5 しんじられない、ほんとうのこと

『びっくりさせてしまったね。ボクは昨日、ラビィと一緒に地球へ落っこちてしまったんだ』

 まるで、大好きなアニメの第一話を体験しているようだ。

「おっこちた?空から?スフォルツァとラビィは、宇宙人?」

『……うーん、そうだなあ。ラビィは確実に宇宙人なんだけども、ボクは……』

「ガードロボで良いんじゃないか」

 博士が口を挟む。

「ガード?」

「地球では、人を守るための仕事だよ。警備ともいう。宇宙にも同じ仕事があるとは思わなかったけど」

 博士はイスにふんぞり返って、足を組んだ。

『命令があれば、同じロボットも守るし、宇宙船も守るよ。守るだけじゃなくて、悪い奴らが入ってこないように見はるのも仕事だけど』

 守る……それもまた、大好きなアニメのお話そのもの。

 見はるのは、初めて聞いたけど。

「だけど、今はウチに居そうろうってわけ!」

 楽しそうに、博士は頬づえをついてケラケラと笑った。

「いそうろう?」

『落っこちた時にエンジンがこわれて、空を飛べなくなったんだ。帰れないんだよ』

「じゃあ、昨日の地震と火事って!?」

『ボクが落っこちたせいかもなあ……』

 小首をかしげる仕草も、人間みたい。

「じゃあ、何で……その、ニュースにならなかったの?」

「ああ、それはアタシがやった」

 博士はようやく思い出したように、つぶやいた。

「あなたが?」

「あなた……意外と、親のしつけがいい家庭だねえ」

 博士が、声をあげて笑いだす。

「この辺り一帯の通信設備を、一時的に使えなくしたのさ」

「じゃあ、スマホがつながらなかったのは、そのせい……」

 父さんと母さんが、テレビも点かないし、スマホも圏外になっていると困っていたっけ。

「いまどきのマスコミなんて、SNS投稿した一般人に、動画をせびるのが取材と思ってるからね。一晩中、関連動画を片っぱしから削除申請すれば、たいていは無かったことにできる」

「……」

 博士は、壁にあるコンピュータを親指でさしながら、さらに続けた。

「現在も見はりは続けているのさ。まあ、こんな田舎町じゃあたいした事件もないし、すぐにあんな地震は誰もが忘れるだろうけど」

「……はああ」

 一気にタネ明かしをされて、海斗の何かが、ぷちんと切れた。

 ぺたん、と床に座り込む。

 本当の事と、こうなったらいいのにって想像していた事が、頭の中でおしくらまんじゅうしている。

 あれれ?

 オレは今、アニメを観てるんじゃないよな?

『大丈夫?君をここに招いたって事は、ボクの話を君にも知ってほしいって事なんだけど』

 話せば話すほど、この目の前にいるロボットと、大好きなアニメが重なってしまう。

 これは【本当の事】で、でも秘密にしておいてほしくて、それから。

「それが、父さんと母さんに、ここへ勝手に入ったのをだまってくれる条件?」

「ハナシが早くて助かるね。ここの出入り自由っていうボーナス付き」

 博士は、白い歯をみせて笑う。

「出入り自由……」

 もう、コソコソとする必要がない。ここに、いつでも来られる。

「ただし、ぜったいに他の人には言わない事。どんなに仲のいい友だちにも、ね」

 真っ赤なくちびるの前に人差し指を立てて、博士はまた笑う。

 あまり長くない爪は、口紅と同じような、真っ赤なマニキュアが塗られていた。

「……」

「言ったはずだよ。他人に言えない秘密を、アタシらと共有するって」

 (これは、さすがにおじいちゃんにも言えそうにないな)

