第46話 「君は惑星コヴィエを知っているかい?」
「なるほど」
と鷹は、「向こう側」へ向かう地上車の中でつぶやいた。
「何が、なるほど、なんだい?」
シェドリスはハンドルを握ったまま訊ねる。流れていく景色に目を向けたまま、鷹はああ、と答えた。
「いや、あんたが関係無く生きたい、という気も判った様な気がしてさ」
「まあね」
「だいたい何で建築だったんだ?」
「偶然さ」
そう言ってから、ふと彼は視線を空に飛ばす。
「いや違うな、確かに建築専攻の学生、をやったのは偶然だったが…… 全く興味の無い分野じゃなかった。……鷹、君は軍のあと、何処かで戦争に関わってきたか?」
「山ほど」
「まあそうだろうな。何せ我々ときたら、『優秀な兵士』の種族だ。日銭を稼ごうと思ったら、それが一番てっとり早い」
全くだ、と鷹も思う。少し前の信号が、青い「進行」と「GO」を上下に並べて点滅を始め、彼等がそばに行く頃には「停止」「STOP」に変わっていた。シェドリスはハンドルに上体をかぶせる様にして、前方をじっと見据える。
「僕もそうだった。初めは。僕はそれしか知らなかったからね。だけど、だんだんそれが嫌になっていった。何故だと思う?」
判らない、と鷹は答えた。相手が自分が答えるだろうとは思っていない口調だった。
「……直接手を下す、敵だと判っている奴はいい。向こうもそれが仕事だ。その位の気持ちが無くては戦場なんて出てきちゃいけない。だけど、そうでない奴はどうだ」
「嫌だね」
「全くだ。僕だって嫌だった。……また、下手な軍ほど、無闇やたらな破壊をするんだよ。君は惑星コヴィエを知っているかい?」
「名前くらいは。確かあそこも結構な被害を受けたと聞くけど」
「そう。しかもあそこは、よりによって、核を使われたから、……生物が消え、建物の骨組みばかりが残った様な地域があちこちにある。僕は…… まあ、ちょっとした用で、戦争が終結してからそこに行ったことがあるんだが、その時に受けた衝撃は大きかった」
「衝撃、なのか?」
「そうだ。特にその地は、そういった建物が美しい都市が多く、しかもそこに住む人々が、それを大切に思っている様な所だったらしい。植民初期の建物などが、ちゃんといい上体で、しかもちゃんときちんと使われていたらしいよ。そこの自治政府も、そのあたりをきちんとわきまえていたらしく、役所だとか、公会堂だとか、ちゃんと活用していた。だから最初の植民から、数百年経っても、それらはその瞬間まではちゃんと生きていたんだ」
信号がGO/進行に変わる。シェドリスはアクセルを踏んだ。
「元々建物は、人間が欲して、初めて建てられる。だけど、その中に、作る人間の意志も込められる。その辺りの危ういバランスを上手に取った時、それは長く愛されるんだ。だけどそれは滅多にあるものじゃない。たいがいどっちかが突出しているもんだ。幾つもの惑星を回っているうちに、僕はそう思い出した」
「そしてコヴィエに行った?」
「ひどいものさ」
シェドリスは吐き出す様に言う。
「それなりに、何かを好きになれば、情報というものは入ってくるものじゃないか。その中で、コヴィエは素晴らしい、という言葉を何度も聞いた。だから僕も楽しみにしていた。過去のフォートも見た。記録ムーヴィも見た。それを実際に見るのを楽しみにしていた。本当にしていたんだよ、僕は」
鷹は黙ってうなづく。
「だけど、向かう船の中で、そこへ帰る人とたまたま話をした時、僕は耳を疑った。その人は、既にそこが破壊されたことを知って、それでも戻ろうとしていたんだ。僕は驚き、彼の言うことが信じられなかった。そしてそのままその人と一緒、その地へ降り立った。……無論全てが全て死に絶えた訳じゃなかったけど、その古くからの街は、ひどいものだった。熱と光に焼かれて、その骨組みだけを表にさらしていた」
一瞬、鷹の中で、ひどく明るい情景が浮かんだ。白茶けた地面に立つ、金属の骨組みをさらした建物が、ぽつんと青空の下に立っている。そして乾いた風がその中を吹きすぎる。がらがら、と残った金属の端が崩れかけているのが揺れて音を立てる。
「それで、僕は、自分で今度は作りたくなった」
「……え?」
話の飛躍に、鷹はふとシェドリスの方を向いた。
「僕が衝撃を受けたのはね、鷹、それが壊されてしまったからじゃない。そんな姿になってまで、まだそこに在り続けようとする、存在感に、感動したんだよ」
「存在感?」
「そう。人が作ったものであり、人が求めたものであり、人に必要とされつづけ、人を守り、人に守られてきたものであるにも関わらず、人が居なくなってまで、そこに在るということを、骨になってまで主張しようとする、その強烈なまでの存在感に、僕はどうしようもなく、引き込まれてしまったんだよ」
「……判らないな」
鷹は素直な感想を述べる。彼にとって、建物は、あくまで寝場所に過ぎない。定住する身になったとしても、それはあくまで意識の問題であって、建物のことは気にしないだろうことはよく知っていた。
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