第2話 粛正の時代来たる

 粛正の時代だった。

 戦争が終わったと思ったら、次はそんな時代だった。


 星間共通歴579年。


 数年前、その戦争を終結させたのは、人類が進出した宇宙の中では、片隅にあたるアンジェラス星域に住む少数民族だった。

 誰が、いつ、何のために戦争を起こしたのかすら、長い年月の中でそれは曖昧になった。

 理由はその場所ごとに違い、その時間ごとに異なっていた。

 ある場所のある時間では、それはあくまで防衛のためだったし、ある場所では、それに乗じた革命やクーデターだった。またある星域では、それは覇権争いであり、さらにまたある場所では、稀少種族狩りの名目と化した。


 「戦争」という名をつけて、混乱は正当化され、その混乱がまた更なる混乱を招いた。

 そして「戦争」というものの実体は、次第に空洞化した。

 戦争が始まってから生まれた人間は、その時代が果たして「普通」のなのかそうでないのか、考えることができない。そこに「在る」時代、それが彼等の現実であり、日々の暮らしなのだ。

 たとえ、軒を並べるお隣同士が実は監視しあう間柄であったにせよ、それが日常ならば、それを続けなくてはならない。

 人間は慣れる。たいていのことには。


 ……さてそんな「日常」を破壊したのが、その一種族だった。

 現在の「帝国」の中心である帝都本星からは、やや離れた所にその星域はある。

 アンジェラス、とその星域は呼ばれている。

 辺境だった。現在の帝都本星から360゜の星間地図を立ち上げた場合、その方角には、アンジェラス以外、何一つとして、居住可能な星域は存在しない。

 そもそもの人類の移民の歴史においても、その方角へと船を出したという記録は存在しない。

 流れ着いたのだ、という説もある。だが当のアンジェラス星域の人間は、その事については口を閉ざす。彼等は自分達の過去については口を開かない。

 過去だけではない。彼等は、現在の自分達に関しても、決して口を開こうとしない。

 その理由というのが。

 その辺境の一種族にすぎなかった彼等が、この戦争のせいで、急激に力を持った理由というのが。

 彼等が不老不死の身体を持つ、ということだった。

 最強の兵士とは、死なない兵士である。

 彼等はその特性と、その出身の星域の名をもじり、「天使種」と呼ばれ、怖れられるようになった。

 その最強の兵士達は、やがて最強の軍隊となり…… なりゆきのように参加していた戦争は、やがて彼等が主役となった。

 最強の軍勢は、やがて全星域をその手に入れた。


 当時軍を掌握していた司令官クラスがそのまま占拠した地を「帝都」として、母星への航路を塞いだあたりから、次の行動は始まっていた。

 彼等は、決して一枚岩ではなかったらしい。

 見かけは皆変わらぬ彼等ではあったが、その中には、強固なヒエラルキーが存在したらしい。


 「らしい」。それは彼等種族の中のみに存在するものらしいが、それは外部の種族には判らないものだった。

 だがそれは彼等の中では絶対的なものであり、そのヒエラルキーの中で「下」である者は、「上」の者に逆らうことはできなかったのだ。


 ……できなかった。


 それができるようになった時。

 下士官が、上官に向かって銃を向けることが、彼等の無意識の圧迫を突破して、可能になった時。

 それが粛正の時代の始まりだった。


   *


 その駅に降り立った時、ふう、と鷹は立ち止まり、大きく天井をふりあおいだ。

 高い天井。屋内にあるというのに、プラットホームは何線もの車体が頭を並べている。

 これは「チューブ」と呼ばれる近距離小衛星間軌道の、人類の進出星域あまたある駅の中でも、この線の特徴だった。あずき色をした、四角い形の車体が、数両並んで軌道を走る。

 久しぶりだった。

 と、背中に衝撃を感じて、彼は振り向く。相棒が、ぶつけた顔を指の腹でさすっていた。

 どうやら不意に止まられたので、バランスを崩したらしい。何やってんだよ、と言いながら彼は相棒のさすっていた頬に触れる。


「さて、行くか」


 オリイは保護者兼相棒の手を取って、うなづいた。

 プラムフィールド、とその駅は呼ばれている。

 星間位置的には、そこは「辺境」ではないが、帝都本星からはある程度の距離をおいた星域だった。ただ、その星域は、その母星よりは、その周辺によって人々には知られていた。