 だって、おじいちゃんは海斗の好きなアニメを知らないのだから。


 海斗は、同じ年の友だちに比べて、ちょっと子供っぽいと言われる。

 大好きなロボットのアニメは低学年向けだし、友だちの会話についていけない時もある。

 でも、それは【ロボットが宇宙からやってくるなんて、ウソだから】。

 アニメも、カッコいい特撮ヒーローも、ゲームもマンガも。

 全部がウソで、ウソだから楽しめている。

【そんなこと、あるわけない】っていうのが当たり前。

 だけども、今。

 海斗の目の前には、宇宙からやってきたロボットが居て、ここに入る前には注意もしてくれた。

 これ以上にどんな秘密があるのかはわからないけど、思いやりのある心を持ったロボットは、【本当に居る】じゃないか。

 みんなが、こうやって会ったことがないだけで。

「わかった。絶対にスフォルツァの事は秘密にする」

 体が大きすぎて、指切りげんまん出来ないけれど。

「オトコと、オトコの約束」

 スフォルツァが、安心したようにほほえんだ。


 それからスフォルツァが教えてくれた事は、海斗には想像もつかないものだった。

 でも、ウソがつけそうな奴じゃないなとも思う。

 学校の授業よりも面白くて、へんてこな話を、海斗はすすめられたイスに座って聞きいった。

 ランドセルだけが、仲間外れ。

 地球から、とても遠く離れた宇宙のむこう。

 そこでは、戦争がたくさん起きているらしい。

 戦争のせいで、住むところや働くところをこわされたり、大切な家族を失った人たち。

 きれいな水がなくて、けがをしても傷口を洗うことすらできないという。

 特効薬のない病気まで、流行するようになった。

 入院するための、病院もなにもかもこわされた。

 生き残った人たちは、宇宙船に乗って、他の惑星へと逃げのびる。

 そこまでは良かったのだけども、逃げのびた先も、戦争の真っただ中。

 みんなが困ってしまった。

 自分の惑星に戻りたくても、伝染病で死んでしまうかもしれない。

 働くための会社や、住む家もない。

 畑を作って、暮らすこともできない。

 しかたなく他の星に移り住むのをあきらめ、自分たちの惑星から脱出した人たちは、宇宙船で暮らし始める。

 だけども、困ったことは、立て続けに起きてしまうらしい。

 人が居なくなった惑星は、犯罪者にとってはカギをかけていない家と同じなのだ。

 わずかに残っていた食料も燃料も、全部、うばって逃げていった。

 ひどい時には、宇宙船をおそう。

『エストーネっていう、一番大きな犯罪者の集団があってね。そいつらのせいで、宇宙は大混乱なんだ』

 悔しそうに言うスフォルツァは、とてもまじめなのかもしれない。

 運がよく、うばわれる前に犯罪者を見つけても、殺されてしまう人たちがいる。

 人間だけで宇宙空間を旅するには、宇宙は危険なのだそうだ。


『だから、生き残った人たちは協力して、ボクみたいなガードロボットを開発した』

 きっと、ここまでりっぱなロボットを作るには、戦争よりも大変だったに違いない。

 海斗が知っているロボットといえば、テレビやアニメの他には、お掃除ロボットくらいのものだ。

 あとは、スマホでおしゃべりするアプリもあったっけ。

 スフォルツァの話は、さらに続く。

『そして、人が居なくなった惑星をパトロールして、泥棒が入って来てないか、勝手に入ろうとするあやしい宇宙船がないかを見回りする会社を作ったんだよ。交代で宇宙船を守るのも、ボクの仕事の一つ』

「えっと、宇宙に警察はないの?」

 この辺はやっぱり、アニメとは違うようだ。

 現実と、作られたお話とでは、こんなにも食いちがうものなのか。

『もっとえらい人たちが作った、宇宙警察機構っていう組織はあるけど、……エストーネを追いかけるのに精いっぱいなんだ。見はっていれば、悪さをしない奴もいる』

「見はるだけ?逮捕じゃないんだ?」

 あのアニメでは、決め台詞が <神妙にお縄につくがいい> だったっけ。

 きっと、スフォルツァが言えば、すごくカッコイイに違いない。

『見つけたら、宇宙警察には連絡するけど……ガードロボには逮捕する権限がない』

「けんげん?」

『えっとね││つまり、どんなに悪いことをした人でも、目の前で悪さをしない限りは、勝手に逮捕しちゃいけないことになってる』

「なにかが起きないように、見まわったり、そばにいてあげるだけ。傷つけられたら、全力で守る。それがガード、警備っていう仕事だよ」

 いつの間に持ってきたのか、銀色のワゴンでお茶を用意しながら、博士が説明をつけ足してくれる。

『もちろん、警察用に作られたロボットもあるんだけど、やっぱり警備用のロボットが多いかな。悪い事がおこらないように、じっと見はるのはロボットのほうが得意なんだ』

「警察と警備は、同じようで違う仕事ってわけ」

 茶色の液体が、花柄のティーカップに注がれていく。

 ふわり、といい香りがした。

「この地球でも、同じだよ。惑星が違っているのに同じ事をするのは、それが一番良い方法だってのを、みんなが分かってるからさ」

 銀色のワゴンの引き出しから、マドレーヌやクッキーを乗せたお皿が出てくる。

「海斗、あんた、紅茶は飲めるかい?」

「お砂糖をいれれば飲めるよ」

「好きなだけ入れな。砂糖はここに入ってる」

 ティーカップ、お皿と同じ花の模様が入った、白い陶器の入れ物。

 ふたをあけると、小さめの角砂糖が並んでいた。

 (博士って、もしかしてお金持ちなのかな?)

