第32話 ルナパァクの由来
そうだろうな、と彼は感じてはいた。いや、今まで関わってきた、殆どの反逆の天使達はそうなのだ。そしてその矜持ゆえに彼等は、その命を落とすことも多い。
「世代を、聞いてもいいか? シェドリス・E」
「第6だ。最終階級は少佐だ。君は?」
「7だ。最終階級はあなたと同じだ」
「優秀だな」
くっ、とシェドリスは歯をむいて笑う。鷹はそれには答えなかった。
「……だが今の僕にも君にも、世代も階級も関係はないな。だから言っておこう。僕の事は放っておいてくれ。二度と天使種の鎖にはつながれる気は無い。どんな者にも、二度と、だ」
「それでは、今あなたを雇っている所はあなたにとっては鎖ではないんだな」
「違う」
即答が返ってくる。そしてそれだけでは足りないと思ったのか、シェドリスは付け加える。
「僕が居るのは自由意志だ。それ以外の何ものでも無い」
鷹はうなづいた。
「判った。あなたの言う通りにしよう。何ごともこれから無いのなら」
「何ごとか、が僕にあると思っているのかい? 第7世代君」
「あなたは、いつまでここに居るつもりだ?」
「ここに? それは、このコロニーのことを言っているのか? それとも、星系のことを言っているのかい?」
「コロニーだとしたら?」
「そうだな。遊園地が出来上がるまでは、居るだろうね。それが僕の仕事だからね。このルナパァクを、昔の様な遊園地として目覚めさせること。……それから後は、僕にも判らないさ」
「では星系だったら」
「それも全く判らないね」
それだけかい? とシェドリスは、目を細めて鷹をやや見下ろすような視線を投げた。口の形がひらり、と三日月の形を取る。
カンに障る、と鷹は思う。
それともそんな態度を意図してやっているのか。自分も無意識に、そして確実に他人に対して向けているだろうその態度に、彼は不意にひどい嫌悪感を抱く。この男は、結局は世代の観念にとらわれているのだ。そして自分も。
鷹は、残った問いを口にする。
「では、LB社からは?」
「さあ」
曖昧な即答が返ってくる。
「居られるうちは居るさ。安全な隠れ蓑は、使えるうちには使ったほうが有効だろう?」
嘘だ、と鷹は思った。
「ま、君も遊園地の再開記念には来てくれたらいいさ、第7世代君。招待券を用意しようか? 今日この地をようやく全ての流民が立ち退きを了承した。工事ははかどるさ。僕が指揮するんだ。はかどるさ。きっと綺麗で楽しい遊園地になることだろう」
そしてつ、と彼は指を空間に伸ばす。その先には、遠くに見える貫天楼が見える。
「このルナパァクは、その昔、サーティン・LBとナガノ・ユヘイが、かの人類発祥の地の頃の文献から拾い出して思い描いた、古典的な、誰でも楽しめる遊園地、という奴だった」
何を言い出すのだろう、と鷹は思う。だが初耳だった。その情報は。そんな逸話は、聞いたことがない。
「遠い昔、地球にまだたくさんの国があった頃、その一つの国の都市に、一つの遊園地が出現した。その国は、他の国に比べて、工業化が遅れた国だった。そしてそのコンプレックスもあったか、その国は、人々は、企業は、しゃにむに働き始めた。工業化が進むと、人々の生活も変わる。遊びにおいてもそうだ。その都市では、工業化以前とは違う、誰でもが昼も夜も楽しめる場所を作り出した。真ん中に塔を置いて、そこからロープウェイが広がっている。遠い異国の遊園地を、憧れとうらやみ混じりで真似たその場所が、当時ルナパァクと呼ばれていたらしい」
「……」
「その都市は、その国の都から離れてはいたが、かつては都であったという誇りがあった。そして、同時に、新しいものを貪欲に取り込む力もあった。いち早くその国の中でできたその場所は、都にある同じ様なものよりも立派なものになったようだ」
何を言いたいのだろう、と黙って聞きながら、鷹は思う。
「サーティン・LBはその都市の話が好きだった。自分もそんな風に、都市の中に誰もが楽しめる施設を自分の手で作ってみたい、と考え出した。そしてそれは実行された。老若男女、誰でも昼夜問わず楽しめる遊園地。彼の夢さ。夢の一つさ。実際、戦争がこの地の近くに来るまでは、そうだったのさ。そしてここは遊園地どころではなくなった。彼はそれを嘆いた。夢の館で、人々は、地べたに直に寝泊まりして、たき火をして飯を作ってしまうんだ。悲しいことじゃないか」
あいづちを打ちながら、だが同意を求められている訳ではないのだ、と彼は気付く。
「だがその時期は終わったんだ。遊園地が、この地に復活するのさ。そしてそれは、かの我らが偉大なる第1世代の誰かさんがやって来る時には、完了している」
「何か…… するつもりなのか?」
「そんな気はない。するなら、向こうの方だ。だが、そんなことはさせない」
その時、頭の中で、水の入った風船が弾ける感覚が走るのを鷹は感じた。。
「楽しみにしていればいい、第7世代君。そして見たら出て行けばいい。僕に構うな。そしてLB社に構うな」
シェドリスはそれだけ言うと、答えを待つこともなく、身を翻した。鷹はその姿を、数秒、何もできずに見送ってしまっていた自分に気付いた。
ちょっと待て、と鷹は、ふらふら、と近くにあった、メリーゴーラウンドの柵に後ろ向きに手をついた。
自分が考え違いをしているのではないか、と彼は思った。いや考え違い、というより、指令そのものが、見当違いのものを示しているのではないか。
マリーヤがマルタに示した指令は、シェドリス・Eを名乗る天使種の一人を、帝都の刺客の手に渡らないようにこちらへ引き入れ、彼がもしも今度訪問する皇族の一人に対して危険な行動を起こすようだったら、彼を抹殺してでもそれを止めろ、ということだった。
奇妙なもので、反帝な意識を持つ者が、皇族を守らなくてはならない。無論、事を荒立てることによって、その当の人物が確実に殺される、ということも事実ではあるのだが、やや釈然としない部分は残る。
鷹自身は…… 彼は皇族がどうなろうが、帝都の政府がどうなろうが、どうだってよかった。自分が生き残るその延長線上にそう言った行動があるなら、それはそれとして遂行するだけなのだ。生き残ることを選択した以上、それは、どんな手段であろうと構わなかった。
だが今まで確かに、彼が相対してきた反帝の天使種達は、その物騒なことをやらかしそうな危険性はあった。だからその前に芽を摘んでおいたとも言える。
それはそれでいい。だが同じことを、先程目の前に居た相手に当てはめるのは違うのではないか、と彼は考えたのだ。
だとしたら。
思わず爪を噛む。見当違いだ。
腰掛けていたメリーゴーラウンドの柵から、彼は勢い良く立ち上がった。
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