死ニ至ル戰

阿部善

死ニ至ル戰 ①

 豚のようにすしめにされた貨車かしゃから、俺は降りる。一斉に「降りろ」と命令されたから降りる、ただそれだけの話だ。


 武装親衛隊Waffen-SS将校しょうこう容赦ようしゃなくむちたたきつけてくる。右腕みぎうでくして以来、唯一の腕として酷使こくししてきた左腕。元々右利きだったが、無いものは無いとあきらめ、何もかもこれ一つでやって来た左腕。そこに鞭打たれるのだからたまったものでは無い。左腕に激痛げきつうが走る。痛んだ所をさえる右腕が無いから、ただただ痛み続ける。痛い、痛すぎる!


「将校さん、もっと優しくしてください。わたくしは右腕が…右腕が、無いんです! 酷使された左腕はもうボロボロ、ちょっとの衝撃しょうげきで痛むのです……お願い……です……」

「だからどうしたと言うのだ。貴様きさまらにかけるなさけなど無い!」

「な…何故……私が…右腕を……失くしたか……」

「先の大戦たいせん従軍じゅうぐんしたから、とでも言いたいのか」

「そうです……その…通り…。私は……先の大戦で…」

だまれ! 貴様らユダヤ人はドイツ国家に協力する素振そぶりを見せながら、裏で足を引っ張っていたではないか!」


 ………話が通じない連中だ。俺は引き下がって、他の貨車に乗せられてきた人々と共に、建物たてものの中へと突き進んでいく。奴等は「シャワーを浴びせてやる」と言っているが……うわさによると、そのシャワーとはどくガスらしい。あの時、そこねた俺の、死にざま相応ふさわしいか…………

 はあっ、国防軍こくぼうぐんにはまだ話の分かる奴がいたのに、こいつらと来たら……当たり前か。『親衛隊しんえいたい』だもの、集まった連中はあの男の狂信者きょうしんしゃばかりだ。話なんぞ通じる訳が無い。

 俺は死ぬんだ、もうそろそろ。嗚呼ああ、何で俺はあの男、アドルフ・ヒトラーと同じ名前に生まれついてしまったんだ! あの男が率いる狂信者達に、今まさに殺されようとしているというのに! 俺の人生って一体何だったんだろうな、むなしくて虚しくて、早く殺してくれとすら思う。

 頭の中に、ぼんやりと昔日せきじつの事が思い浮かんでくる。片腕かたうでの身で『スペイン風邪かぜ』なる大病たいびょうむしばまれながら、祖国そこくドイツの勝利しょうりを願い、信じながら病床びょうしょうしていたあの日の事を。辛い、辛い出来事だったのに、何だろう、今となってはなつかしい…………

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