第33話 ナガノ・ユヘイとサーティン・LB

 扉が勢い良く開いたので、ぼんやりとしていたオリイもはっとして顔を上げた。そしてどうしたの、という視線で帰ってきた相手を見る。

 だが鷹は一直線に端末の方に向かうと、電源を入れた。起動するまでの時間ももどかしそうに、長い指はデスクの上を叩く。

 ようやく現れた検索画面に、彼は一つの名前を叩き込む。


 ナガノ・ユヘイ。


 変わった名前だ、と聞いた時には思っただけだった。だが、どうやらこの名前はそれだけではないらしい。

 だが、どうもその名前だけでは、検索条件が充分ではないらしい。ち、と彼は舌打ちをする。


『知ってる』


 目の前に現れた手は、そんな言葉を綴った。

 鷹は相棒を思わず見上げた。先日のことなど、何も無かったような、平然とした綺麗な顔が、そこにはあった。


「知ってる?」

『ディックの資料の中にあった』

「それを今すぐつなげられるか?」

『無論』


 どいて、という様にオリイは鷹と席を変わった。白い手が、慣れた手つきで回線をつないで、そしてパスワードを打ち込む。向こうのオフィスで仕入れた情報を、彼はある程度はメ・カに写し取ってきたが、まだ情報の羅列に過ぎない部分は、外部の一般業者のデータバンクにコピーし、保管してあった。

 ひどく簡単なことだが、それは案外盲点である。何しろ、当のデータを盗まれた相手は、それが別段重要な情報だとは考えてはいないのだから。

 だが、情報というのは、内容ではなく、使い様なのである。どんな有効な情報でも、意味が無い者にとっては、ただの単語の羅列だ。そして、必要な者には、それは。

 オリイは出た、と言う様にうなづく。

 

 キーを叩く手が止まり、ふっとため息をつく。

 出来ない時には、出来ないんだ。彼は自分自身にそんな言い訳をしてみる。どうしても、ある時点からのサーティン氏の行動を見ると、混乱するのだ。

 チューブを作り、コロニーを増設し、そしてその停まるコロニーごとに、何らかの特色を与えた。そこまではいい。歌劇団も作った。それもいい。

 だが、その後が。

 ルナパァクを計画したあたりから、彼の行動には謎が多くなってくる。

 彼は自分の立場を、ある過去の人物と重ね合わせていた様なふしがある。まだ地球に人類が住み、宇宙に出るなど、夢のまた夢だった様な時代。

 だがどんな時代にも、新しい事業を任せられた事業家は居る訳である。彼は自分の指針を、現代ほど物事がスムーズに進む訳ではない過去に求めた。

 いや無論、現代とて、物事は全てスムーズに進むという訳ではない。要は基準の違いなのだ。当時は国というレベルだったものが星域になり、都市というレベルが、一つのコロニー、一つの地域を指す様に、広がっているだけなのだ。

 実際、当時の人間が、一日に進むことのできる距離というものは、現在の常識からすると微々たるものである。進むことができる距離の伸びは、そのまま人間の居住圏の伸びと比例しているのかもしれない、とディックは思う。

 自分の立場にしてもそうだった。さしずめ、自分は当時に照らし合わせると、一つの国から別の国へ亡命したジャーナリストという役割か。ただし決して合法的ではないが。

 サーティン・LBが求めた過去の指針は、ある小国の、地方大都市において、新しい電気軌道を動かした男にあった。

 当時のその大都市圏において、電気軌道は主に国の所有ではなく、企業の私有だった。他の地域と違い、そこはかつて首都が置かれた地域に近い、ということから、中央政府に対して独立独歩の気運が大きく、それがそのままその地を走る鉄道に反映されていた。

 もっとも最初からそうだった訳ではない。その国においては、そもそも私有鉄道も「国の管轄下に置かれる予定で作られるもの」だった。だが当時の企業はそこを、独立した線路を持つ「鉄道」でなく、道路に敷設する形で作る「軌道」という名前で、全く別のものとして出発させた。

 特にサーティン氏が自分を重ね合わせていたと思われる人物の会社など、その最たるものだったらしい。

 その会社の軌道は、決して国有鉄道の線路と直接連絡する形にはならなかったという。それどころか、当時天下の権力でもあった国有鉄道を、わざわざ跨ぐ形で高架線を作ったくらいである。ほとんどそれは中央政府に対する挑戦であったとも言える。

 国有鉄道において、その都市の名前をつけた主要駅と、ほぼ同じ所に全線の発着所であるターミナル駅を作ったが、そこにはその都市の名ではなく、その元々あった場所の名をつけたという。他の私有鉄道の駅もそれにならった。そして、決して国有鉄道の駅との間の連絡通路には屋根をつけなかったという。

 また、その人物は、駅とつながるターミナル・デパートをその国で初めて作ったことでも知られているし、お抱えの歌劇団と劇場、そこから発展して、中央に芸能部門にまで手を伸ばしたとされている。


「……無茶苦茶なアイデア・マンであり、実業家であり、行動家だったんだな……」


 ディックはため息混じりにつぶやく。そんな人物をお手本にしたい気持ちは判らなくもない。何せ今は混乱の時代だ。何かするのも困難ではある。だが、混乱の時代だからこそ、何かまだ使用があるのではないか。平和に治まって、膠着してしまう前に。

 だが、ルナパァクについては。

 この人物は、遊園地に関しては、決して際だった成功はしていないのだ。確かにその後、事業の一環として一応遊園地はできている。だがそれは決して主流ではない。

 サーティン氏の場合、ルナパァクは結構な位置を占めている。そうでなくて、わざわざ、そこに住み着いていた人間達に別の居住空間を提供してまで、そこを再び復活させたいと思うだろうか?

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