スフォルツァを的にして、バズーカやマシンガンを当てるのを楽しんでいるんだ。

 

『◇◇◇◇』

『◆●◆■』

 スフォルツァが、誰かと話している声。

 言葉はわからないけれど、まじめな事を話しているのはなんとなく分かる。

 宇宙警察も、ラビィを助けるために何とかしようとしているはず。

 何か、おれが出来そうなこと。

 落ち着け。

 あの大好きなアニメを、思い出すんだ。

 最終回。

 警察ロボットに協力していた男の子は、大泥棒につかまってしまう。

 そして、この子の命がおしかったら、武器を捨てろというのだ。

 大切な友達を守るために、警察ロボットは剣を捨てる。

 これで男の子を返してもらえるはずだったのに、大泥棒は捨てられた剣を拾って、警察ロボットに切りかかる。


 あの子は、何をした?


 もうダメだって、だれもがあきらめていたけれど、男の子は警察ロボットをはげまし続けた。

 自分はケガなんてへっちゃらだから、剣をうばって戦ってほしいと。

 武器をうしなった警察ロボットは、切られるがまま。

『だいじょうぶだよ』

 ボロボロの体で、オイルまみれになりながら、大きな友達は笑う。

『ぜったいに、助けるから』


 信じる。

 きっと、なんとかなるって、心の底から信じる。

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