 鷹は駅舎を一歩出た時に、そこから見える多数のチューブが交差する姿を見た。


「ほらごらんよ、またずいぶんと慌ただしく出てくもんだね」


 オリイは首をかしげる。


「前に来た時より、また本数が増えてる。だいたい五分に1本の割合だな」


 確かにそうだ、と鷹は自分の中で繰り返す。確か前に来た時は、チューブの各線は、十分に1本くらいの割合だったはずだ。もっともその時期は、戦争も全面的に終結したばかりだったので、その復旧に追われていたのかもしれない。

 だがそれにしても、本数ばかりではない。このプラムフィールドの駅舎も、あの頃とはやや変わっている。ずいぶんと現在のこの支配人はがんばったのだろうな、と彼は素直に考えた。

 実際、あの戦争の初期、百を越える数のコロニーがここにはあったはずなのだ。

 この星域…… ウェストウェストと呼ばれている…… は、その本星よりは、その周囲に多数置かれている筒型コロニー群によって、よく知られている。

 そしてこのコロニー間は、船ではなくチューブで結ばれているのだ。その方が当時高速で、コストも安かったのだ、と彼も聞いたことがある。

 ただ、それは戦争が無かった頃の話だった。

 その「高速で安価」なチューブは、無論敵の目標となったのだ。そして結構な数の軌道が破壊され、その駅である各コロニーも何十と破壊された。

 現在残っているのはおよそ三十足らず。その殆どが、一般庶民の生活区よりは、それ以外の目的で開発された所である。

 そしてルナパァクも、その一つだった。

 手を取られる感覚があって、鷹は相棒に視線を移す。オリイは彼の手の中に、「彼女」「来るの?」と書き付けた。


「ああまあ。俺達より先に来ているはずだな。……オリイお前マルタを嫌いなの?」


 「NO」と単語がつづられる。


「……ならいいけどさ。同僚と言ってもありゃ一応俺の上司みたいなもんだからね。も少し愛想よくしてくれない?」


 オリイは首を曖昧に回す。鷹は大げさに眉を上げると、肩をすくめた。


「……ま、いいけどさ、今夜食事を一緒にしようって言っていたから」


 鷹は、まあそれでもいつものことさ、と内心つぶやいた。オリイが彼女に対してこうなのは、今日に始まったことではない。

 相棒は、相棒になる前、まだただの被保護者であった時から、彼女のことは避けているふしがあった。人見知りする質なのだろう、と思って慣れるまで放っておいたら、どうやらそういうものでもないらしい。

 だがそれは放っておいてしまってからでは後のまつりである。

 ただマルタは彼の同僚であり、上司でもある。あまり疎遠にするのも何だかな、と思っていた。

 一応、彼女が上からの仕事を持ってきて、適切な配置を自分に指示するからこそ、自分が今の仕事を上手く遂行でき、生活できるのだ、という意識はある。

 その上でまあ彼女とそれなりの関係を持ったとしても、まあそれはそれである。向こうもこっちもその瞬間は楽しいのだから、責められる筋合いはないだろう、と彼は思わずにはいられない。


 ちなみに、そんな彼の仕事は、「粛正狩り」だった。

 現在の天使種が主権を握る「帝国」において、粛正する側があって、される側があるなら、する側に対抗する組織があってもいい。

 もっとも鷹も当初は、粛正される側だったのだ。

 一応彼は、決して数が多い訳ではない天使種であり、しかも脱走兵だった。最終階級は少佐だった。

 だが数十年前にある星域で起きたレプリカントの反乱の混乱に紛れた形で、彼は自分の所属していた軍を脱走し、そのまま船を奪って逃走した。

 戦争の間は、傭兵をして日々を暮らし、戦争が終わったら終わったで、天使種とは無関係な顔をしてふらふらと暮らしていた彼のもとに、粛正の手が伸びてきた。

 天使種は「死なない兵士」だから最強なのである。確認されない死は、何十年経とうが、「脱走」と見なされてもおかしくはない。彼は追われる身となった。

 そして今から5年前に、「ただ」追われる身から、「追う側を追う」側へと転じた。

 その頃、そんな粛正される天使種…… 主にそれは生存年数敵には「若い」者が中心だった…… を救出し、「正式の」IDを出して、逃走の手伝いをする組織があった。


 その名前を「Secret Garden」という。

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