6 あのこは何者?

 もう一回だけでも、ラビィの顔を見たい……という海斗の願いは、最後まで叶えられなかった。 

 あのまま、ラビィは自分の部屋に引っ込んで、ベッドにもぐり込んでしまったそうだ。

「宇宙飛行士だって、宇宙での仕事を終えたあとは、立てないくらいに疲れるんだ。また会いにきてやってくれ」

 苦笑いしながら、博士が頭をぽんぽんする。

 ちょっとむずがゆい。

「……うん。そうする」

 あまり遅くなると、海斗も怒られてしまう。

 完全に空が赤くなる前に、なんとか帰りついた。

「テレビみるより、宿題やってしまいなさい」

 母さんが、キッチンから顔を出していうお小言も、今日は素直に聞き入れる。

 正直、テレビなんかどうでもよかった。

 今日のへんてこなおやつタイムの方が、数倍面白かったし、宿題なんてとっくの昔に終わっているのだ。

 博士のおかげで。

「念のために終わらせておきな。わかんないなら、教えてやるよ」

 っていうアドバイスを、聞いておいてよかった。

 担任の先生の授業よりも、わかりやすかったのだから。

 いつものように自分の部屋に入ると、どさりとランドセルを床にほおりなげた。

「……誰にも言えない秘密、かあ」

 帰りぎわに、博士から渡されたカードキーを見ながら、海斗はベッドにこしかける。

 青いプラスチックのカードに、黒いラインがあるだけの、シンプルなデザインだ。

 これがあれば、あのくさりグルグル門をとっぱできる。

 門の隣に、カードキーでしか入れない扉があるのだそうだ。

「かわいいけど、変な子だったなあ」

 ラビィの、ふしぎな目の色を思い出す。

 外国人だと思っていたけど、地球人にはメロンキャンディみたいな、あんなに濃い緑色の目を持つ人は居ないらしい。

 そもそも、ラビィっていうのはスフォルツァがつけた名前であって、もしかしたら本当の名前があるかもしれないそうだ。

『ラビィは、自分の名前もおぼえていないし、何才なのかも知らない。ご両親の手がかりになるものも、持っていなかったんだ』

 ワンピースは、博士のおさがり。

 地球に来た時は、ぼろぼろの布に穴をあけただけの服。

 同い年なのか、本当の名前はなんなのか。

 どんな声で話すのか、そもそも、地球の言葉を話せるのか。

 すべてが分からないままの、へんてこな一日。

 一度でいいから、ラビィの笑った顔が見たいなあと、海斗は思った。

 きっと、笑ったらもっとかわいいだろう。

 笑顔を見るためならば、毎日でも通いつめようと決めた。

★ 

 研究所で、へんてこなおやつタイムを過ごしてから、3週間。

 あれ以来、なかなか研究所へ行くチャンスがない。

 校庭で遊ぶときも、友だちと帰る時も、カードキーは海斗のランドセルの底に入れっぱなし。

 博士は約束を守ってくれたようで、海斗が父さんに叱られるようなピンチはおとずれることがなかった。

 電話がくるたびに、ちょっとドキドキしていたけれど。

 だから、海斗もうっかり口を滑らせないように、なるべく自分の部屋で過ごすようにした。

 プラモデルを作るために、部屋にこもることはしょっちゅうだったから、父さんも母さんも何も言わなかった。

 作り直そうと思っていた、あの時のプラモデルは箱の中でバラバラになったままだったけれど。

 部屋から見える魔女の森は、相変わらずビニールシートが掛けられたまま。

 あの下に、巨大ロボットとふしぎな女の子が住んでいる……なんて、誰が信じてくれるだろう?

 やわらかくて、ちょっと小さくて、冷たい手を思い出す。

 ラビィは海斗より、背が低かった。

 もしかしたら、下の学年に転校してくるんじゃないか?

 海斗の期待は大きくうらぎられ、ラビィが小学校に来ることは無いままに、夏休みへ突入した。

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