2 魔女が住む森

ピーポー……ピーポー……

 小学校の裏手にある森へ、たくさんの車が吸い込まれていく。

「あそこの森は、私有地だからなあ。地震兵器でもあったりしてな」

 よく冷えた麦茶をグイっと飲んで、父さんは一息つく。

 森の所有者は、10年くらい前に死んだという、がんこじいさん。

 今は、お孫さんが管理しているそうだ。

 孫といっても、その人は大人らしいけど。

 ううん、違う。

 大人というより、100年くらい生きている魔女かもしれない。

 もしかしたら、しわくちゃの顔にぼさぼさの白い髪。

 歯の抜けた口で、きみわるく笑うのだ。

 家の中には大きなお鍋があって、へんなものを毎日、ぐつぐつと煮こんでいる。

 見たことはないけど、そうだったらいいな。

 母さんはため息をついて、麦茶を飲み終わったコップを父さんから受け取った。

「お父さん、くだらない事を言わないで。海斗は早く寝なさい」

 せめてパトカーを見たかったが、叶わない。

 窓の外を見ようとしていた海斗の背中を、母さんがとんとんと優しく叩いた。

「はあい……」

 もともとウミネコのせいであまりねむくなかったけど、これ以上怒られるのもめんどうくさい。

 海斗もコップ半分くらいの麦茶を飲んで、二階の部屋に戻る。

「おねしょしないでちょうだいね」

だなんて言われたけど、もう小学校4年生なんだ。

 母さんは、いつまでオレを幼稚園児だと思っているんだろう。

 ちょっとマンガの本でふみ台を作れば、部屋の窓から森が見られる。

 でも、夜もだいぶ遅い。

 そういえば、さっき落っこちたロボットのかけらは、全部拾いおわったっけ?

 部屋の床を、四つんばいで一周して、確認をおわらせる。

「作り直すのは、土曜日にやろっと」

 空き箱にプラモデルをしまうと、海斗はようやく、パジャマに着替えた。

 ねぼうして朝から怒られるより、早く寝た方がいいだろう。

 ついこないだ、ほかのプラモデルを夜遅くまで作っていたのが父さんにばれてしまい、登校前にお尻をぶたれたばかり。

 最悪の朝ごはんだった。

(あれは痛かったなあ……)

 もう痛くないお尻が、痛くなった気がする。

 とっとと寝よう。それがいい。

 明日はきっと、クラスの話題は、あの火事で持ちきりになるだろうから。

 ウミネコは静かになっていた。

 ドキドキもおさまった。

(思っていたような事は、起きなかったなあ)

 ベッドでうつらうつらしている内に、海斗もまた夢の中へさそわれていた。



 朝。お日様がじりじりと照り付けるから、登校するだけで汗びっしょり。

 いつもと同じように教室へ入って、自分の席に座る。

 新しい情報がないかと期待していたが、結果はいまいち。

「昨日の地震と火事ってさあ」

「すっごくゆれたし、燃えてたね」

「なんだったんだろ」

「ほんと、人さわがせ……」

「でも、新聞もネットニュースも記事になってないよ」

 だいぶ夜遅かったせいなのか。

 まるで、何も起きなかったかのよう。

 ネットニュースのトレンドは、数日前に浮気した芸能人のニュースで、ぜんぶ埋まっていた。

 海斗もクラスのみんなも、知りたい事はそれじゃない。

 とてもうんざりしたように、一人の女子が口を開く。

「パトカーとか消防車がいっぱい来るし、本当にうるさかったのよねえ」

「ショコラがずうっと吠えるから、お隣のガミガミおじさんから怒られちゃった」

 犬を飼っている女子は、笑いながらため息をつく。

「玉三郎もイライラしてたみたいでさあ、見てくれよこれ。引っかかれた」

 猫を飼っているという男子は、腕の包帯をはずして、引っかき傷を見せびらかす。

「うわー。痛そう……」

 あれだけのすごい地震。

 何台もの消防車や救急車が、必要なくらいの火事。

 ……だったにも関わらず、新聞の記事にすらなっていないのだ。


「ねえ、もしかして……あのウワサって本当じゃないかなあ」

 もう一人の女子が、ぽつりとつぶやく。

 学校裏手の森には、レゴブロックを3つほどつなげたような、白い建物が建っているのだ。

 ちょうど火事が起きたのは、その辺り。今は、ビニールシートがかぶされている。

「魔女が住んでるってウワサの?魔女の家が、あんな訳ないじゃん」

 どう見ても、あの建物は。

 そうだ。5人戦隊シリーズあたりの【秘密基地】そのもの。

 地下に巨大ロボットが、かくされていそうな感じの。

「魔女が魔法を使って、地震と火事を、なかったことにしたんだよ」

「まさかあ」

 始業チャイムが鳴る。

 ほおづえをついてみんなの話を席で聞いていた海斗は、納得できないままで教科書を広げた。

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