第25話 貫天楼の工事現場
オリイは手でさっ、と一度書いた文字を消し、次の言葉をつづる。鷹もまたしゃがみ込み、次の言葉を待つ。端から見れば、二人の姿は、地面を列を組んで進む蟻の観察をする子供のようである。だがこの人工の居住地に蟻はいないし、大人の年数を充分に生きている二人のまなざしは真剣だった。
「理由は?」
『シェドリスの仕事のことで、ディックに協力を頼みたいことがあると言っていた。その場所に、ここと、さっきの四点を示し、その中でここを特に指定した』
「なるほど、それでお前、迷わずにここに来たんだね」
オリイはうなづく。
『シェドリスは仕事の内容を説明しない』
「だけどディックは、LB社に関して調べているから、どんな情報でも、聞く価値は思っているだろうな」
先日、二人で会っている場面で交わされている会話。その中で、ディックは、いつか資料を見せてほしい、とは言っていた。とりあえず現在の彼に関しては、それで呼び出しは可能だろう、と鷹は思う。
「お前がここに居た頃、これらのプレィ・パァクは、全部死んでいた?」
鷹は立ち上がりながら訊ねる。オリイはYESと大きく書く。そして少し考えると、ALL DEADとその後に書き足した。
*
そう言えば、こんな地上車に乗るのは、久しぶりだ、とディックは思う。自分の母星に居た時以来だった。
このコロニーに、この都市に来てからは、自前の足と、専ら路面電車やトロリーにばかり乗っている。
そしてこの地では、それで充分だったのだ。
「客の数」と「住民の数」の読みにずれはあるし、時には壊れて、修理もされていない施設のおかげで、所々に抜けがあるにせよ、公共の足は、最初からこの地には広がっていた。
地上車はさほどに必要無かった。だから、それをあえて使用するのは、それ相応の、あちこちを短い時間で走り回る必要のある、それでいて、そこに費用をかける価値を見いだす者だけだった。
つまり、現在彼を助手席に乗せている相手は、そういう立場にある、ということだった。
「一体、何を俺に見せてくれるっていうんだい?」
ディックは訊ねる。取材、と称して、編集長には言ってある。その理由が有効になって欲しいものだ、と彼は思う。
「貫天楼だよ」
「貫天楼に? でもあそこは確か壊れて」
「市民に新しい情報を提供する立場の君にしては、耳が遅いな。昨日から、元のプレィ・パァクの全域に対する補修工事が始まったんだよ」
え、とディックは声を立てた。
「初耳だ……」
「そう。結構これは我が社でも内密に進めてきたブロジェクトだからね。僕はその遂行のために、ここに派遣されたんだ。かつてここで育った経歴を買われてね」
やがて地上車は、貫天楼の工事現場に着いた。音も無く止まるそれに、ディックはこの「旧友」がLB社でも結構な位置にある事を感じる。
そして「旧友」は、ヘルメットをかぶり、図面を手に、あちこちを見回っている現場監督に声をかける。陽に焼けた顔をした監督は、シェドリスの姿を認めると、一度大きくお辞儀をした。
「Eさんいらしてたんですかい?言ってくれれば、ちゃんと案内人を向かわせましたのにな」
「ありがとう。でも急なことだったしね。彼に内部を見学させたいんだけど、駄目かな」
「ああいいよ。どなたさんです?」
現場監督は、腕組みをして、ふっとディックの方に顔を向ける。彼は慌ててぴょこんとお辞儀をした。
「Dear Peopleの記者さんなんだよ」
「記者さんかい!いいんですか?」
「彼は決して馬鹿じゃあないから、見たからすぐに記事にはしないさ。そうだろ? ディック」
シェドリスはそう言うと、極上の笑みを浮かべた。監督は、腰に手を当てると、しょうがないですね、と苦笑する。
「そのかわりちゃんと、二人ともちゃんと安全な格好をしてくれよ。ヘルメットに安全靴に軍手!今、うちの連中に用意させますわ」
そう言って監督は、ぱたぱたと図面を折り畳み、ズボンの脇ポケットに入れると、近くに居た作業メカニクルに向かって、用具の用意をするように指示をした。
「Dear Peopleは時々買ってますよ。何の記事、担当してるんです?記者さん」
監督はヘルメットと格闘するディックに向かって言う。なかなかこのヘルメットのあごひもという奴が、調節しにくいのだ。
「読んでくれてるんですか?」
「不器用だな、君は…… ちょっと手離して」
シェドリスはきゅ、とディックの手からそれを取ると上手く調節する。
「あ、ありがとう…… あ、俺は一応、料理の記事以外なら何でも」
「何だ。あれは女房が好きなんだよな」
「でも監督、彼はこれから大作にいどむんですよ?」
「あーだめだめ。俺はそういうの苦手。さて準備はよいですかね?」
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