第十二話 騒乱、追跡、初戦闘

 

 俺とアスの二人は今、全速力で追跡してくる、ヘドロのように粘っこくへばりついてくる数多の人々から逃げている真っ最中である。

 一見、何やら怪しげに感じられる文である。

 追う方も追われる方も、双方ともが奇奇怪怪といった感じである。


 それなればこそ、その大きな誤解を解くところから始めなければなるまい。


 ✣


「ぐっちゃん! 全部見れたわけじゃないけど〜、買い物す〜っごく楽しかったね〜!」


「そうだなっ、アス! 興味深いものも色々とあって、久々に胸が熱くなったな。」


 二人は互いの方を向きながら広場であれやこれやと談笑していた。

 互いの顔を見て話すうち、ふと視線が重なってそれでまた笑う。

 そんな温かで平和な時を過ごしていた。


 しかし、それはいつまでも続くわけではない。


「――もうそろそろ帰るか。ほら、空も黄昏たそがれてきている」


「えぇ〜、も〜帰っちゃうの〜? いやだな〜」


「俺もだよ。いれることならいたいし、まだ見ていきたい所もある。でも、遅いとあいつらだって心配する。さあ、帰ろう」


 また来ればいい、そう言って良正はアスカに言い聞かせ、王宮への帰路に就こうとする。

 そんな時、


「ガァァァーッ!!!」


 突如、灰に染ったオシャレなカラスが甲高く叫喚した。


「――待って、ぐっちゃん。なにか、こっちに来てるッ! それも、大量にッ!!」


「ああ、あいつの様子を見ればヤバいってことは解る。他に情報は言ってないか」


「ごめん、まだわかんない。あの子も相当気が動転してるみたい」


 アスカの言う、とはそのカラスのことである。

 ここに来る時に万一の備えに、と捕まえて手懐けておいたのだった。


 そのカラスには、良正が【無始無終むしむしゅう】と【着眼大局ちゃくがんたいきょく】の言霊を付与することで、その解除まで街中を監視してもらう約束をしていた。

 アスカが言うには、その時カラスは、


「リョーカイっす! なんでもやるっす! まあ、カワイイ女の子の頼みっすからね!」


 と言っていたらしい。

 洒落た風貌からは想像もつかないチャラさであった。


 異常があれば、アスカの【特殊能力スキル花の神アンテイア】で理解することができる、と良正は思ったが、効果は花オンリーだったため早くに諦めた。

 しかし、


「え〜、話せるよ〜! 生き物なら、生まれつきね〜!」


 と、生来の力として紹介された。

 良正は度肝を抜かれたが、役立つのでアスカにとやかく言うことはなかった。


 そんなアスカいわく、今大急ぎで飛んできたカラスは、


「禍々しい気がウジャウジャいるっす! 早く逃げるっす!」


 と忠告を叫んでいたらしい。


「「ありがとう、お疲れ様」」


 二人はそう言うと、言霊を解除し作戦を立て始める。


「もうそこまで来てるんだよな。なら、一旦隠れとくぞ」


 そう言って、路地裏の薄暗い細道に入る。


「一旦奴らが来るのを待とう。そこからが本番だ」


 周囲の警戒を怠らず、いつ来ても対応できるようにして二人はを静かに待つ。

 良正は、カラスにかけていた【着眼大局】を自らにかけて待った。


 日も大分落ち、黄昏が終わりを告げようとしていた。

 そんな時、二人の耳に大勢のドタドタのした足音が入る。


「ね〜、ぐっちゃん。これって、」


「ああ、きっとあれがなにかだ。俺が出て見てくるから待ってろ」


 良正はひょこりと物陰から顔を出すと、その音の鳴る方を凝視する。

 細部までをよく見れるようになっている彼の目が捉えたのは、

 だった。


 狂気をまとった、ヒトだった。


 ✣


 二人はその時、初めて遭遇したのだった。

 これまで話の中の存在だったものに。


 “魔”というものに、それに蝕まれたヒトたちに


 その様子にゾッとした良正は、すかさずアスカに以心伝心で伝える。


 ――アス、聞いてるか? こいつはなかなかキツいかもしれない。 相手は、魔に蝕まれた人間たちだ


 ――え〜! 魔、ってあの魔のこと〜? こんなとこで出くわすなんて〜、信じらんな〜い!


 ――おい、なにか策は思いつくか?


 ――それはぐっちゃんの分野でしょ〜? 私は実行担当で〜す!


 調子のいいことを言うアスカに、彼は少々イラッときたが、今はそれどころではないので、無事帰ったあと説教することに決めた。

 そして、


 ――はァ、わかった。策はこっちで考えとくよ。だが一旦、奴らの狙いと行動の確認のためにこっから移動するぞ


 ――作戦おねがいね〜、じゃ〜あ〜


 せ〜の、の合図と共に二人は細道から抜け、人通りの少ない路地へ走り出す。

 瞬間、辺り一帯のヒトの狂気に満ちた眼差しが二人に注がれる。


「急ぐぞッ! 戦闘しようも移動し終わらないといけない」


「お〜よ! で、このヒトたちの狙い、やっぱ私たちっぽいね〜」


「ああ、ここまで必死につけられるのを見るとそうみたいだ」


 彼らは二人の気配を感じ取ってか、どの脇道を通ろうが店裏を通ろうが執拗に追いかけてくる。


「コイツら、割と足が速いな。魔ってやつはこんなにも厄介なのか、よッ!!」


 良正はその間近までやってきた彼らを足止めするため、辺りを散乱させながら走る。


「あ〜う〜、ぐっちゃ〜ん、足疲れた〜」


 そんな激動の中、アスカの足の動きは疲労でひどく鈍くなっていた。

 それを見た良正は彼女に手を差し伸べると、その手を引っ張り抱き抱えた。


「――くっ……おい、アス、アス! 大丈夫か?」


「う、うん、何とかね。それより、コレなに?」


「なにって。女性を抱き上げる時はこうするものと思ってな」


 良正は、女性に関しての情報を人並みと言えるほど持ち合わせてい。

 そのため、彼の情報は冗談で教えられたり本で得たものが大半である。

 そんな彼の知る限り、女性の抱き上げ方は横にして抱き抱えるほかなかった。


 所謂いわゆる、お姫様だっこというものだった。


「他になにかあったんじゃないかな〜、なんて……」


 アスカは顔をみるみる赤らめ、恥じらいながらボソボソと言った。

 しかし、


「ないな。というか知らんな」


 女性に関して昏い良正には通用しなかった。

 そんな彼は、アスカのことより現状打破を考えていた。


「とりあえず、大通りからは結構離れたから街人に被害が出ることは心配しないでいい。さあ、ぶちかまして殺るッ!」


 今、俺たちが殺らなくて誰が殺る、誰ができる?

 ここで俺たちが殺るしかない


 そんな責任を背にひしひしと感じながら、良正はちょっとした広間に出る瞬間を狙うことにした。


 ――さあ来い、魔の野郎ども。お前らは俺たちが滅する

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