第10話 モンスター・パァクの『蛇女』
「で?」
鷹は続きをうながす。ホッブスは、背中に油汗が流れるのを感じた。酒のせいだ、と思いたかった。だがそれは期待に過ぎないことを彼自身知っていた。
「3D合成の機器も、徴収されて、末期あたりは、もう機材と呼べるものは何も無かった。そんな時に、あの女が迷い込んできた」
「迷い込んで」
「本当に、迷い込んできた、とか言い様が無い。密航してきたらしいな。荷物も何も持っていなかった様だ。それこそ身一つで」
「そんなことがよくできたな。あの時期だろう?」
「そう。あの時期だ」
そう言ってホッブスはコップを置いた。
「こんな若い、綺麗…… そう、綺麗な女だった。黒い、長い髪を頭にぐるぐると結っていたな。白いぴったりとした、袖の無い、膝丈くらいのワンピィスだった。今でも覚えている。そう、あんな軽装で、プレィ・パァク行きの荷物を運ぶ船から出てきて、連れ出された時、誰もがびっくりしたものさ。だがその綺麗さと、若さと、女であるということから、その女は見逃された。幸いにして、船に事故はなかったからな。こういう戦争状態で、そんな若い女が一人でこっそり忍び込んでいる、なんてけなげじゃないか、と街は女を迎え入れた訳だ。まあ、多少は別の目論みもあったらしいがな。綺麗な女だし」
「泣かせる話じゃないの」
「まあな。だから、その時、その船では、航行中、一人船員が奇妙な死に方をしていたことは、無視された」
「奇妙な死に方」
「何って言うかな。枯れてた、らしい」
「枯れて?」
鷹は問い返した。
「ドライフラワーは、貴様らの文化範囲にあったか?」
「話くらい聞いたことがあるが、見たことはないね。だいたい何だってわざわざ生きてる花を枯らすのかね。花なんて貴重だったんだ。俺の母星では」
「そんなことはどうでもいい。とにかく、形を残して、からからに干上がらせてしまう。人間の、干物だ」
ひゅう、と彼は口笛を軽く吹く。
「それはそれは」
「……まあ操作を間違えて、乾燥庫がどうとか、色々考えられたさ、だけど戦争中だ。身よりのない一船員の変死は、すぐに忘れられた。そしてそのうち、女は、この街のプレィ・パァクに勤めだした」
「モンスター・パァクに?」
「いや、当初は、ごく普通の接客商売だった。時には、それ以上のことを仕掛けてくる男もあったが、無口な女でな、綺麗は綺麗だったが、それ以上の手を出そうという気にはならなかったらしい」
無口ね、と鷹は内心思う。遺伝という訳ではあるまい。
「喋ることは喋るんだろう?」
「一応な。だが片言だった。文化領域が違うのか、とも思ったので、皆そっとしておいたらしい。そんなうちに、女はモンスター・パァクの支配人に目をつけられた」
「それは、どっちの意味で? 役者? それとも」
「当初は、女としてだな。女は無口だったが、確かに綺麗は綺麗だったから、綺麗なもの好きなあの男の目についたんだろう。まあ根の悪い男ではなかったさ。だから女もなびいたらしい。だが男の驚いたことには、女は、自分には奇妙な特技がある、と言ったことだ」
「特技」
「軽い念動力が自分にはある、別に機材を使わなくとも、メデウサの役はできる、と言い出したらしい」
「どういうつもりで言ったのだろう?」
「さあね。生きてくうちでの特技はどんなものでも見せたほうがいいと思ったんじゃないかね」
そういうものだろうか、と鷹は疑問に思う。
そういう類のものは、紛れ済むには決して外に出さない方がいい類のものだ。手の内を見せることは、リスクも伴う。
「男は女がやってみせるそれを見て、目を見張ったらしい。モンスター・パァクのモンスター役者達は、その時期、確かに少なかった。少ない役者をフル回転させている状態だったからな。自分の女であれ何であれ、使えるものは使いたいところだったろう。ただ、そこで女は条件をつけた」
「条件」
「男の好意も仕事も両方引き受ける。そのかわり、自分にそのちゃんとした形をくれ、と言ったらしい」
「つまり?」
「正式に結婚しろ、ということだ」
「はあ。それは難儀な」
「だがまあ、男は貴様のように根が悪い人間ではなかったから、女の言うとおり、ちゃんと籍に入れてやり、披露もし、それこそ本当にれっきとした『妻』として扱ったさ。女はそれまではただの『通過者』だったが、そこで定住する権利を得た。そしてモンスター・パァクの『蛇女』も、それにふさわしく、綺麗な舞台を設定して、自分の妻をただの化け物のようには見せないようにした。そしてそれは当たった」
「いい事じゃない」
「そこまではな」
ホッブスはそう言って、コップの中を再び満たした。
「やがて二人の間には子供も生まれた。子供は女によく似た男の子だった。言葉を喋らなかったのが、父親となったその男には痛々しく思えたのか、だから子供が4つ5つになるくらいまで、ずいぶんと可愛がっていたのを、わしもよく知っている。抱き上げて頬ずりしたり、キスしたりとかよくしているのを見かけたものだ」
「……」
「ところが、子供が5つの時だ。その男が、急な事故で死んだ」
「事故」
「これは本当に事故だ。ただの、事故だ。舞台の袖で、女がショウを演っている時のことだ。……舞台の上から、横梁がどう緩んでいたのか、落ちてきた」
「落ちて」
「それは、本当に、ただの事故のはずだった。だが、それを女が、その瞬間を見てしまった。それがいけなかった。女は、その時、『本物のように見える偽物』の演技をしていた訳だ。ところが、女は『本物』だったから、自分の旦那の危機を見た瞬間、掛け金が飛んでしまった」
「掛け金が…… って、念動力の」
「……と皆、団員は思っていた訳だ。団員にはそう言っていたからな。男もそう思っていた。だが違った。女は本当に、『蛇女』だった訳だ」
鷹はとん、と指先でテーブルを一つ叩く。
「女は、髪の毛を念動力で動かしている、のではなく、髪の毛が動く体質だったのさ」
「は?」
「伸びたんだ。その瞬間」
ふと、鷹の目の裏に、同居人の姿が浮かんだ。いつまで経っても、伸びない髪。
「女は、とっさのことに、その落ちてくる横梁をその髪の毛を巻き付けて受け止めようとした」
「そんなこと…… できるのか?」
頭にそんな光景を描く。舞台の上のゴーゴン。その蛇の鬘の中から、黒い髪の毛が、生きているかのように突き抜けて。
「できたはずなんだ、と思う。わしもその場に居た訳じゃないから何とも言えんが、見た奴の話じゃ、確かに一瞬、髪の毛に巻き取られた梁は、動きを止めそうになったらしい。だが」
「駄目だった」
ホッブスはうなづく。
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