9 宇宙のきまり
目玉焼きならぬ、海斗焼きになるくらいの暑さ。
家に帰ると、母さんも出かけていた。
近所には町営の海水浴場があって、そこでパートの仕事があるのだ。
おひるご飯を、用意するひまもなかったらしい。
海斗は、食器棚の横に置かれているかごの下、お中元に頂いたそうめんの箱を発見した。
母さんが用意してくれなくても、そうめんくらいなら、海斗だって一人で出来る。
父さんが、男でも料理ができるようになるべきだっていうから、先週にこっそり教えてもらったものだ。
片手鍋にお湯をぐらぐらに沸かして、ゆっくりとそうめんを入れるだけ。
長い箸で、ぐるぐると混ぜたら、あとは火を止めてふたをかぶせる。
これだけでも、きちんと火が通るんだからおどろき。
その間に、流し台へ足のついたザルを用意。
そうめんがやわらかくなったら、蛇口からゆっくりめに水を出しっぱなしにする。
湯気に気をつけながら、片手鍋を流し台へ持っていく。
片手鍋だけど、取っ手は両手で持つこと。
足元には気を付ける。
ぜったいに、ふざけない。
それが、やけどをしないコツ。
まずは、片手鍋に水を入れる。
お湯が水で冷やされて、湯気がすくなくなる。
こうなれば、もう安心。
ざばっとザルにそうめんをあけて、もう一度水にくぐらせる。
あとは、ひとつかみずつ水きりして、お皿に盛れば完成。
ぬめりを取るために、ごしごし洗ったりする人もいるらしいけれど、海斗は別に気にしないからこれでいい。
父さんはなにかにつけてお尻をぶつから怖いけど、こういうヒントを教えてくれることがあるのだ。
火を使うのは危ないからと、母さんはあまり教えてくれないけど。
冷蔵庫からそうめんつゆと、細かく切ったネギ、チューブ入りのショウガを取り出す。
そうめんセットの完成だ。
(どんなもんだい。オレだって、おひるご飯は1人でできるんだ!)
変わっていくのが、宇宙の決まりだってスフォルツァは言った。
海斗だって、いつまでも幼稚園児じゃあない。
小学校を卒業して、中学校、そして高校。
大学は、どうかなあ。まだわからない。
今はまだチビだけれど、もしかすれば、父さんみたいに大きくなれるかもしれない。
ラビィが全部を思い出すまで、どのくらい時間がかかるんだろう?
しんせきの人が、見つかるといいな。
ラビィの父さんや母さんは、どうして置いてけぼりにしたんだろう。
スフォルツァが見せてくれなかった、仕事の書類に書いてあるのかな。
どうすれば、それを見せてもらえるのだろう?
友だちであっても、勝手に見るのはよくないってことは、海斗にもわかっている。
海斗はまだまだ子供だし、もしかしたら、それを知ったことでスフォルツァに迷惑をかけてしまうかもしれない。
おんなじ警備員になれば、見せてくれるのかな。
もしもそうだとしたら、大好きなアニメそのものだ。
警備員って、どうすればなれるんだろう?
ラビィを、守るオトコになれるかな?
お昼を食べたら、もう一度研究所に行こうと思っていたけど、午後は父さんが帰ってくる。
父さんは朝早く仕事にでかけるけど、帰ってくるのも早いのだ。
なるべくばれないように、考えていかないと。
★
夏休みが始まってから、海斗は、午前中を研究所で過ごした。
午後は、父さんの目もあるし、出かけるのはむずかしい。
それに、ラビィはおひるねをすると、なかなか起きてこないのだ。
チカラを使うと、とても眠くなってしまうらしかった。
使わなくてもいいって言ったけど、やっぱり毎朝、ラビィは入り口のところで海斗を待っている。
いつもよりちょっと遅く家を出ると、道の曲がり角で待っている時もあった。
そういう時は、なんとなく怒っているようにも感じた。
眠そうなのと、無口なのは相変わらずなんだけど。
好きにさせるしかなかった。
博士がときどき話してくれる昔の話は、本当に面白かった。
日本ではない国の大学に通ってたこと、ちょっと危なかったこと。
もちろん、勉強でわからないことも教えてくれる。
博士は、学校の先生になる勉強もしていたそうだ。
どうして先生にならなかったのと聞くと、ニヤリと笑う。
「アタシは、こうして研究しているのが、一番楽しいからこれがいいんだ」
夏休みの自由研究に、警備員を選んだことを話すと、博士はお腹を抱えて大笑いした。
「なんで警察じゃなくって、警備にするんだか」
「だって、一番身近なのが、警備員のスフォルツァだもん」
スフォルツァが教えてくれる仕事の話は、どんな本にも書いていないし、もちろんネットでも見たことがない。
聞いているだけでも、十分に楽しいものだった。
七月最後の1週間が過ぎて、八月になった。
だけど、ラビィの記憶はぜんぜん戻らないようだ。
『やっぱり、病院でお医者さんに診てもらうべきなんだろうなあ』
頬っぺたを、ぐにぐにとラビィに伸ばされながら、スフォルツァがため息をついた。
プラモデルのように固そうなのに、よく伸びる。
こわれていた胸のエンジンは、ほぼ修理完了。
あとは、スフォルツァが必要な分の水をタンクに入れて、実験をするだけになった。
『地球の通信用電波って、このくらいの周波数ですかね?』
「ああ、そのくらいならどこの国も探知できないだろう」
海斗にはわからない言葉が、博士とスフォルツァの間でたくさん飛び交っている。
もう少しで、お別れになる。
チョコレートがけのドーナツをちまちま食べながら、ラビィはぼんやりとスフォルツァの大きい体をながめていた。
「かいと、いっしょに、こないの?」
「オレ?すぐに帰れるならついていきたいけど」
博士から教わった、困ったこと。
宇宙で過ごすと、地球ではかなり長い時間がたってしまうらしい。
スフォルツァの会社の見学は許可してもらえそうだけど、その間に夏休みが終わっていたら大変だ。
ただでさえ、母さんは心配性なのに。
だから、自由研究は地球の警備員について調べることにした。
(どうせみんな、スフォルツァの話なんて、信じないだろうしな)
本当は学校のみんなに、じまんしたいくらいの、とっておきの秘密。
魔女の森に住んでいる、魔女の正体。
アニメみたいなロボット。超能力をつかう宇宙人。
でも、きっとこのまま、誰にも知られないように帰った方がいい。
「手紙……書いたら読む?」
「てがみ?」
「ラビィは地球の言葉を、おぼえただろ?今日は何があったとか、だれと会ったとかを文章にして、オレに送ってくれたら返事はだせる」
宇宙に、郵便屋さんがあればいいんだけど。
「わかんない。ラビィは、かいとと、おはなしがいい」
チョコレートべったりの口で、ラビィは言うのだけれども、海斗にもどうすればいいのかはわからなかった。
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