4 魔女の提案
博士は海斗にスマホを見せたまま、画面を切り替えると、何かのアプリを起動したらしい。
ゴゴゴ、と音がして地面の大きい扉が左右に開く。
大きい階段が、暗い地面に続いていた。
「ここまで来たからには、とことん付き合ってもらうしかないと思うが?」
「………………」
『ちょっと失礼……』
「うわ!」
プラモデルが、ポーンと海斗の肩に飛びのった。
いつも触っているプラモデルよりも、軽い。
『あのさ、イヤなら、無理に行かなくていいよ。キミのウチまで送るから』
なんと、口も動く。
ていねいで優しいことば。
おどかされているけれども、目の前に広がる階段に、海斗のドキドキがワクワクに変わった。
イヤじゃない……むしろ、この先を見てみたい……。
「降りるのか、逃げかえるのか、さっさと決めなよ。……まあ、このまま帰っても、アンタは不法侵入で親に怒られることになるけどね」
「この下に降りたら?」
「他人に話したくなるくらいの秘密を、アタシらと共有することになるのさ」
にたり、と魔女は真っ赤なくちびるの端をつりあげた。
立ち入り禁止の森。ビニールシートの下の正体。
さらには、どんな秘密があるというのだろう。
「決められないなら、この場で家に連絡することになる」
博士はスマホを耳に当てて、くくく、と短く意地悪そうに笑った。
『博士……いいんですか?』
「い、行くよ!」
担任の先生からも立ち入り禁止とクギを刺された。
博士からも、約束を破った事を父さんたちに知らされる。
今度は、お尻がサルみたいに真っ赤にはれ上がるほどに、ぶたれるかもしれない。
海斗はランドセルをぎゅっと握って大きく息をつくと、コンクリートの階段に足をふみ出した。
博士、ラビィとマスコットも後に続く。
ひんやりとした空気が、海斗を包む。
さっきまでのむし暑さを、忘れてしまいそうだ。
中ほどまで降りると、電気が点いた。
階段の奥に鉄の壁があり、一つの扉が付いている。
「開けていいの?」
「何をいまさら」
ドアノブを握り、ひねって中へと進む。
「……?」
とても強い光が飛びこんできて、海斗は腕で目をおおった。
「ようこそ、杉浦エネルギー研究所の地下室へ」
博士は、ぱたん、とドアを閉めた。
続いて聞こえてきたゴゴゴ、という音は、入ってきた大きな扉を閉めた音だろう。
「…………」
海斗は、その場にぬいつけられたように動けなくなった。
『やっぱり、ちょっと信じがたいのでは』
「しげきが強すぎたかねえ」
海斗の背中から、ランドセルが滑り落ちる。
地下室は、ドアの大きさでは想像も出来ないほど広かった。
「…………」
でも、一番のおどろきはそこじゃない。
目の前には、ちょっとした広場があって、左右の壁には大きなコンピュータが動いている。
そして、正面。
「ろ、ろぼっと?」
……夢にまで見た、巨大ロボットの顔があった。
「ここには、もともと地下どうくつが広がっていてね。大きさがいい感じだったから、地下室を作っておいたのさ」
コツコツとハイヒールを鳴らして、海斗のランドセルを壁に立てかけると、博士はローラーのついたイスに腰かけた。
ラビィは、いつの間にか居なくなっている。
「近づいても構わないよ」
海斗は、博士が言うが早いか走りだした。
手すりからのぞき込んだだけでも、深さはゆうに10メートルはこえるだろう。
巨大ロボットの体は、そこにすっぽりとはまっていた。
頭に4対のアンテナ。ヨロイ武者のような顔。
海斗の肩に乗った、プラモデルが大きくなったみたい。
「魔女の森じゃなかったんだ……」
「魔女って」
海斗のつぶやきを聞いて、博士はいすから転がりおちそうになるほどに大きな声で笑った。
魔女は気味わるく笑うと思っていたけど、そうでもないようだ。
「そうかい、そうかい。アタシが魔女ねえ。わるくないあだ名だ」
「博士って、何なの?」
「アタシはエコロジーなエネルギーを研究している、単なる物理学者。この森は、アタシがおじいちゃんから相続した、土地の一部」
「がんこじいさんの孫?」
「ああ、たしかにおじいちゃんはアタシには甘かったけど、超ガンコで金にがめついクソジジイだったねえ」
孫にまで、クソジジイよばわりされるほどのおじいちゃんって、色んな意味ですごい。
海斗のおじいちゃんは、海斗が父さんに叱られるたびに、ゴツゴツした手でお尻を優しくなでてくれる。
もしも、森に入ったことがばれたら、おじいちゃんの家に逃げようとまで思ったくらいだ。
海斗の肩から、信じられないようなジャンプ力でプラモデルが飛びあがった。
ポーン、ポーン、とロボットの体を登っていく。
『あいさつをするくらいなら、予備の電源でも大丈夫ですかね?』
「昨日から充電してるし、それくらいならいいだろう」
プラモデルが、ロボットの額のところでふっと消える。
続いて、ロボットの眼が黄色に光りだした。
『はじめまして。ぼくはスフォルツァ』
「うわああ!しゃべった!」
聞いたことのない声で、見たことのないほどに大きなロボットが、自分にあいさつをしてきたのだ。
これは確かに、だまっておきたい秘密だと海斗は思った。
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