第7話 狂ってしまったタイプの都市

 レ・カに刻まれたメイル画像は、流暢にホッブス氏に語りかける。


『久しぶりだね。僕のことなど忘れてしまっているかもしれないけど。ただ、今度僕はそちらに仕事の関係で行くことになったんだ。それで少しでも、昔の友達に、声をかけているところなんだ……』


 人懐そうにスクリーンの中の青年は、笑顔を浮かべている。黒いやや長めの髪に、淡い青の目。


「どういう奴だったんだい? ホッブスさん」

「いやあ、可愛い子だったよ」

「あんたがそういうんだ。そりゃあかなりだね」


 ディックはそう言いながら、身を乗り出してスクリーンをのぞき込む。


「確かに美形だけどさ。このおにーさん」

「……じゃろ。当時も可愛かった。そのまま綺麗に育ったようだな……だが」

「だが? 何なのよ」

「確かシェドリス坊は、D伯爵の館に引き取られたはずじゃ。何で今頃、ここに『仕事』で来るんじゃろうな……」

「そらまあ、D伯の身内だったら、この領地のルナパァクの悲惨さに目を背けられなかったんじゃないの?それともそういう意味ではない『引き取られた』?」

「さぁて」


 ホッブス氏は肩をすくめた。そしてレ・カをすっとリーダーから引き抜く。スクリーンの青年もそれと共に消えた。


「何もう終わり?」

「正体は判った。それでいいだろう?」

「ま、それはそうなんだけどさ」


 レ・カを受け取ると、彼は再びポケットの中に戻した。気になるのはおっさん、あんたの態度だと思うけどね。彼は内心つぶやく。


「……今日は客が遠方はるばる来るからな。お前の相手ばかりしている訳にはいかないわい」

「へ? 客?」


 それは珍しい、と彼は思う。そしてそれじゃあまたね、と手を上げると、彼は店を出た。

 ふとふらり、と店の前で彼は空を見上げる。青い空、雲の向こうに、うっすらと「向こう側」が見えている。円筒形コロニーの典型的な「空」だ。

 もう少し視線を下げると、そこにはその空に突き刺すように、高いビル、低いビルともっと低い建物がごちゃごちゃとひしめきあっている。ホッブス氏の店は、「低い建物」の一つだ。標準アルファベットと、中華文字が無造作に交差している看板。赤い中華文字で「雑貨屋」、黒いアルファベットでDrugstoreと書いてある。

 湿った風が、時々吹きすぎる。天候は、作られた当時とはやや異なってしまったこの街の形に影響する。この都市は、そういう意味では、明らかに狂ってしまったタイプだ。

 元々は、リゾート地だったらしい。何せこのルナパァクという地名自体、遊園地の名前だったのだから。

 コロニーの中心を貫く、金属の交差で出来た塔は、「向こう」と「こちら」を結ぶ。昇るエレヴェイタは、真ん中で入れ替え、降りていくこととなる。「貫天楼」と呼ばれたその中心は、製作当時、観光スポットという点においても中心的存在だった。

 そこから四方八方にもエレヴェイタが通り、「向こう」と「こちら」のプレイ・パァクをつないでいた。そこらかしこで明るい音楽が鳴り響き、電飾は輝いていた。高級ではなかったが、誰もが気楽に楽しめる、プレィ・パァク。

 だがそれは、過去の姿だった。

 今のこの都市は、遊園地ではない。遊園地は、戦争の時代に、その姿を変えてしまった。

 かつてのモンスター・ランドは、故郷を追われた稀少種族が隠れ住む場所となり、明るく楽しい音楽が鳴り響いた路上には、楽器一つを抱えて声を張り上げる青年が立ち並ぶ。

 毎日専門の清掃人がやってきて、執拗な程に街路樹の落ちる葉を集めていた道は、無計画に立てられたビルの間を吹き抜ける風に、塵を舞い上げる。

 彼が愛する、この雑踏。

 彼はディックだが、ディックではない。この街にやってきた時に、ディックという名前と場所を手に入れた。元の名前もディックと言った。だからそれは違和感がなかった。

 この街の人間の大半が、そんな人間だった。

 上着のポケットに手を入れ、彼は煙草を取り出す。細身のそれに火を点けようとした時だった。


「すいませーん。火貸してくれませんか?」


 明るい声が、彼の耳に飛び込んできた。明るい。実に明るい。それは馬鹿がつくほうの明るさではなく、耳の中に、いきなり光が差し込んだような、明るさだった。驚いて、彼はその声の主を見る。

 声と姿が合っている人間というのは、意外に少ないものだが、彼はその時、おや、と思った。明るい栗色の髪。やや骨格がきつめの印象を受けるが、気になる程ではない。

 そして何よりも、その髪と同じ色の大きな瞳が。


「や、ありがとう。さっきそこの店から出てきたけど、煙草、売ってるの?」

「あ、俺はそこのおっさんの知り合い。何、あんた客?」


 不思議な程にすらすら、と言葉が出てくるのを彼は感じる。


「客だよ」


 そう言って、鷹は笑った。


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