7 魔女の森の夏休み
ラジオ体操が終わり、走って家に帰ると、海斗はリュックサックへ宿題を詰め込む。
ものすごい勢いでパンをかじり、サラダをお腹に片づけた。
麦茶をぐいっと飲みほすと、歯磨きもそこそこに家を飛び出す。
夏休みになれば、ラジオ体操ぎりぎりまで朝ねぼうするのが、いつもの自分だった。
だけど、今年はかなり違う。
みんなよりも、もっとずっと楽しい場所を、オレは知っている。
近くの自販機で、メロンソーダとコーラを買って、リュックサックの左右ポケットにつっこむ。
道路からの照り返しが強くて、歩くだけで汗がにじんでしまう。
うるさすぎるセミの声。
宿題もそこそこに、海へ行こうとする友だちとすれ違った。
「あれ?海斗は泳ぎにいかねえの?」
「んー。忙しいからあとで」
「塾かよー。まーじめー」
「まじめでわるいかよ」
それでも、海斗にとって行くべき場所が、今年はあるのだ。
森への入り口に、人がいない事を確認すると、すばやくかけ寄る。
くさりグルグル門の左に、たしかに扉があった。
開けてみると、もう一つの扉。
この向こう側が、魔女の森。
入ってきた扉を閉めると、むわっとした空気に包まれる。
銀色の扉の左に、機械が張りついていた。
映画とかで見た事がある。
細長い穴に、カードを差し込めば、ドアが開く仕組みだ。
「ここで、使うんだよな」
リュックサックの一番大きなポケットから、カードキーを取り出す。
手の汗をズボンで拭いて、深呼吸。
カードキーを差し込む。
ピー。
カギが開いた。
銀色のドアを開けて向こう側へはいると、自動でカギがかかる。
3週間ぶりの森は、海斗を歓迎しているように感じた。
ざあっと風が吹く。
「うわああああ!」
「……」
初めての時と同じく、ラビィが隣に立っている。
相変わらず、眠そうだ。というか、元々からそういう目なのだろうか。
「……と」
ラビィが、何かを言っている。
「ん?なに?」
「……い、と」
海斗を指さして、ゆっくりと口を動かしている。
「か、……い……、と」
ああ、こんな声でしゃべるのか。
風にかき消されそうな小さい声だけど、鈴のようなかわいい声だ。
「あ、ああ。そうだよ。おれは、かいと」
「……は、か、せ、まって、る」
「博士が、待ってくれてる?」
いうが早いか、ラビィが海斗の手をつかむと、周りの景色が動き出した。
違う、海斗とラビィが動いている。
ラビィは、早く走っている訳でもない。
でも、海斗が一生けんめいに走ったときだって、こんなに早くは走れない。
ふわり、とラビィから、いい匂いがした。
ああ、この匂いはシャンプーなのかもしれない。
「おや、久しぶりじゃないか」
『海斗くん。学校はどうしたんだい』
「え?」
気が付くと、あの地下室だった。
イスに座った博士。
プラモデルサイズになったスフォルツァが、空中に浮かんでいる。
ラビィは、海斗の手を握ったまま。
「また、チカラを使ったらしいね」
「……」
冷たい手が、するりと海斗から離れていく。
「チカラって……」
「地球の言葉では、テレポーテーションっていうんだ。ラビィには、超能力があるらしいねえ」
なんでもない事のように博士はいうけれど、それってとんでもない事だと思わないのだろうか。
「アタシはそういう研究には、興味ないんだ。超能力ってのは、人間の体力をものすごく使うらしいからね。ラビィが寝たきりになって、嬉しいもんか」
カタカタ、とキーボードを軽く叩く博士の指。
今日の爪は、オレンジ色だ。
ふわりとただよう匂いは、ミント。
チューインガムをかんでいるのかと思ったけど、口が動いていない。
大人の女の人って、よく分からないなと思う。
「海斗は、夏休みかい?」
博士が見つめる画面には、海斗にはわからない数字が並んでいた。
「あ、うん。今日から」
「そうか、もうそういう時期になっちまったか」
地下室はとても涼しいから、気が付かないのかもしれない。
『夏休みって、なんだい?』
スフォルツァが首をかしげた。
宇宙には、そういうお休みが無いのだろうか。
「夏はとても暑いから、40日間くらいは家で過ごそうっていう決まり……?かな」
「他の国では、2カ月くらい休むけどね」
博士は、手を止めると大きく伸びをした。
「好きに過ごせばいい。アタシはシャワー浴びてくるから、スフォルツァ君とおしゃべりでもしてな」
イスから立ち上がり、博士は海斗の頭をくしゃくしゃとなでる。
こないだ入ってきたドアとは、別のドアを開けて、博士は部屋を出ていった。
まるで、おじいちゃんの家に来たみたい。
『ははは。かなり信頼されてるね、海斗くん』
「悪い事する理由ないよ」
だって、博士のお財布さがしなんかよりも、海斗はラビィやスフォルツァと話がしたいのだ。
ラビィは、博士が見つめていた画面をぼんやりと見ている。
内容を分かっているのか、ただ眠いのか。
「そういえばさ、ラビィってどこの星から来たの?」
海斗が地下室の壁によりかかって座ると、ラビィもちょこんと隣に座り込んだ。
リュックサックのポケットに突っこんでいた、コーラとメロンソーダを取り出す。
「……わか、らない」
首をかしげると、栗色の髪がゆれた。
「覚えてない?」
「おきたら、ぱぱが、いた」
「起きたら?」
スフォルツァが、困ったように笑いながら話し出した。
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