第45話 俺達の年は、鳥の名を仮名につけられた。

 再び路面電車を乗り継いで、鷹とオリイは貫天楼の工事現場までたどりついた。

 工事現場とは言え、既に工事自体の音は止んでいた。白い防護幕はまだ張られているが、それは既に形だけにすぎない。

 三日後にプラムフィールドにやって来るユタ氏は、おそらくここを訪問もするのだろう。それを目的に作られた訳ではないだろうが、ちょうどその時期に当たるなら、訪問させない訳がない、と鷹は思った。

 サーティン氏の話からすると、この場所自体に、作り手の意志が存在するのだ。

 訪問の際に、この幕は取り払われるのだろう、と彼は思う。無論まだ、他の四つの遊園地は補修改装が始まったばかりだから、実際にプレィ・パァクとして起動する訳ではないが、その中心たる貫天楼が再稼働するというのは、大きなデモンストレーションとなる。


 ……ではその皇族を狙った爆発物としたら、一体何処に仕掛けられたのか?


 貫天楼の周囲は、現在工事用の防護壁も取り払われ、ただロープだけが張られている。

 ただしそれは「こちら側」だけだ。「向こう側」となるとやや事情は異なる。


「おーい!」


 聞き覚えのある声が、背後から聞こえる。シェドリスと、サイドリバー監督が、地上車から降り、駆け足で二人の側まで寄ってくる。


「どうだ? 予想はつくか?」

「……難しいね」


 顔を合わせるが早い鷹の質問に、シェドリスもまた、すぐに答える。事態がはっきりした時の、彼等の行動は素早く、迷いが無い。

 サイドリバーは手に大きな紙を丸めて持っていた。そしてそれを大きく地面に広げる。今にも丸まりそうなそれを、片方の膝で押さえ、対面に居る相手にそこを留めてくれ、と言う。オリイは言われる通りに、細い脚でそれを押さえた。


「とにかく図面を持ってきた。全くもって、こういう時には機械なんか何も役に立たねえ」

「サイドリバーはこの塔の生き字引だ。何か、君はホッブスの行動から、考えられることはないか? ……えっと……」

「鷹だ。俺達の年は、鳥の名を仮名につけられた。こっちはオリイだ」

「わかった。鷹とオリイ、だな」


 シェドリスはうなづく。鷹は頭に手をやると、図面に鋭い視線を落とした。


「まず言えることは、仕掛けた相手は複数だ。そして、狙いがユタ氏そのものであること、そして、おそらくは、仕掛けた場所も…… ひどく多いということ」

「……ったく、せっかく直したと思ったのによ…… 俺にとっては最後の大仕事なんだぜ?」

「全くだ。それに君にとっては、最大の仕事だったよな」

「俺は、お前をシェドリスって呼ぶのは、ひどく面倒だったんだぜ」


 シェドリスは監督のその言葉を聞いて苦笑する。


「俺にとっては、お前はナガノだ。ナガノでしかない。お前の姿が変わっても変わらなくても、お前が俺やサーティンと違う種族だとしても、俺達には、お前はあの時のナガノ・ユヘイでしかないんだよ」


 ふ、とそれを聞いてシェドリスの顔が少しだけほころんだ。

 あ、と鷹はそれを見て思った。これは今まで觀察してきたこの、今回の対象のいつもの貼り付けた様な笑顔ではない。


「まあそれはいい」


 サイドリバーは、そう言うと、じっと図面を見つめる。


「こういう時は、仕掛ける時の気持ちになってみるってことが大事だ、って言った奴が居たな」


 全くだ、と鷹が答える。


「そうだとしたら、あなたは何処に仕掛けますか?」


 む、とサイドリバーは額にシワを寄せ、親指を唇の下に当てた。


「俺はテロリストで無いし、軍役も無いから良く知らんが、単純に壊れやすい、という点においてはここだな」


 彼はエレヴェイタの制御室を指す。


「何はともあれ、貫天楼の要はエレヴェイタだ。単純に機能をマヒさせるには、これが一番手っ取り早い」

「だけど、この場合は、やや異なりますね」


 シェドリスもまた、表情を強く引き締める。


「相手は、おそらく、皇族…… 天使種自体に根深いものを持っていると見られます。としたら、確実にそれを葬る方法を考える」

「密室」


 オリイがぼそ、とつぶやいた。


「密室?」

「狭苦しい所で爆発させる」

「なるほど、箱そのものか」


 ぽん、とサイドリバーは手を打った。


「だとしたら、これはこれで厄介だぞ。今現在、昇降箱は、こちら側と向こう側、それら往復用だから、各遊園地にもあるはすだ」

「…………いや、当日動かす中に、他の遊園地往復は入っていない。来賓を載せて起動するのは、本線の往復だけだ」

「仕掛ける側が、それを知っているとは限らないんじゃないか?」

「楽観視は出来ないか。じゃあ手分けをしよう。いずれにせよ、こちら側とあちら側の両方を見なくてはならないし」

「工事現場の連中を呼びだして、不審物が無いか、一斉にチェックさせるか」


 そうだな、とサイドリバーの言葉に三人ともうなづいた。


「向こうが多数仕掛けた分だけ、こちらも人数が稼がなきゃな」

「では僕が向こう側へ行こう。君等はここに居てくれ」

「いや、俺も向こうへ行く」

「鷹?」


 オリイは弾かれた様に、自分の相棒を見た。編み直した髪がふっと揺れる。


「お前こっちで、監督と探してみて」

「……うん」


 ややためらいがちに、オリイはうなづいた。大丈夫かよ、と監督は図面を丸めながらつぶやく。鷹はそれを見てにや、と笑った。


「あんたはいいひとだ、監督。あんたは彼が天使種と知った時もこういう人だった?」

「……って言われてもなあ」


 監督は図面を持ったまま腕を組むと、首を傾げる。


「俺はこいつと昔一緒に仕事をやって、その時面白かった。で、今またこいつと仕事をやって面白い。それだけだからなあ。別にこいつが何だろうが、そういうことはあまり考えないんだよな」


 はあ、と鷹はうなづく。


「無論こいつ自身も面白い奴だったしな。やけに変な奴と思っていたら、やっぱりそうか、と思っただけで」

「それはないだろ、ミンホウ」

「材料にする石材を探すのにわざわざ隣の星系の山まで入ってったのは何処の馬鹿だよ」

「僕と君だろう?」


 鷹は苦笑する。ああいいなあ、と彼は素直に思った。そうだな確かに。こういう奴が居るならば、長く生きて行くのもそう悪くはない。


「とにかく行こう。幾らまだ訪問の日まで時間があると言ったって、いつ何かの拍子で誤爆する可能性はあるんだ」


 四人は顔を見合わせ、うなづいた。


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