第2話
商店街は多くの人で賑わっていた。
ほとんどの店がシャッターを開けて、店員が精力的に売り込み、ウィンドウショッピングをする人も多い。店の数が増えて人が集まり、人が集まるから店が増えるという好循環が発生していた。
「それで、肝心の店は……あれか?」
「うん。結構混んでるね」
秀人が大きな人ごみに視線をやると健治がうなずいた。
人が増えた商店街の中でもひときわ多くの人が集まっている店があった。そこには秀人たちのように制服を着た人も多い。ちょっとした行列ができており、行列からはきゃあきゃあと黄色い声が響いていた。
内心、秀人は安堵した。もしも咲希が乗り気にならず健治と二人で来ることになっていたら、と想像するだけで冷や汗が出るほどのアウェー感。地味目に生活しているいかつい男子高校生が訪れる雰囲気ではない。ここは自分の居場所ではないと肌に感じる。
店をチェックした時よりも混んでいたのか健治も押され気味だったが、ここでいち早く動いたのは咲希だった。するりと最後尾に並び、健治と秀人に手招きする。
「二人とも、早くしないと列伸びるよー」
はっとして健治と秀人は咲希の後を追った。もしもこのまま咲希の後ろに誰か並んで引き離されてしまったら、なんて考えたくもない。
咲希と一塊に並び、店の外に張り出されたメニュー表を見る。そこには秀人が想像していたよりもはるかにたくさんの種類のメニューがあった。プレーン黒糖抹茶メイプル梅しそほうじ茶ブルーハワイ等々、秀人には気がふれたのではないかと思えるメニューもある。
とりあえず一番シンプルなのにしておこう、と秀人は普通の紅茶味を注文する。咲希は少し悩んだ様子だったが、同じく紅茶味を購入。健治はほうじ茶ラテを注文した。店内には席もあったが、込み合っていたのでテイクアウトして、近くの広場でずごごとすする。
「思ったより甘(あっま)いな。あともちもちしてる」
「私けっこう好きかも」
飲んでいるんだか食べているんだかよくわからないという経験をした秀人と咲希の感想がそれであった。
秀人は甘いものが食べられないというほどではないが、自分から積極的に食べることは少ない。甘いことを想像してから口にしたが、予想をはるかに上回る甘さだった。ミルクティーというより砂糖を溶かした牛乳じゃないのか、とは思っても口には出さない。一方で咲希は楽しげにタピオカを吸い上げたりしている。健治はその様子を見るのに夢中で、自分の飲み物に対する感想は言わなかった。
「味の種類もいろいろあったね。また来ようかな」
「俺はもういいな。一杯飲めば十分だ」
「秀には甘いよねー」
店を遠目に眺める咲希を見るのに夢中な健治に、おいお前また来ようって約束取り付けるチャンスだろうがなんで動かねえんださっさとしねえと期を逸するぞボケ、という意思を込めた視線を送るが健治は気づかなかった。
「何があったっけ。私は抹茶と普通ので迷ったんだけど……」
「そういえば一人だけ違うの買ってたやつがいたな」
「健は何飲んでるの?」
「僕はほうじ茶ラテ。結構おいしいよ。……ひとくち飲む?」
「あ、じゃあ遠慮なく」
秀人からのもう一押ししろやオラという視線を感じて健治は自分のカップを差し出した。
咲希は特に躊躇することもなくストローをくわえてほうじ茶ラテを吸い上げる。行動の速さが不意打ちだったのか健治は固まっている。
「うん、これもアリ。ありがと。健も普通の飲んでみる?」
ストローを離した咲希が今度は自分のカップを健治に向ける。
慌てた健治はへどもどしながら秀人を指さした。
「だ、大丈夫! 僕は秀にもらうから!」
秀人はカップの蓋を外しタピオカとミルクティーをまとめて口にぶちこんだ。雑に噛んでそのまま飲み込む。まさしく飲み下すという表現にふさわしい挙動であった。
あまりの甘さに閉口しながら剣呑な視線を健治に送る。
「俺はもう飲んでしまった。咲希のをもらえ」
「あ、でも咲希は気に入ったみたいだし……」
「もらえ」
「どうぞ」
秀人の圧力と、それを面白がってくすくす笑う咲希。再度差し出されたストローを健治は今度こそくわえた。咲希よりはるかに控えめな量のミルクティーを口に含む。
「どう?」
「……甘い」
だろうな! と耳まで赤くなった健治を見た秀人は思ったが口にはしなかった。
なんでこんなもんを見せつけられるんだ、と思うような状況に出くわすのはこれが初めてではない。いちゃつきたいなら二人でやっていろと言いたいところだが、今のところ健治の一方通行だから質が悪い。そのうえ一対一で遊びに誘う度胸はないのか、健治が咲希を誘うのは決まって秀人がそばにいる時だ。秀人が断ればなんとなく遊びに行くのはなしで、という流れになってしまう。咲希と離れた席にすればまとめて誘われることもないかと思って試したこともあったが「喧嘩したの」「何かあったの」と鬱陶しく心配がられて長続きはしなかった。
二人が飲み比べた感想を言い合っている隙に秀人はこっそりスマホを取り出しアラームを設定する。近くのごみ箱にカラになった容器を捨てた頃合いに秀人のスマホが鳴った。「悪い」とだけ声をかけてその場を離れて電話しているふりをする。スマホをポケットにしまいつつ空いた片手で二人を拝む。
「今日、飯買って帰ることになってたの忘れてた。先に帰るわ」
「あ、もしかしてゆりちゃんお昼まだだった?」
咲希がゆりちゃんと呼んだのは秀人の妹である。二つ下の妹も昔は秀人にべったりだったので咲希と健治にもなじんでいる。
「遅いって怒られた。なんか適当に買って帰るわ」
「そっか。私たちはどうしよっか」
一番の目当てだったタピオカミルクティーはもう買えた。当初の予定が終わって一人抜けるとなれば、次はどこに行こうという雰囲気にもなりづらい。
咲希が健治に視線をやると健治も困ったような顔をする。このまま解散にはしたくないが、帰る秀人に遠慮して言い出せない気配。
秀人は内心でため息をつく。幼馴染だからといって三人セットでなければならないなんてことはないし、自分の都合で帰ると言っている秀人に気兼ねすることもないだろう。なのに健治はそれが義務であるかのように咲希と一緒に秀人を誘う。二人だけの関係性を築きたいと思っているくせに律儀に三人セットであろうとする。秀人には今一つ理解できない行動方針だった。
「タピオカ片手に買い物するのが流行ってるんじゃなかったか? 俺が抜けるのは俺の勝手だし気にすんな。健は商店街に詳しいし買い物あれば荷物持ちにでも使ってやれよ」
「あ、荷物持つ? タピオカ付き合ってもらっちゃったし何かあれば言ってよ」
珍しくもたつくことなく健治が乗った。すると咲希は目を閉じちょっとだけ考え込んだ。それから「あっ」と言って目を開けた。
「お米、お米買いたい」
「「コメ?」」
男二人の声がそろった。
「そう、ちょうどうちのお米が切れそうだったの。お米重いからうちまで運んでくれると助かるなって」
「あ、うん、それくらい別にいいけど。言ってくれればいつでも手伝うけど」
「……タピオカ飲みながら米屋を物色する女子高生……っふ」
想像した秀人が小さく噴き出した。秀人のつぶやきが耳に入った健治も笑いをこらえようと頬を膨らませる。秀人の表情は変わらないように見えるが、付き合いの長い咲希には笑っていると分かる。
「わ、私おかしなこと言った!? いいでしょ女子高生がお米買ったって! 普通でしょ!?」
「悪い、でもツボった。だって普通タピオカ飲みながら買い物っつったら服とか小物じゃねえの、それが米屋って……ギャップが過ぎる」
かみつく咲希に返したのは秀人だ。健治は珍しく咲希が取り乱した様子を含めてツボだったのか静かにうずくまっている。
ちなみにこのあたりで米屋というと、先祖代々米屋ひとすじの米田米店になる。百年以上営業しており、正式な経営年数は店主たちにもわからないという筋金入りの米屋さんである。衛生面を考えて内装のリフォームをしているが老舗の雰囲気づくりということで古風な店構えをしており、タピオカミルクティーを抱えた高校生が入店しようものなら間違いなく浮く。どうしようもなく浮く。
「ま、まあ、いいんじゃないかな。うん。買ってこうお米」
「俺もくっちゃべってる場合じゃねえな。ぜひタピオカ片手に米田さんに行ってくれ。そして米田さんのリアクションを教えてくれ」
「……二人して笑いすぎだし」
ぶすっとした様子の咲希と心底楽しそうな健治を置いて秀人はひとりで帰路についた。
帰り道で二人に出くわしても大丈夫なように、弁当屋で一人前だけ弁当を買って帰宅した。
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