第15話 同じ店内での二つの会話
さて同じ店内の、幾つものテーブルを越えた向こう側に、やはり食事をしている二人連れが居た。
「……なかなかいけるなこれ……」
もぐもぐ。
「お前ももっとお食べよ」
首を横に振ると、黒い髪が、揺れた。
揚げたジャガイモとチキンと緑色の花野菜を交互に口に放り込みながら、鷹は時々ビールに口をつけて、そしてその合間に相棒に話しかけていた。
無論相棒は話さない。ただそのたびに、短い単語の集まりを素早くその場に書き付けていく。鷹はそれを見て、言いたいことを判断し、確認してやる。ざわめく店の中では、彼等のやや不自然とも思える会話は、決して目立つものではない。
オリイは時々ジャガイモをつまみ、そして目の前に置かれたフルーツバスケットは独り占めしていた。南国の、香りの強い果物が、スライスされ、これでもかとばかりにてんこ盛りになっている。それに楊枝を突き刺しては、口に次々と放り込む。
『あれがシェドリス?』
「ああ。その様だね」
『違ったの?』
オリイ、と鷹は苦笑いを返す。だが言われた側は、そんな彼に対しては表情一つ変えない。
元々この被保護者の表情の変化が少ないことは彼もよく知っていた。笑顔を作ることは、後で教えて、覚えたことだ。だからそれが何処までこの相棒の本気なのか、鷹自身もよく判らなかった。
いや、何を考えているか、なんて今まで判った試しがないのだ。それが手に取るように読めて、そしてそこがひどく可愛く感じた、あの遠い記憶の相手とはまるで違う。
同じ文字を、テーブルに再びオリイは描く。根負けして鷹は口を開く。
「違ったよ」
そう違った。また違ったのだ。そのことを、誰かを探していることを、相棒は知っている。だがそれを、その行動をどう思っているのかはさっぱり判らない。
それは引き取った時からそうだった。本当に、考えてることが、さっぱり判らない。
ホッブスから無理矢理のように押し付けられた時には、鷹にしても、まあいいか、という程度の気分しかなかった。
実際その「子供」を引き取ったおかげで、偽造IDは入手できた訳だし、その時ホッブスは、とにかく連れ出してくれればいい、その後のことは知ったことではない、という類のことを彼に言った。
だから、途中でいい引き取り先があれば、そちらへ手渡せばいいかな、と軽く考えていたのも事実だ。
だがその「気分」は現実の前に、もろくも崩れ去った。彼が、オリイを連れて、そしてSecret Gardenに入り込むまでの、数年間は、それまでの一人で居た時間より、ひどく長く、密度が高い時間だったのだ。
幾度か、引き取り手になれそうな人々が現れたこともある。その方がオリイにとっても良いのではないか、と鷹も思ったし、手を離しかけたこともある。
だが、気がつくと、その黒い髪は、視線の下にあったのである。その大きな黒い瞳が、自分を見上げていた。
そしてその見上げる視線の位置が、年を追うごとに次第に上がって来る。首をくっと上に向けて、腰にしがみつくようにしていた子供が、今ではその手を自分の首に回す。
やはり、何を考えているか判らない。言葉が無いというのが、時々ひどくもどかしくなる。もっとも、言葉が全てを言い尽くすとは限らない。どれだけ言葉をつないでも、判っているつもりでいても、結局自分は、あの相手が自軍を裏切ったことは読めなかったのだ。
オリイは楊枝にマンゴーの一片を突き刺すと、口の中に放り込む。
気がつくと相棒は、いつもこんなものしか食べていない。
逃走の途中でも、本当に何も無い時以外、動物性タンパク質の食物は口にしないのだ。それで身体がもつのだろうか、と思うのだが、それは全くもって平気らしい。何と言っても、この自分についてくるのだ。
シャンブロウ種か。
一度きちんと調べてみないといけないな、と彼は思う。
*
「きっと忘れられてしまってるんじゃないかなって思っていたんだ」
言いながら、目の前の黒髪の男は、運ばれてきた料理に手をつける。とろりとした具沢山のシチュウの上に、パン生地を乗せて焼いたものだった。
それを優雅な手つきで突き崩しながら、シェドリス・Eはビールにナッツをかじるディックに向かって言った。
「僕一人で、済まないね。さすがに今日忙しくて、お腹が空いてしまって」
「いやいいよ。食事の場所に来て、しない俺も悪いんだし。だけど今日はさすがに約束してしまったんだから、それは守らりたくて。すまないね」
「彼女?」
シェドリスはそう言って目を細める。
「うん、彼女。というか、一緒に住んでる奴。ちょっと最近忙しくて、気持ちが不安定っぼいから……」
「ああ……」
ふわふわとうなづく相手の姿と、彼女の姿が妙にだぶって見えるのをディックは感じていた。時計をちら、と見て、この時間になったら帰ろう、と胸の中でつぶやく。
「……それはそうと、君、今何やってるの? 昔はお互い夢が色々あったねえ」
「夢は、夢さ。今はしがない雑誌記者だよ。このルナパァクの地域誌って感じのものかな」
「へえ、すごいじゃないか」
皿のへりについたパンを上手くはがし取り、相手はそれをシチュウの中に入れた。
「別にすごくはないさ。今だってまあ……」
途端に現在の滞っている仕事が脳裏によぎる。ああ全く何だってあんな題材を引き受けちまったんだ。
「今はどんな記事を担当しているんだい? 地域誌だってことは、色んなニュース? それとも観光案内的な……」
「どっちかというと、社会面。それでもってやや文化面ってとこかな」
「ふーん。例えば?」
「……そうだな、今書いてるのは、ほら、LB社ってあるだろ?」
「LB社? うん」
「あれがMA電気軌道から発展してった時の道のり、みたいなことを、現在のサーティン氏を中心に描いていく、まあ半分読み物みたいなものだよ」
「じゃあ立志伝みたいなものかな」
どうだろうな、とディックはビールに口をつける。
「サーティン氏は、僕は素晴らしい人だと思うけど」
「確かに、調べてみると、面白い人物だとは思うね。だけどそれをまとめるとなると別だけど…… ところで、君は、シェドリス、今何をやってるんだ?」
「僕?」
彼はグラスを手に取ると、中に浮かべられたレモンを軽くマドラーで押した。途端にカクテルの色が淡いものに変わる。炭酸の泡が、弾けた。
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