第47話 「僕の一番楽しかった時代そのものだ」
「僕らは、確かに長い時間生きられる。そう簡単に、普通の方法で殺しても死なない。だがだからこそ、僕達天使種は、それ以外の部分では、自分というものを隠さなくてはならないじゃないか。帝都政府に逆らう道を取る以上」
「じゃあ帝都政府について、建築をするという方向にはどうして向かなかった?」
「誰が」
シェドリスは即座に答えていた。
「君も判るだろう? 一度あの世代の呪縛から抜け出したら、あんな所に居られる訳がない。延々あの偉大なる第一世代、今の『皇族の方々』のために、あれこれ注文されるものを作るだけだろうさ。あの連中は何も判ってない。サーティンが軌道の変更にがんとして抵抗したのと同じさ。何処にだって、そこに一番合ったもの、というものがある筈だ。それを上からの命令ということで統一されるなんてまっぴらだ」
「それにしてはよくウェネイク大なんて所に行ったな」
「……何はともあれ、当時あそこがもっともいい教育研究機関だったからね。ただし潜り込み自体は違法なことをしていたから、なかなかにスリリングだったがね」
「で、そこでサーティン氏と出会った?」
「ああ」
短く答える。
「まだあの頃はサーティンもミンホウも若かった。今の僕と一緒に居て、違和感が無かった頃だ。そして僕らは、一緒の夢を見た。恋に落ちた」
そしてちら、と鷹の方を見る。
「……無論ミンホウは違うよ。だが奴は僕らの関係は知っていた。当時から奴は、そういうことには全くこだわらない男だったからね。僕らが夢と恋を両立させている間に、奴は技術面と精神面で僕らをサポートしてくれた。奴は、ウェネイク附属の工科学校の出身でね、やっぱり派閥というものがあるから、そこでどれだけ優秀な技師になっても、良い仕事は皆大学出身の連中にとられてしまう。サーティンはそんな彼を見つけて、新しい構想に引きずり込んだ」
「あんたも引きずり込まれたクチだろう?」
「サーティンに会ったのか?」
「あんたと同じ方法でね」
は、とシェドリスは一瞬だけハンドルから手を離す。
「僕はその当時、ウェネイクで建築を専門に学んでいたさ。ただ、その時はまだ闇雲だった。確かに、コヴィエで見たものの様に、あんな強い何かをもったものをいつか作りたいとは思っていた。だがまだその時にはその気持ちも曖昧なものでね、とにかく過去の産物を調べまくるのに精一杯だった。でも楽しかったよ」
くく、とシェドリスは口の中で笑う。
「本当に。そしてサーティンはサーティンで、僕にチューブの話しをしていた。行った惑星の建物の話を僕がすれば、そこに通じる交通網の話を彼はし、その特徴や利点や、それをどう応用できるか、とか、それこそ夜を徹して話し込んだものさ」
ぴ、とナヴィの信号が鳴った。目的地までもう程無いという知らせだった。
「それでできた結果が、このルナパァクな訳だ」
「そう。ここは僕にとって、結局唯一の建築物でもあり、僕の一番楽しかった時代そのものだ」
「あんたは……」
「さて着いた」
車は、同じつくりをした敷地の中へと入って行った。
連絡を受けていた工事現場の作業員は、とにかく他の作業員を下げておいた、と彼等に伝えた。
同じ作りの貫天楼は、ただ壁面だけが異なっていた。模様はともかく、色づかいが異なっている。全く同じにしてしまうと、向こうからこちら、こちらから向こうへ行ったという印象が薄くなるからだろうか、と鷹は思う。
昇降箱は合わせて二つ。こちらと向こうが時間を合わせて昇降することになっているのだ、とシェドリスは説明いた。すると同じ時間に、ちょうど真ん中の、重力が少なくなる場所で一度入れ替えができるのだ、と。
「そこで一度降りて、向こうに行きたい人は向こうに行けばいいし、そのまま帰りたい人は帰ればいい、その様にしていたんだ。そこで無重力状態のまま、360度に広がる都市を一望することもできる」
なるほど、と言って、二人は昇降箱の中を確かめだした。それは普通のデパァトメント・ストアにあるのとは桁違いに大きく、装飾もふんだんにされていた。
ただし、その装飾は半分より下に限られている。そして上半分は、硬質なガラスで覆われている。
天井はそのガラスがステンドグラスになっており、上から入る光を透かし、昇降客の服に鮮やかな影を落とす。それが、移動の際に通る窓の位置によって、映り込みが変わるのだ、とシェドリスは床や天井を殆ど手探りしながら説明する。
「だがここに爆発物を仕掛けるのは難しいんじゃないか?」
鷹は問いかける。
「僕も実はそう思いかけていた」
そしてすっと立ち上がると、彼は外に居た作業員の一人に声を掛けた。
「ちょっと君、これを動かしてくれないか」
「え…… でも総監督、もし何かあったら」
「もしかしたら、沖天回廊にあるのかもしれない」
「ええええっ!! だってそんな、無茶ですよ、あんな所に仕掛けるなぞ」
無理じゃない、と鷹は思う。確かに距離的にはある。だが、一応ここは建築物であり、壁というものがあった上の乗り物なのである。それはチューブにも通じる。
「合図をするから、僕がそれを送ったら、下ろしてくれ」
はい、と気弱そうな声を立てて、作業員は、まだ慣れぬ昇降機の操作盤に手を置いた。鷹はシェドリスと一緒にその中へ乗り込む。
「沖天回廊、って言ったな?」
「円形をしてるんだ。その部分だけ」
ゆっくり…… ひどくゆっくりと上っている様に、鷹には思えた。実際ゆっくりなのだろう。あくまでこれは観光用なのだ。スピードは期待されていないのだ。
ガラスの壁面に身体をもたれさせると、鷹はぼんやりと斜め上を見上げた。確かにその、植物を模した曲線が豊かなステンドグラスは見事だった。次第に空へと上っていく、それがゆっくりであればあるだけ、現実とは切り離されていく様な感覚が起こる。
だが彼の現実は、直接頭に飛び込んできた。
『……』
彼は思わず、肩を浮かせていた。それがテレパシイだと気付くのに、少しだけ時間がかかった。
天使種の中にも、そういった能力を使う者は居たが、自分はあくまでそれを受けるだけだった。発信する能力はなかった。だから天使種から離れて生きてきた間、その頭の中に直接飛び込む「声」は久しぶりすぎて、一瞬頭の芯がぐら、とした。
いやそれだけではない。確かにそれはテレパシイなのだが、何か、違うのだ。
『こっちには、見つからない』
そんなオリイの「声」が頭に響いた時、彼は目の前の光景が、二重映しになるのに気付いた。何だこれは。
同じ様な箱の中で、床を這いながら、あちこちを探っているサイドリバーの姿が見える。
「……どうした?」
シェドリスは訊ねる。
「いや…… 何でもない」
『今あなた、真ん中へ行こうとしているよね、そっちへ行くよ』
何! と思わず鷹は声を上げていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます