第6話 「あんな化け物じみた連中が支配権を握るなんぞ」
「全く世も末じゃて」
ちら、とディックは帽子を取りながらその声のほうを見た。
ホウキや羽根ばたきを差したメタルの筒の幾つか置かれた陰に椅子を置き、友人の雑貨屋店主は、いつもの様に、苦虫を噛み潰したような顔で、新聞を開いていた。
ディックは箱の中から林檎を一つ取り出すと、大きな黒い鉄のかたまりのレジスターのそばにコインを一つ置く。その音で、友人は顔を上げ、眼鏡の縁をつまんだ。
「何じゃお前。仕事はどうした仕事は」
「その仕事の途中なんだってば。これ、もらってるよ」
そう言いながら、しゃく、と彼は服でこすって磨いた林檎を大きくかじる。全く、と言いながら、店主はコインをレジスターの中に入れた。チン、と大きな音が、そこに一瞬響く。
「それにしてもホッブスさん、何か面白い記事でもあったのかい?」
「いんや。つまらん記事だけじゃ。何だお前、いい一人前の若者が朝読んで来なかったのか」
「あのねえおっさん。今朝は忙しかったんだよ、ちょっとしたトラブル……」
「ふん、またあのサァラちゃんと朝っぱらからケンカか」
「またって…… こないだだけだろ。それもさ、あいつが何かいきなり突拍子もないこと言い出すからだよ。俺はリアリストなの。あいつのおとぎ話にはつきあってられないって」
「……まあいいけどな。まあ読め」
そう言って雑貨屋店主は、この息子…… 下手をすると孫くらいの歳の友人に新聞を折って投げる。ほい、と彼は林檎を口にくわえたまま、慣れた手つきでそれを器用に受け止めた。
巻頭の記事に目をやる。へえ、と紙の上に指を当てると、3Dフォートが浮かび上がった。
カーキ色に赤のラインの軍服。つい数年前まで、あちこちでその姿が見られた。
「……ふーん。帝都の皇室の奴らの今回のここいらの巡回ルートか。そりゃあまああんたにゃそうだろうねえ」
「ふん。何が皇族、だ。わしは今だにそんなものよく知らん。そういうのは、歴史や功績のある家系が何か知らないうちに名乗るもんで、わざわざ戦争で覇権を握った種族の名称じゃなかろうて」
「そんなこと言ったってさ、言ったもん勝ちだぜ」
彼はざっと新聞を閉じる。
「そりゃまあ、そうだがな」
「単に天使種が嫌いなんでしょ」
「当然じゃ。あんな化け物じみた連中が支配権を握るなんぞ、それこそ世も末だ」
また口ぐせが出た、とディックは声を立てて笑った。
「それよりお前、何しに来たんじゃ。仕事の途中じゃないのか」
「ああそうそう。俺、ホッブスさんに聞きたいことがあったんだ。今、時間いい?」
「何じゃいあらたまって」
老境に差し掛かった店主は立ち上がり、手を後ろに回して、レジの奥から出てくる。
「うん実は」
ディックはジャケットの内ポケットから、一枚のカードを取り出した。ホッブスはそれをつまみ上げると、何度か表を見、裏を見た。
「レ・カか」
「そ。こないださ、しばらくぶりに料金を支払ったら、色々ポストに溜まっててさー……もう大変。整頓も何も、ぐちゃぐちゃ。俺に来たメイルと彼女に来たメイルがここんとこごっちゃになっていてさ」
「それでまた別の女の子からのメイルを見られたとでも言うんじゃなかろうな?」
「それはそれ。これはこれ。あいつにだって結構な数の、ヤローからのメイルもあったんだぜ。まあそれはどうでもいいのよ。で、まあ昨日一昨日かけて、二人して手分けして整理してたんだけどさ、一つだけどーしても俺もサァラも知らない奴があってさ」
「ふむ」
店主は、白く太い眉を寄せる。途端にその顔の皺が深くなる。
「無目的爆弾かな、とも思ったからさ、一応、彼女にソフト借りて、ガードなんかないかな、とか探ってみたんだけど、そういうものでもないらしいし…… で、開いたんだけど」
ディックは口の端をぽりぽりと引っ掻く。
「ぜんっぜん、俺やっぱりさっぱり判らないのよ。だからあんたなら判るかなあ、と思ってさ。ホッブスさん」
店主は立ち上がると、店の隅から、金属のかたまりを掴み出すと、どん、とレジスターの横に置いた。そしてそこから小さなスクリーンを引き出すと、レ・カを差し込む。
ぷ、とスクリーンが明るくなる。数秒の砂嵐の後に、青い色が広がった。
そして次の瞬間、一人の青年の笑顔が映し出された。ひとことふたこと、その笑顔の青年はスクリーンの向こう側の店主に向かって話しかける。
「なるほどお前には心当たりがない訳じゃな、ディック」
「ふふん、やっぱりそういう意味かい?」
「ああそうじゃ。これはディックの幼なじみだからな。シェドリス・E。ほんの子供の時に出て行ったから仕方なかろう……」
やっぱりそうかい、とディックは歯をむきだしにして笑った。
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