死ニ至ル戰 ②

(いっそどくガスで楽に死ねれば良かったのに……。辛い、辛すぎる……)

 俺は故郷こきょう、ケーニヒスベルクの大きな病院の、病床びょうしょうに伏している。病院は既に満杯まんぱいで、病人びょうにん収容しゅうようする余力よりょくなど残っていない。早い内に収容される事になった俺は、運が良いのかも知れない。だが――こんなに苦しみながら生きるのなら、死んだ方が良いとすら思えてしまう。このスペイン風邪という病が、余りにも苦しいのだから。

 せきが、動悸どうきが、熱が、倦怠感けんたいかんが止まらない。それらが止まる気配けはいすら無く、右腕を失いバランスをくずした俺の身体からだは、壊れそうな状態じょうたいとなった。いつになったら治るのか、そう思いながら過ごしているが……状況じょうきょう日々ひび悪化しているらしい。何でも、医療いりょう従事者じゅうじしゃが次々とこの病にかかり、倒れているのだから。ただでさえ物が不足しがちな戦争中。そこに病の大流行だ、たまったものでは無い。


(ああ、あいつら元気か? 元気にやっているか?)

 西部せいぶ戦線せんせんで今も尚、戦っているであろう戦友せんゆう達に想いをせた。俺はそこで負傷ふしょうし、右腕を失い、除隊じょたいとなって故郷に戻ってきた。この落伍らくごへいを許せ、俺の分まで戦ってくれ。

 俺はユダヤ人……のようだが、アイデンティティは完全にドイツにある。シオニズム? あんな物はくそらえだ、愛着あいちゃくのあるドイツにずっと住み続け、そこで死ぬ事を望んでいる。だから俺は軍に志願しがんした。愛着のある祖国そこく貢献こうけんしたいのだ、と。

 だが……そこは地獄じごく戦場せんじょうだった。不衛生ふえいせい塹壕ざんごうで、終わる当ても無い戦いを戦わなければならなかった。足は水虫みずむしに食われた。かみには蛆虫うじむしが湧いた。故郷の家族とは、ずっとはなればなれになっていた。それでも俺は戦い続けた。祖国の為、未来の為に! けれども、それはかなわなくなってしまった。悲しいかな、負傷によって。もっと戦い、戦功せんこうげたかったのに。


「ゲホッ、ゲホッ、ゲホッ、ゲホホホッ!」

 たんからんだ汚い咳が出た。死にそうな程つらい。ついちゅうに、右腕を伸ばしてしまいそう……無いのだったな、それが。伸ばす右腕が無い以上、伸ばせない。左腕を伸ばす気にはなれない。辛い、辛い、辛すぎる!

「だ、大丈夫ですか? アドルフさん」

 マスク姿のナースが、俺の身体からだをさする。何の痛みの緩和かんわにもならないし、されない方がマシなくらいだが……。とりあえず言っておこう。

「あ、ありがとうございます……」

貴方あなたの様な強い男がいるから、ドイツはここまで強国きょうこくとなれたのです。決してくじけてはなりませんよ」

 こんな傷病兵しょうびょうへいを目の前にして、言う言葉か? しかし俺はその言葉を聞いて、とてもうれしく思った。

「ああ、挫けてたまるか、生きてまた、祖国に貢献してやるさ!」

 その時無性に、元気が湧いてきた。俺の体調はみるみる内に回復かいふくしていき、くら洞窟どうくつ彷徨さまよう中、出口でぐちかられる光を発見したような気分になった。だが――その後に待ち受けていた現実は、非常に過酷かこくなものだったのだ。

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