第8話 好きで物騒な人間で居るかもしれない

 じろり、と新聞とのにらみ合いを再開していた店主は、扉から颯爽と入ってきた客をもそのままの視線でにらみつけた。

 濃い色の細身のジャケットをすっきりと身に付けた客は、それを見て、すかさずにっこりと返す。


「久しぶりホッブス君。良かったちゃんと生きていてくれたんですねえ」

「ふん。貴様になんぞ、会いたくはなかったわい」


 店主は声を張り上げる。くっくっく、と鷹はレジに近づきながら口に手の甲を当てて笑う。


「相変わらず。まーあ、そういう口がきけるうちは大丈夫ですね。俺は嬉しいですよ」

「……いい加減に用を言え、鷹」


 店主は低い声で返す。昨日いきなり訪問を告げる通信が入った時には、心臓が止まるかと思ったのだ。もう身体も老い、無駄に肉がつき、心臓にも良くない。そんな時に、こんな悪い通信が入ってくるなんて。

 だがこの歳をとらない昔の知り合いは、昔と同じ顔で、余裕いっぱいで話し続ける。


「まあ話というのは実に長くなるんで通信じゃあまずいと思ってたんですよね」

「通信で良かった!わしゃお前に長居されるのは好かんのじゃ!さっさと用件を言え!」

「そう言わずに。かつての戦友でしょ」

「わしゃ天使種は好かん! 好かんと十年前に言っただろう! 忘れたのか!」

「覚えてますよ、そんなこと。できれば君の健康のためにも会わないでいようかな、と思ったんですけどね。だけどホッブス君、君には俺に一つ借りが無かったですかね?」


 ずい、と鷹は不敵な笑みのまま、店主に近づく。途端に店主の表情が曇る。


「……何のことだ」

「あいにく俺はまだ生きてるってことですよ」


 店主は新聞をあらためて畳んだ。がた、と音をさせて椅子の向きを変える。


「……貴様、あれはどうしてる。殺したのか?」

「そんなこと」


 鷹は目を大きく見開く。


「俺がそんな、情け容赦ないことする訳ないでしょ。君には気の毒ですけど、今もうちに居るんだよね。可愛いものじゃないの」

「まだ? まだ居るっていうのか!」

「ついでにいいことを教えようか? 今あれも、この街に居るんだよ?」


 何、と店主は立ち上がった。それは彼にとって予想されたことだったので、鷹は余裕の笑みを浮かべたままである。


「それで、君に聞きたいことがあったんだ」

「……貴様なあ……」

「答えてくれるよね? ホッブス君」


 鷹が十年と少し前、オリイを手渡されたのは、昔馴染みのこの男からだった。彼が粛正の対象に入れられてから、点々と居場所を変えていた頃だった。

 元遊園地コロニーのルナパァクは当時、他のコロニー同様、戦争の後始末の混乱状態だった。

 特にこのコロニーはひどかった。何せ元々が遊園地として作られた訳なので、決してそこは生活空間用にできている訳ではない。だが、ちょうどその頃、この場所には、生活をするために人々がどっと入り込んできたのだ。

 戸籍やら何やら、そこに居る人間が、そこにずっと住んでいた人間なのかを証明するためのデータが、その時期、曖昧になっていた。

 ウェストウェスト星系は、母星のデータは母星にあったが、コロニーのデータはそれ専門のコロニーに蓄積されていた。何かあった時に、そこだけ切り離して母星に降りればいい、という考えからそこに集中されていたらしいが、それが裏目に出た。

 だがそんな混乱状態は、彼のように追われる身となっている者にはちょうど良かった。上手く操作すれば、十年間は有効な戸籍をも手に入れられる。

 また、それを目算に入れた商売も出てきていた。散逸した情報の売買を副業にする者が非常に多かったのもその時期である。

 そして、そんな時期に彼は、30年程前に戦場で一緒に戦っていた知り合いのもとを訪ねていた。ただし、その戦友は、その時まで、彼が天使種であることは知らなかった。

 その時の驚愕の顔ときたら。

 鷹は口の両端をきゅっと上げる。そういう反応を見るたびに、彼はおかしくてたまらない。

 天使種に対する、変化の無い種族の反応など、そんなものだ、と思いつつ、ついおかしくてたまらなくなるのだ。


「あの時、戦争で親を無くした子供なんだ、と言って君は俺に、オリイを渡したね。まあ間違いではないだろうが。そのあたりの事情を詳しく聞かせてもらいたいと思ってね」

「……詳しくは、知らん」

「じゃあ詳しくなくてもいいよ。それに君がそこまで驚かなくてはならないくらい、あれは、俺をどうかさせる生き物なのかい?」


 店主は強く眉を寄せる。

 ホッブスはレジの場所を抜け、入り口へと向かった。そして外に「本日休業」の看板をぶら下げる。


「悪いねえ。わざわざ休みにさせてしまって」

「……誰のせいだと思ってる……」

「大元は、君だよ」


 そう言われてしまったら、店主も返す言葉が無かった。確かに、自業自得なのだ。この男が、生きている筈が無い、と思っていたのだ。あの化け物に、取り殺されてしまった、と思っていたのだ。

 鷹は勝手にそのあたりにあった椅子に座り込み、腕組みをしながら、目の前の昔の戦友の十年少し前の姿を考えていた。

 全くもって、普通の人間というのは、どうしてこうしてこうも変わるものか……

 もっとも、自分の被保護者兼同居人兼相棒も、ちゃんと時間を積んでいるのだ。出会った時には、まだ彼の腰のあたりくらいしかなかった気がするのに、今では腕を伸ばして、少し背伸びをすれば、キスだってできるのだ。

 でも。

 彼は思う。もう数年もすれば、同居人は、自分の歳を追い越していくのだろう。そうしたら、自分は。


「まあ中へ来い」


 店主は立ち上がり、奥へ続く扉を開けた。


「おや、いいの?」

「店で貴様のような奴と話す内容を大声でして、聞かれたらどうする」


 別に好きで物騒な人間で居る訳……

 かもしれないな、と彼は苦笑した。

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