第24話 遊園地・遊園地・遊園地

 中央電視台の告げる天気予報は、午後から雨と言っていた。だが午前中は、青空が広がるでしょう、とも言っていた。

 朝食を日射しの中で済ませた後、彼等は公園のベンチに居た。滞在している部屋の近くにある、その公園は、手入れのされない緑があふれている。

 そして緑の木陰にある、ややさび付いたベンチに座ると、古典的な大きな紙の地図を広げながら、鷹はうーん、と顎に手を当てる。

 遊園地・遊園地・遊園地。

 地図の中の、何処をどう見ても、現在「遊園地」として規定されている所はない。

 前日検索した時にも無かったので、期待はしていなかったが、こうも全く存在しないと、やや悲しいものを感じる。かつては、このコロニー全体が、遊園地だったというのに。

 どうしたの、と言いたげにオリイは後ろからそれをのぞき込む。んー、と鷹は言葉に詰まる。

 するとオリイは、くるりとベンチの前に回り、すとんと彼の横に腰を下ろした。そして鷹の手にしていたサインペンをさっと奪い取る。

 何だ何だ、と鷹も思わず目をむくが、相棒の行動は素早かった。きゅ、と音がしそうなくらいの勢いで、地図内の幾つかの場所に星印を点けていく。そしてキャップをはめたそれで、その一つをぽんぽんと叩くと、彼の手を引っ張る。


「ここから行け、って言うの?」


 オリイはうなづいた。

 鷹は地図を木陰に入れると、前日検索したルナパァク最盛時の地図を、手首につけた小型の端末から映し出す。多少の画像のサイズ調整をし、およその縮尺を紙の地図に合わせる。


「なるほど」


 彼はつぶやく。オリイがつけた星印は、当時の遊園地だった。その中でも、その中心的存在である「貫天楼」、その中心から続くロープウェイの果てである「空扇閣」「地雲閣」「水迷宮」「虚天宮」の四つのプレィランド。相棒のつけた印は、その位置ほぼ正確に示していた。


「だけどねオリイ、今行っても、そこには残骸が残るだけだよ?」


 構わない、とオリイはサインペンのキャップで彼の手に書き付ける。


「お前、何か知ってるの?」


 鷹は訊ねる。だがオリイはそれには答えなかった。

 実際、相棒が何を考えているのか判ったことなど、鷹は一度も無かったような気がしていた。

 確かにものを言わない、ということもあるのだが、それ以上に、時折、何故こんなことを知っているのだ、と思わされることがあるのだ。自分が教えた記憶はない。行ったこともないはずだ。なのに相棒の中には、まるで他の場所にデータバンクがあるかのように、時々不可思議な知識が存在する。

 迷わずに、オリイは路面電車の停車場へ向かった。

 単両で走るそれは、いつの時間帯にも人が押し合いへし合いしている。二人はいつものように、ひらりと人のすき間を縫い、殆ど片足片手だけをつけたような状態で乗り込んだ。

 さほど速い訳ではないが、風を顔や髪に当てながら乗っていると、高速艇で宇宙を駆け回っている時よりも、眩暈のようなものを彼は感じる。奇妙なものだ、と彼は風が目に入ったふりをして苦笑した。

 そしてそのまま、降りるべき停車場でオリイはひら、と手を離した。停車場のゲートでコインを入れると、迷わずに道を進んで行く。鷹は足を速める相棒の、その背を追った。

 もっとも、全てが全て、判っている訳ではないらしい。時々、ふらりと空を見上げ、オリイは何かの位置を確かめるように首を回す。髪がそのたびに、ざわ、と揺れた。

 鷹もまた、それにつられるように空を見上げる。

 薄い大気の層の中に、それはそびえ立つ。貫天楼が、そこにはあった。

「改装工事中?」

 鷹はその周囲を囲む柵と、白い防護布を見てつぶやく。辺りには、最近運ばれてきたらしい、ほこりっぽい黄色い土が、水気もなくさらさらと広がっている。この上に芝生でも植えるのだろうか。

 防護布のすき間からは、足場があちこちに組まれているのが見える。これは、塗装と改修の工事だ、と鷹は思う。実際、その中から、時々、現場監督員や、作業メカニクルが出入りしている。

 確か、この貫天楼は、ずっと使用不可になっていたはずだ。それが「改装中」。


「使う気なんだろうか……」


 だとしたら、それは何故。だがその考えは、オリイが触れる手によってせきとめられた。

 何、と彼は相棒の方を向く。相棒は彼の手のひらの上に、『再生』という単語をつづる。


「再生」


 繰り返す彼に、相棒はうなづく。


「何の?」

『遊園地』


 ふん、と鷹は苦笑する。どうもこれは過去における記憶がどうの、という類ではないらしい。


「オリイ、それは情報?」

『不確定な情報』


 不確定だから、とりあえず現場に行かなくては判らなかったのか、と彼はうなづく。


「もう少し詳しく説明して、オリイ。それは、ディック君あたりから聞いたの?」


 相棒はうなづく。さすがにそれは単語の羅列程度では説明できないと思ったのだろうか、鷹のポケットから先程のサインペンを取り出すと、黄色い土の地面にしゃがみこみ、その上にさらさらと文字をつづる。


『昨日ディックに通信が入った。発信人はシェドリス・E。彼は今日ここに、ディックを招いている』

「ディックを?」


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