第16話 「あれはどっちも偽物ってことさ」
「たぶん僕は、君に結構協力できると思うよ」
「え?」
「僕は今、LB社に勤めているんだ」
偶然とは、こういうものだろうか、とディックは思った。
「勤めて? ……けど君は、確か、D伯に昔、引き取られて……」
「まあね。でもそれは昔のことだよ。あれから、色々あった。D伯の所にずっと居た訳じゃない。君だって、色々あっただろう? 小さい頃から今までには」
「そうだね」
ディックはうなづく。そう、確かにそうだ。
「だからそれはまあ、今はなしにしておかないか? 僕は、ディック、今の君のほうが興味あるね」
「だけどシェドリス、君だって、LB社勤務なら、結構なものじゃないか」
「さてどうかな。まだほんの見習いのようなものさ。何年か、本当に下っ端の下っ端をやってきたんだけど。ようやく、これから、ってところかな。それでここにやってきた次第さ」
「へえ」
ディックは大きくうなづいた。
「まあそれでも、会社に入り込むことは、僕の顔で何とかできるよ」
「……じゃあ、またいずれ、文献とか漁らせてもらおうかな。何と言っても、君の会社、何か実にガードが固くて。……でもそんな会社なのに、いいのかな」
*
いい訳ないだろう、と遠目に二人の会話を読んでいた鷹は、つぶやいた。オリイはそれに気付くと、テーブルの上にするり、と文字を連ねる。
『偶然なんて、無い』
「そうだよ偶然なんて無い。シェドリス・Eと名乗ってる奴は、明らかに、あのディック君を狙ってきてるのさ」
『だまされてる?』
「いや、そうとも限らないだろ。ディック君にしたところで、彼は彼で隠していることはあるだろうし」
『隠している?』
「つまりはね、オリイ。あれはどっちも偽物ってことさ」
オリイはそれを聞くと大きくうなづいた。
「確かにその昔、ディックという子供と、シェドリスという子供が、この街で育ったのは事実さ。だけど、今ここに居る二人はどっちもそれじゃない。ホッブスが言っていたよ。あそこに居るディックは、数年前に、どさくさに紛れて同じ名の人間の籍を入手した奴だ」
まあだがそれはいい、と鷹は思う。それはよくあることだ。
「問題は、何故彼に接触するか、なんだ」
『何で?』
「それがいまいちね……」
ふうん、というようにオリイは首をかしげる。
実際、材料は揃いつつあるのだが、その材料が、どうつながってくるのかが彼にもよく判っていない。
最終的な目的だけが、彼等には判っているだけだ。すなわち、皇族の訪問の阻止。そしてそれを計画するのが、皇族と同じ…… 自分と同じ天使種だった場合。
天使種は天使種の弱点を知る。どうすれば効果的に阻止できるか。ひいては完全に抹殺する方法にしても。
『LB社』
「うんそうだ。ポイントはそこなんだけど。それ以前に、何で奴は、シェドリスを名乗ってるのか、っていうのも気にはなるんだよね」
『何で』
「シェドリス・Eってのは、このウェストウェスト星域において、裏でかなりの力を持っているD伯爵の身内の一人の名だからね」
そう。下調べの段階でもそうだったし、ホッブスから聞いた話もそうだった。
あの昔の戦友は、十五年ほど昔のシェドリスとディックを知っていた。
だが彼の持ってきた3Dフォートに映る、現在のシェドリスを見て、同一人物だと判断した。
成長すればそれなりに人間は変わるものだが、どうもポイントさえ同じなら結構同一人物と言われればそう思うものらしい。曖昧なものだ、と鷹は思う。
「……もっとも、D伯の『身内』の、当時少年だった者は、決して彼一人じゃないし、しかもシェドリス・EはD伯の元からある日いきなり消息を絶っている」
『いなくなった?』
「かどうかは判らないんだけどね。とにかく、マルタが言うところには、そうらしい」
マルタは頼んだ情報はできるだけ速く自分の元に送ってくる。Secret Gardenの中において、園主の側に居る彼女は、各地に飛ぶ園丁達に指令と情報を渡す役割だった。
まあ自分に関しては、指令と情報以外のこともしてくれるのだが。
そういえば、と彼は思い返す。
この相棒は、自分がそうやって指令と情報とそれ以外を受け取った後、あまりいい顔をしない。表情が変わる訳ではないが、何となく不機嫌そうなのだ。マルタについても決していい態度はとらない。それは昔からだ。だったら別に慣れてもいい筈なのに、と思うのだが、この態度は本当にずっと変わらない。
何故だろうか、と考えないこともない。考えられない訳ではない。いや、冷静に頭を働かせれば、もしくはそうでなくても、気付くことはたやすい。
ただ考えることを避けているふしがあることに、鷹は自分でも気付いてはいた。
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