3 禁じられた森の中へ

 昨日の地震と火事とについて、もう誰もが忘れかけていた。

 震源地はわからないままだし、ゆれたのは一回きり。

 火は完全に消し止められたし、けがをした人もいない。

 ビニールシートのせいで、焼けあとを見る事が出来なくなった。

 担任の先生からは、改めて『近くの森には絶対に近寄らないように』という注意がみんなに出されただけ。

 もう終わったことだ。

 でも。

 あのビニールシートの下には、もっとずうっと、とんでもない物がありそうな気がして。

 海斗は、みんなが教室から出てしまうまで、じっと座っていた。

 ゆっくりと注意ぶかく廊下を確認し、猛スピードで下駄箱まで走る。

(ちょっとだけ……ちょっと、行ってみるだけなんだ)

 言い訳をして、上ばきから靴にはき替える。

 念のため、もう一度周りを見回す。

 よし。誰も居ない。

 学校の裏庭。

 学校と、魔女の森のあいだにあるフェンスまでたどり着いた。

『この先 私有地』というプレートが掛かっている。

 フェンスの上には、とげとげの針金がまきついていた。

 右から2枚めのフェンス、約25歩。

 植えこみにかくされるように、ぽっこりと穴が開いている。

 そこは数年前に、上級生がペンチをつかって空けたフェンスの穴。

 修理されることもないままに、いつしか忘れられていたものだ。

(きたぞ……)

 昨日の夜みたいな、ドキドキがやってくる。

 ランドセルを下ろしながら、植え込みとフェンスの間に足をいれた。

 ぐいっと植え込みの葉っぱを押しやれば、そんなにせまくはない。

 穴に、足を滑り込ませる。

 むきだしの鉄線に、ふくらはぎを軽くすりむいた。

 構わず、カエルみたいに、はいつくばって後ろに進む。

 海斗はクラスの中でも、ちょっと小さい方だ。

 このくらいの穴、通り抜けられる自信はあった。

 それでもやっぱり、フェンスの鉄線で、シャツの背中を破った感覚があった。

(母さん、ごめん!)

 今度は頭をかがめてフェンスを通り抜け、ランドセルも引きずる。

(やった!)

 フェンスの向こう側には、学校の校舎。

 申し訳程度に、服についた泥をはたいて振り返る。

 海斗の隣には、知らない女の子が立っていた。


「うわああああ!」

 森を揺らすかのような大声を上げたが、女の子は全く動かない。

「………………」

「………………」

 お互いに無言。

 女の子の身長は、海斗より、ちょびっと低いくらい。眠そうな目で、じっとこちらを見ている。

 水色の袖なしワンピースと、水色のサンダルがよく似合う。

 ツインテールに結んだ栗色の髪は、クラスの誰かが飼っているビーグル犬を思い出させた。

 風が吹くと、ふわりとした匂いが鼻に届く。

 長いまつげの下は、メロンキャンディみたいな緑色のひとみ。

 左足首に、緑色にぼんやり光る輪っかを付けていた。

(外国人?)

 学校のクラスメイトとは、まったく違う感じの女の子に、目がくぎ付けになる。

 女の子は地面に落ちていた海斗のランドセルを、拾い上げてめずらしそうに眺めていた。

 ぐいっと、ランドセルを返してくれる。

(まさか、魔女……?こんな小さい子が?)

 女の子が、急に海斗の手を握った。ちょっと冷たくて、やわらかい。

「わ、わわわ、ちょっと!」

「………………」

 女の子は無言で、ぐいぐいと海斗の手を引っ張って、森の奥に歩いていく。

 海斗より一回り小さい手なのに、信じられないくらい、強い力だ。

 ランドセルを落としそうになるので、片っぽのストラップを肩に通して引っ張られるがまま。

(……入っちゃった)

 なんだか、ドキドキしてくる。

 森に入る事が出来るのは、フェンスの終わりにある出入口以外は、あの穴だけ。

 森の出入口は、鉄のくさりでグルグル巻きにされた重い扉で閉じられていて、監視カメラも付いているらしい。

 正面から、入れてもらえるわけがないのだ。

 だから、こっそりと入ろうと思っていたのに。

 全く迷いのない足取りで、女の子はズンズンと歩いていく。

 気のせいか、まわりの景色が流れるスピードがとても速い。

「ど、どこいくんだよ」

「……」

 木と木の間をとおり抜けていくと、ひらけた場所へ出た。

(………!)

 4枚のビニールシートを、すきまなくつなぎ合わせたものが、地面にしかれている。

 女の子が、海斗の手を離した。

 見てみろ、と言いたげにそれを指さす。

 海斗はキョロキョロと周りを見ると、そっとビニールシートをめくってみた。

「……なんだ、これえ」

 焼けこげた真っ黒い地面には、金属の大きな扉。

 どこかへの入り口にしか見えない。


「おやおや、地球に来てからすぐに彼氏を作るとは、ラビィもすみに置けないねえ」

 急に、背中で声がきこえた。

 海斗が振り返ると、女の子の隣に、白いジャケットを来た女の人が立っている。

 お医者さんが来ている、あの白い奴だ。

 長いボサボサの黒い髪。

 分厚いレンズのめがね。

 真っ赤な口紅を塗ったくちびる。

 ふわり、とバラのような匂い。

 そして、その肩には。

 プラモデルのロボットが、腰かけているじゃないか!

(こっちが、ほんものの魔女?……本当にいたんだ?)

 もう一つのウワサを、耳にした事がある。

【秘密基地の魔女】は、見た目は怖いけど、いい匂いがするらしい。

 だけど、ロボットが好きだっていうのは、聞いたことがない。

 ウワサは古いものだったのかな?

 海斗が大好きなアニメのロボットに、ちょっと似ている。

 なんだろう、ロボットから視線を感じる気がした

 ラビィというのは、海斗をここまでつれてきた女の子の事だろう。

 さっきまでの動きがウソのように、ラビィはぼんやりと立っていた。

「ビニールシートの下がそんなに気になるなら、案内してあげようかね」

 魔女は、ポケットから出したスマホの画面を、海斗に見せつける。

「あんたがどこの家の子なのか、アタシらにゃお見通しだしね。……舟木海斗くん」

 海斗が、フェンスの穴をくぐり抜けた時の画像だ。

 わからなかったけれど、あそこにも監視カメラはあったのだ。

 お化け屋敷に入った時とは、ちょっと違う種類のゾッとしたものが、背中に走る。

 名字まで言い当てられるなんて。

『杉浦博士……こんなに小さい子を、脅迫するんですか?』

 次に口を開いたのは、なんと博士の肩にしがみついた、ロボットのプラモデルだった。

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