第11話 絶滅種、シャンブロウ種
「女は悲鳴を上げて男の元に走り、その梁を、持ち上げまではしないが、男の身体から外したらしい。その髪で。既にその時には、全部がとんでもない長さに伸びていたらしい。女が念動力を持っていると思っていた団員達すら、その光景には寒気がしたらしい」
「だろうな」
「女の髪の毛は、四方八方に広がり、そして次の瞬間、男の身体を抱きしめたんだが、その時髪が男にかぶさり、蜘蛛の糸のように巻き付いてくるんでしまったらしい。さすがに誰も近寄れなかったのだが、やがて女の様子がおかしくなった」
「……おかしく? 狂ったのか?」
「いやそうじゃない」
ホッブスは首を横に振った。
「女は、身動き一つしなくなっていた。幕を下ろした舞台に、団員が駆け寄ると、女は、息絶えていたんだという」
「死んだのか」
「死んだ。完全に、死んでいた。男に覆い被さるようにして、抱きしめたまま、眠るように死んでいたらしい」
「何でまた。ショックか?旦那が死んだことの」
「だとわしも思ったさ。当初はな。だがそれでは済まなかった。団員の一人が、変にあちこちを巡って流れ着いた奴で、そいつが、その女の死に方を見て、言った訳だ。『こいつはシャンブロウだ』」
「……シャンブロウ、だって?」
鷹はその時初めて、声を荒げた。
「ちょっと待て、シャンブロウ種は絶滅種の一つじゃなかったのか?」
「わしもそう思う。だが、絶滅は、完全に確認された訳じゃない。広報がそう発表したところで、それこそ、あの女のように、無口な髪の長い美女というだけで、ずっとひっそり暮らしていたりするかもしれん」
鷹は下唇を軽く噛む。
シャンブロウ種。その何処の言葉とも知れないような名前を持つ種族は、現在帝都の公式発表では絶滅とされている。
天使種は、戦争中、ある特徴を持つ稀少種族をことごとく戦争という状況の元、絶滅に追いやっていた。それはその一つだった。
「……そもそも、我々はあの種族について、大したことは知っとらん。長い髪を自由に動かし、その髪で、人間の生気を奪って生きていく人間のある種の変化種。その程度にしか知らない訳だ」
「ちょっと待て、じゃ最初に女がやってきた時の変死体は」
ホッブスは首を横に振った。
「そうかもしれんし、そうではないかもしれん。ただ、その時に、そのことが街の人間の間で思い起こされたのは本当だ。……悪い噂というのはあっという間に広がる。『あの女はシャンブロウ種だった』『あの女はここに来る時に船員の生気を食って生きてきた』あげくの果てが、『あの女は亭主を殺した』」
「そうなのか?」
「わからんさ」
ホッブスは再び首を横に振った。
「とにかく亭主が死んだのは事実だし、その時女も死んでしまったから、何がどうしてああなったかなんて、誰も知りようがない。男が女をシャンブロウ種だと知っていたかどうかすらわからん。それを知っていた上で女房にしたのか、全く知らなかったのか、さっぱりだ。ただ、その疑問が一通り過ぎ去った時、次の問題が発生した」
「次の問題」
「子供だ。あの男の子供、ということは全く問題にならなかった。とにかくあの女の産んだ子供だ、ということだけが問題になった。何と言っても、あの子供は、あの女にそっくりだった。それが連中の神経に障った」
「女がシャンブロウなら、子供もそうではないかと」
「そうだ」
鷹は目を軽く細める。
シャンブロウ種が絶滅したことに関しては、その種族に対する知識が少ないにも関わらず、批判の声が他の稀少種族に比べ、さほど上がっていないことを彼は知っていた。
「つまり、女同様、子供も化け物ではないか、と。モンスター・パァクの連中がそう言い出した訳だね」
念を押すように鷹は言った。その口調にホッブスは軽い寒気を覚える。
「仕方なかろうて…… 何せシャンブロウと言えば、人間の生気を食って生きている、というのが通説だ。それは貴様も知っているだろう」
「ああ一応ね。だけど本当にそうなのか、俺は知らないし、本当にそうだったところで、それが絶滅の理由になるとは思えないね」
吐き捨てるように彼は言った。
「俺達は生きるために他の生物を食ってる。生きるためでなくても、戦争が起これば同じ種族でも、食いもしないのに、ただ無意味に殺す。生きるために殺すのと、どっちがましなのやら」
まあいいさ、と鷹はそう言って言葉を切った。
「で、そのいたいけな化け物の子供に対して、この街の人間はどうした訳?よってたかって、両親を無くしたばかりの子供を、ついでに抹殺しようとした訳?」
「しようとはした」
「ふうん」
「……だが逃げられた。……しかも逃げ込んだのは、うちだった」
「ほぉ」
とととん、と鷹はテーブルの上に指を走らせる。
「さすがにわしゃ困った。どうしたらいいか困った。殺すのは嫌だった」
「優秀な傭兵だった君がねえ」
「昔のことだ! それにわしも一応知っていた。よく買い物に来ていた。それが、いきなり化け物だからと言って、よってたかって殺そうとする連中に渡せるか?」
「それで、俺がちょうどやってきたから、ちょうどいいって渡したと」
「そうだ」
「体のいい厄介払いだね、ホッブス君。君は俺がその化け物に生気を吸い取られて殺されるとは考えなかった訳?」
「考えた。考えたさ。だが」
「まあ賢明な選択さ。おかげで俺は君に貸しができたしね」
ふふん、と彼は口元を上げた。
「そして俺はあいにくぴんぴんしているよ。あれは元気だよ。綺麗になった。一度連れてこようか?きっと嬉しがるさ。自分を助けてくれた優しいおじさんってね」
「よしとくれ!」
ぶるぶる、とホッブスは全身を震わせた。
「ま、そんなことはしないさ。俺も大事な相棒をそんな街に行かせたくはないからね。連れてはこないよ。そのかわりもう一つ聞きたいことがあるんだがね」
「……な、何だ」
「これだよ」
その手の中には、先刻ディックがレ・カで見せた顔があった。
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