 母さんが「ここでランチもいいわねえ」とため息をついていた、高級ホテルのチラシみたいだ。

 ビュッフェスタイルのランチだったっけ。

 こんなに大きい森が、土地の一部だとすると、相続した土地はどのくらいの広さなんだろうか。

 ティーカップの一つを海斗に手わたすと、博士はあたりを見回す。

「あれま、いつの間にか、ラビィは引っ込んじまったね……」

『体の構造が、地球人と異なっている可能性もあります。地球の気候となじませるために、長めの休息が必要かもしれません』

「ありうるね……」

 なにやら、二人(?)で話し込んでいる。

(ラビィって、体が弱いのかな?)

 座っていたイスで足をぶらぶらさせながら、海斗は手渡された熱々の紅茶をふうふうする。まだ熱い。

 そっとカップをワゴンに置くと、ウェットティッシュの袋をやぶいて、汗だくの手を拭いた。

 カップは、細い持ち手がついていて、うっかりすると割ってしまいそう。

 ぱく、とかぶりついたマドレーヌがすごく甘い。

 紅茶には、砂糖をいれなくてもいいみたいだ。

 ふんわりとバターの香りが鼻を通り抜ける。

「あ、これおいしい」

 どこのお店かな?母さんも好きそうな味だ。

 もう一度、紅茶をすすった。

 飲みごろ。冷房が効きすぎて、地下室は寒いくらいだ。

「あのさ」

『ん?』

「なんで、スフォルツァって、こんなにお話が上手なの?」

 気を抜くと、相手が大型ロボットであることを忘れてしまいそうだ。

『うーん、そういわれてもなあ。人間に害意をもたないように……つまり、人間に逆らえないように作られているせいかもしれない』

「人間と仲良くできないと、警備は出来ないの?」

『話し相手も兼ねるんだ。宇宙船で暮らすって、閉じられた部屋で過ごすことだからね。警備担当まで人間だと、どうしても気が合わないから、ケンカになりやすいそうだよ』

「それじゃ、人間の言いなりじゃないか」

 海斗は、思わず声を荒げる。

『仕方ないよ……ボクはロボットだもの』

 そういって笑うスフォルツァは、なんだか痛々しい。

「オレは、ロボットをそんな風に扱いたくない」

 大好きなアニメの男の子が、宇宙からやってきた警察官ロボットに対して、そうしたように。

 自分も、スフォルツァとそうなりたいと、海斗は強く思った。

 残りのマドレーヌを全部ほおばって、だいぶ冷めてきた紅茶を、父さんのようにグイっと一気に飲み干す。

「秘密を共有するってことは、仲間……友だちって事だろ。オレは、スフォルツァと友だちになりたい」

『そう思ってくれるのは嬉しいけど、キミは勝手に入ってきた侵入者ってことを忘れちゃいけないよ』

 スフォルツァの声が、きびしくなった。

『ここは、博士の家だ。キミにそんなつもりは無くても、博士が身の危険を感じたと思えば、殺されても文句を言えないんだよ』

「……」

 父さんにどなられるよりも、ぎゅっと胸をつかまれたようだ。

『とはいっても、博士は、気にしてなさそうだけどね』

 肩をすくめる仕草も、人間みたい。

 宇宙の技術ってすごいなあ。

『エンジンの修理もね、本当に気軽に引き受けてくれたんだ。……面白そうなんだって』

「当たり前」

 博士が動くたびに、ものすごいバラの匂いがただよってくる。

 別にイヤでもないのだけど、すごくふしぎ。

 博士の家のお風呂は、バラのシャワーがあるのだろうか。

「退屈な町に、こんな変な奴が降ってきたんだ。面白がらなくっちゃ、もったいないだろう?」

 博士は、小学生のままで大きくなったような、子供っぽい笑顔で笑った。

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