ひみつのガールフレンド
@nyara-nyara-45
1 何かが起きた夏の夜
7月になってすぐの夜は、とてもむし暑かった。
海斗はベッドの上で、何回目かのねがえりを打つ。
(ああ……今夜だけ、涼しくて静かな町に引っ越したいな……)
それはたぶん、海斗だけではなくて、ここに住んでいる人たちなら全員が考えていることだと思う。
防波堤のテトラポッドには、ウミネコの群れが鳴き続ける。
たしかにネコの鳴き声に近いけれども、ネコじゃあない。
ニャアニャアならまだかわいいけど、ギャアギャアだ。
海斗が住んでいるのは、海沿いの小さな町。
自然あふれるといえばカッコいいのかもしれない。
だけども。
一番近いコンビニまでは、歩いて20分以上。
路線バスも、一時間に2本くらいしか来てくれない。
海と反対側は、山に囲まれている。
時々、野生のシカやイタチが畑をあらす。
幼稚園からの友だちが多くて、小学校1年生の頃は本当にうれしかったけれども、クラス替えをしたことが一度もない。
要するにとても退屈で、野生動物にじゃまされまくり。
本当に本当に、最強に!
つまらない、田舎町だ。
(……ううう眠れない……)
ウミネコの鳴き声は本当にうるさいし、父さんからもらった耳栓は、ムズムズして気持ちが悪い。
元々から耳が良すぎるせいで、耳栓越しでも鳴き声がきこえる。
それ以上に、なんだか「すごいこと」が起きそうで、ソワソワしていた。
(こんなにうす暗い部屋なんだから、お化けでも出てくればいいのに)
怖がりのくせに、海斗はこういう事を考えるのが好きだ。
電気をつけると母さんが怒るし、ゲームなんてもってのほか。
こうしていろいろと考えて、眠くなるまで目をつむっているしかないのだ。
(子供のお化けなら、友だちになってあげてもいい。でも、血まみれなのはイヤだなあ)
数日前に、ふざけた父さんから見せられたホラー映画。
こんな暗い部屋に、突然やってくるのは、何かを引きずる音。
ギィィ……
主人公がドアを開ける。
目をくりぬかれて、口から血を吐いている女の子のお化けが、床にはいつくばっていて……
(わああ!やっぱりそういうのはムリ!)
その映画はあんまりにも怖くて、1人で眠れなかった。
母さんと一緒のベッドで、寝させてもらったくらいだ。
父さんは大笑い、母さんはあきれていたっけ。
(どうせやってくるなら、お話ができるかわいい女の子がいいな)
海斗が、そんなことを思いついたとたん。
カタカタカタ……
本棚の上のプラモデルが、急に音をたてて動き出した。
(え?本当にお化けが来てる?)
ベッドまで、揺れている気がする。
さっきまでのむし暑さはどこへやら。
海斗の背中が、ぞくりと氷を押し付けたように、寒くなる。
ドキドキしていたのが、バクバクに変わる。
父さんに、お尻をぶたれる直前みたいだ。
タオルケットを、ぎゅっと握りしめる。
ズズン……!
「すごいこと」は、夜の11時頃にやってきた。
海斗は、ベッドから転がりおちる。
ドザザザ!
「いて!いたたた!」
本棚からなだれ落ちた本が、いっせいに頭にふってくる。
ガシャン!
何かがこわれた音がして、海斗はあわてて電気をつけた。
さっき揺れていたプラモデルが、落ちてバラバラになっている。
「あああ!せっかく作ったのにぃ!」
急いで元通りにしようと、かき集めた。
胸にライオンの顔をあしらったロボットは、海斗が大好きなアニメに出てくるものだ。
五月の子どもの日に、おじいちゃんが見せてくれる五月人形と、ロボットが合体したようなデザイン。
海斗が生まれるより、ずっと昔にテレビで放送されていたアニメだ。
ネット配信されているのを観てから、一目で気に入ってしまった。
宇宙を大さわがせしている大泥棒と戦う、正義のロボット警察官。
大泥棒を追いかけてやってきた地球で、一人の男の子と出会って友達になり、協力して大泥棒のボスを捕まえるまでのお話だ。
「小学生のキミには、むずかしいかもしれないよ」
模型店のおじさんから苦笑いでそう言われたけど、どうしても欲しくて、がんばって組み立てたプラモデル。
色も自分でぬった。
それが、こんなにもあっさりとバラバラになるなんて。
「かいと!」
ようやく最後のひとかけらを拾った時に、部屋のドアが開いた。
とても怖い顔で入ってきたのは、Tシャツ姿の母さん。
アッという間に、パジャマをはぎ取られる。
「ほら、ぼさっとしないの!」
海斗はTシャツと、ひざ丈ボトムズに着替えさせられた。
「……」
一体、何が起きてるんだろう?
リビングに入ると、テレビの前で首をかしげるポロシャツ姿の父さん。
「お父さん、まだ何も放送が無いの?」
「というか、テレビが……あ、ついた」
居間で立ったまま、テレビを食い入るように観ている両親の背中。
父さんの肩には、ひときわ大きめの非常用持ち出し袋が背おわれていた。
(あ、そうか地震……ひなんするんだ……)
プラモデルがこわれた事しか頭になくて、ついさっきの地震を、やっと思い出す。
(学校、休みになるのかなあ……)
数分後。
家の外を行き交う消防車、救急車やパトカーのサイレン。
観たことのない深夜ドラマの上部に、速報ニュースのテロップ。
「よしもり小学校近くで火災発生」の文字が横スクロールしていく。
よしもり小学校とは、海斗が通っている海沿いの小学校だ。
裏手に、大きな森がある。
「……良かった。津波はこないらしい」
いくつかのチャンネルを変えて、地震情報を探しつづけるけれど、火事以外のニュースがない。
父さんはテレビの電源を切ると、近くのソファに腰を下ろした。
「勘弁してくれよ……スマホまで圏外になっていたんだぞ」
足元に非常持ち出し袋を投げ出し、ぐったりと寝ころぶ。
「震源地の情報もないみたい。どうなってるのかしら」
SNSをはしごしたようだが、スマホを持ったまま、母さんは大きなため息をついた。
ぐったりとシステムキッチンによりかかる。
「母さん、麦茶を出してくれないか……のどがカラカラだ」
「……はいはい」
海斗は身体の力が抜け、背負っていたリュックサックを、そっとおろした。
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