8 白い箱の中の少女

『海斗くんにも話したとおり、ボクの仕事は人間が居なくなった惑星のパトロールも含まれている』

「うん、それは覚えてるよ」

『ラビィはだれも居ないはずの惑星で、一人ぼっちだった』

 スフォルツァが腕をあげると、四角い何か、がポコンと出てきた。

 オセロゲームができそうな画面だ。

 赤くチカチカと光る点が、右下と中央に2つある。

『これは、仕事で使う宇宙の地図。中央の光が、現在地。つまり地球のある太陽系』

「たいようけい?」

『地球のきょうだいみたいなものかな。太陽、つまりお日様がおかあさん。地球は惑星8人きょうだいの、3番目なんだよ』

 中央の光から、右下にむかって矢印が伸びた。

『ボクが地球に来たのは、燃料を分けてもらうためだった』

「ガソリンで動くの?」

『水だよ』

「すっげえエコロジー……」

 車と同じ燃料なのかと思ったけど、どうやらちがうようだ。

 博士は、エネルギーを研究しているといっていた。

 ラビィの超能力よりも、水で動くエンジンのほうが、博士にとっては面白いのだろう。

 博士らしいや、と思った。

『水は、たいていの惑星にあるものだからね。まさか、近づいたらうち落されるとは思わなかったけど』

「ぐんじえいせいかな?」

『調べたけど、見つけられなかったんだ。まあ、ボクの発信していた信号が、地球と違っていたのかもね』

 まるでスマホを操作するように、スフォルツァの手がスイスイと動く。

『そして、これくらいなら、見せてもいい情報かな。ラビィは右下の光。ここに居たんだよ』

 小さい画像が出てきて、地球にそっくりな惑星を見せてくれた。

 惑星XXX│とスフォルツァは言ったのだけど、海斗には発音できないし、聞き取れない言葉だった。

『ボクたちは1日の最初に、今日はここへ行きなさいっていう、命令をもらう』

「ひやとい?」

 いとこの兄ちゃんが、そういう仕事をしていると聞いた事がある。

『うーん、どうなんだろう?毎日、行く場所は変更される。エストーネに先回りされないようにね』

 ラビィは、海斗に手渡されたメロンソーダの匂いを、とてもふしぎそうにかいでいる。

『ボクが行く前に、そこをパトロールしていた奴が手抜きしてたんだ。惑星の近くには行っていたけれど、どこの街にも記録がなかった。だから、ボクはXXXに降りた』

「そこで、ラビィを見つけた?」

『だれもいない惑星だっていうことになっていたし、見まわるのは時間のムダだと思われていたのかもね。だけども、この子は1人で生きていた。白い箱の中で、眠っていたんだ』

 炭酸飲料が初めてだったのか、ペットボトルから口を放したラビィは目を一回だけ、ぱちくりした。

 初めて、見開いたラビィの目を見た。

 メロン味のキャンディというよりは。

 そうだ、エメラルドっていう、緑色の宝石がはめこまれたようだ。

 飲みきれなかったジュースが、ラビィのあごに流れているのを、タオルでぬぐってやる。

 ピンク色のくちびるがプルプルと柔らかそうで、海斗はちょっとドキッとした。

「箱で寝てたって、どのくらい?」

 こんなに眠そうなのに、さらに眠いのか?

 眠りすぎると、頭が痛くなるくらいなのに。

『そうだなあ。人が居なくなってから、百年くらい経っていたから、少なくとも百年以上は寝ていたかもね』

「おれより寝すぎだろ」

 ずっと眠ってるって、どんな感じなんだろう。

 お腹が空かなかったのかな?

 よくおねしょをしなかったなあ。

 起きたら、一人ぼっちって、どれだけさみしいことだろうか。

『箱に書いてあった文字から考えて、ラビィって呼ぶことにしたんだ。まさか、パパって呼ばれるとは思わなかったけど』

「宇宙でも、父さんの事をパパって呼ぶの?」

『地球人みたいに、舌が一枚ある種族はそうみたいだね』

 宇宙で使われている言葉は、だいたい3000種類らしい。

 ラビィが一人ぼっちになっていた惑星の言葉は、地球とちょっとだけ似ているそうだ。

『でも、言葉はどんどん変わっていくものだ。もしかしたら百年前は違う意味だったかもしれない。なにか、大切な意味があるかもしれないし、ないかもしれない』

「なんかよくわかんない」

『変わっていくのが、宇宙のきまり。キミが、数日前よりも身長が伸びているようにね』

 ラビィは、海斗のリュックサックから国語の教科書を抜き取ると、まるで絵本のようにながめだした。

 そんなつまらないものの、どこがいいんだろうか。

 ラビィは、小学校に通ったことがないのだろうか?

 シャワーから帰ってきた博士に聞いてみたが、

「記憶が戻らないんじゃあ、どうしようもない」

 と言って、苦笑い。

 算数の宿題を教えてもらいながら昼まで過ごすと、海斗は教科書を貸したままで帰ることにした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る