第29話 「地雲閣」に住む人々

「困るんだよ!」


といきなり彼は声を投げつけられた。

 「取材」半分でシェドリスにくっついて遊園地の現場の方に出向くことが増えてくる。すると、それと同時にトラブルも発生する。

 この日、彼等は「地雲閣」の跡地に居た。

 「地雲閣」は当時から、スピードのあるアトラクションとは無縁な遊園地だった。

 穏やかな、ゆったりとしたもの…… 乗り物にしても、小さな蒸気機関車を模したものや、動物を象ったもの、それにメリーゴーラウンド。そんなものを中心にし、小さな子供を連れた家族が楽しめるような場所だったという。

 そのせいか、この場所には休憩所が多かった。ベンチも多かった。所々にあるテーブルには曲線が多く使われており、色も淡いものが多かった。

 そして中心には、芝生の広場。真ん中に花畑が置かれたそこでは、お弁当を囲む家族が多かったらしい。

 光の当たる場所も多かったが、屋根のある場所も多かった。噴水や、また家族揃って食事のできるレストラン、ちょっとした休憩所、そんな場所も残されていた。

 無論現在、その目的で使われている訳ではない。だが、元々がそんな設備であるということは、他の場所よりは、生活をするに便利ということである。

 実際、ここが四つのプレィ・ランドのうち、最も住み込んでいる人々が多かった。

 ディックは話には聞いていたが、実際に目にするのは初めてだったので、正直言って、かなり驚いたのだ。


「だから何が困るというのですか」


 シェドリスは投げつけられた声に対しても、あくまで冷静だった。そこに居住している人々の代表が、五人ほど、彼らの前に座り込んでいた。

 そこは元、管理棟と言われていた所である。一日の売上金の集計が当時行われた関係か、その棟の造りばかりは非常に堅固であったため、入り込んだ彼等も住みつく訳にはいかなかったのだという。窓は防弾ガラスであり、扉の鍵も、重さもさることながら、何重もの鍵が色んな方法で掛けられていた。誰か一人、そういったものに詳しい者が居れば話は別だったろうが、流れてきて、疲れ果てた当時の彼等には、その気力は無かったらしい。

 そしてシェドリスは、その場所を開き、LB社の建設本部を置き、また話し合いの場とした。


「こちらは、既にあなた方に充分な居住区を約束した筈です。どう考えても、勝手に我が社の所有地に入り込んでいるあなた方が、これによって損害を被ることなどないではないですか。むしろ損害と言えばこちらがかぶっているのではないですか?」

「だが、困るんだ」

「だから、何が困るというのです?」


 言葉はストレートだった。だがシェドリスの物言いは、ひどく穏やかだったので、相手をする住民の代表も、どう言っていいものなのか、戸惑っている様だった。


「あなた方は、いつもその答えしか出さないのですか?」


 その言い方に、ディックは、シェドリスが前々から彼等を説得していることに気付いた。


「何か理由があるのなら、それをこちらにぶつけて下さい。配慮できることなら致しましょう。それが、我が社から、私に下された命令なのですから」

「……」


 代表の男は、ちら、と仲間達を見る。言っていいものかな、と探るような目線が、互いに交わされる。


「……実は、俺達は、構わない」


 それは実にあっさりとした回答だった。


「だが、どうしても離れる訳にはいかない女がいるんだ」 


 シェドリスとディックは顔を見合わせあった。シェドリスは多少表情を険しくする。


「それはどういうことです?」

「言葉の通りだ。どうしてもあの場所に固執している女が、俺達の中に居る。あれが同意しない限り、俺達はこの場所を離れる訳にはいかない。今まで俺達は、全員の意見を尊重してきた。これまでそうだったし、これからもそうだろう」


 ふむ、とシェドリスは眉を寄せる。おそらくこのコミュニティは、それを鉄則として今まで生活してきたのだろう、とディックは思う。生活が苦しい時に、複数の家族で助け合う場合、何らかの掟がそこには自然に発生する。このコミュニティの場合は、きっと強力なまでの全員一致制がとられて来たのだろう。


「では何故、その女性はそこを離れたくはないと言うのです?」


 住民達は、顔を見合わせる。そして一様に困ったように首を横に振った。代表もまた、口を歪める。


「それが、『待ってる』それしか俺達には判らないのだ」

「判らない。何故ですか」


 容赦が無いな、とディックは思う。シェドリスの口調は、ひどく穏やかで柔らかなままだ。だがその口調には、必ず答えを引き出してやる、というような強いものが隠れている。


「何だったら、私の方から彼女を説得致しましょう。あなた方にも、その方が都合が良いはずだ。如何でしょうね」

「だが……」


 代表は口ごもる。


「だが、何ですか?」

「今のあの女に、通じるだろうか」

「どういう意味です?」

「あの女は、正気を半分失っている。いや、普段そう悪くはないんだ。だが……」

「時々今と昔が混乱するんだ」



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