第十三話 救いのバーストストリーム

 

 王都街での買い物を楽しんだ良正とアスカの二人は、その帰路に就く時に怪しげななにかの動きを掴んだ。


 ――その正体は、なんと魔に蝕まれたヒトだった


 なんとしても自分たちで止めなければ、二人は街への被害を出さぬよう戦闘へと足を踏み入れるのだった。


 ✣


「三、二、一……今だッ! アス、全員蹴散らせーッ!!」


 人通りが少ない、かつ戦闘を行えるだけの空間はある通りに出る瞬間を見計らい、良正はアスカに合図を出す。


 それをもって、戦いの火蓋が切って落とされた。


「お〜よ! わたしがここ五日近く何もしてなかったなんて思うなよ〜! いっくぞ〜、まともな〜初・詠・唱〜!!」


 ――【唯我独尊ゆいがどくそん】!!!


 良正はあまりの衝撃と眩さに瞳を閉じた。

 一つ瞬きを終えた彼が目を開けると、そこには金色に光り輝くアスカと、禍時だと言うのに黄昏時のようにほんのり明るい空があった。


「おっらぁ〜! かかってこいや〜! に〜ひっひっひ!」


 アスカは、魔に蝕まれたヒトたちを次々にバッタバッタとなぎ倒していた。

 そして、不思議にも彼女になぎ倒されたヒトたちは、元の人間の姿に戻っていた。


 ――自己強化セルフバフと思われる唯我独尊以外にも詠唱していた? いや、アスは言霊を並行使用できないはずだ


 良正の思考は、ぐるぐると回り出した。


 ――詠唱ではなく、アスに何かしらの力がある?


 そんなことはない、絶対にあるはずがない

 俺はアスのステータスを見ているのだ

 魔に対抗しうる、アスの持っている力


 良正の思考は、低回しながらも一つの解を導き出した。


 ――そうだ! アスには“光”がある! そして、あの【特殊能力スキル】がある! 多分自然に使ってるんだろうけど……


 光とは、アスカのステータスの性能アビリティ欄の光のこと。


 彼女には、全属性の耐性がある


 それが何を意味するのか。

 全属性の耐性がある、ということはがあるということでもある。

 属性耐性はその属性の適性について見出さなければつかない、そういう原理である。


 さらに、】とは【猪突猛進レックレスネス】のことだ。

 あのステータス欄の説明になってない説明から言葉を借りると、


「実力不問で何者であろうと対峙し、偉業をなす」


 のであれば、まさに今のこの状況で真価を発揮するはずである。

 良正は、落ち着いて状況整理を終えると、アスカの【唯我独尊】の効果について考え出した。


 ストレングスだのエンハンスだの強化バフの類のなにかしらの効果があるのだろう


 でも、単にそれだけだと勇者ヒーローと重複して強化バフの積みになる


 そんなわけはない。強化の強化、効果強化エフェクトバフということになるのだろう


 そちらも終えると、することがなくなったと見えて、良正はアスカの応援を始める。


「よっしゃー、アス! そのまま全員蹴散らして治してやれ!」


「お〜! ってそれはいいんだけどさ〜、ぐっちゃんなんにもしてなくな〜い?」


 鋭く尖ったアスカのその言葉が、良正の心にグサッと深く突き刺さり奥を抉る。


 いくら無意識にしてもキツいな……わかった、こうなりゃこれしかない!


 良正はアスカの言葉で仕方なく重い腰を上げ、二次元作品でよく出てくる複数人戦闘における秘奥義、最後の切り札を使うことに決めた。


 ――アス、これを一緒に詠唱する、いいなッ?


 そして、すぐさま【以心伝心】を詠唱してアイデアをアスカに届ける。


 ――本当にこれでいいんだね〜! 始めちゃうよ〜?


 ――ああ、よろしく頼むぜ、アス!


 複数人が集まって行う詠唱と言えば……そう、である。

 良正はこれで一気にケリを付けようと考えたのだ。


「せーのッ!」 「せ〜のっ!」


「「【天地神明てんちしんめい】!!!」」


【天地神明】


 それは天と地、そして神々を表す言葉。

 アスカの持っている光の適性、二人ともが持っている天と地の適性を同時行使できる複数属性言霊。

 今出せる言霊の中で、きっと最強最高のもの。


 おかげで二人の目の前に広がっていた魔に蝕まれたヒトたちの軍勢は、この言霊で良正の思惑通り一網打尽できた。

 が、


「おいおい、こりゃあなにごとだァ?」


「ねぇ、おかあさん、お空光ってるーっ!」


「ああ、神よ。われらを助けてくだされ」


 ドゴォン! という地を揺らす衝撃と、天をも照らす閃光に街の大通りの方も騒然としていた。


 その頃、言の波をカラッカラになるまで酷使した良正は、身体がほとんど動かなくなっていた。


 これはマズい

 さっきの衝撃と光で街人たちが嗅ぎつけてくるはずだ

 はやく、はやく逃げないと


 …………


 ………


 …


 気がついたら、良正はアスカの背中に担がれていた。


 なんだか気恥ずかしい

 男が女に、しかも年下に担がれているなんて

 てか、さっきから後方がどたばたとうるさい、なんなんだよ!


「はぁあぁああああ!? 何じゃありゃぁあぁああああ!?」


 寝起きを害された苛立ちを我慢できず、良正が首を回して後方を見ると、そこには二人を猛追してくる大量の街人たちの姿があった。


 みんな何やら叫んでいる、これが真の話の最初へと繋がる。


「「「「「伝説の勇者様〜っ!! 待ってくださ〜い!!!」」」」」


 良正はそれで大体どんな状況か検討がついた。


 さっき俺が行動不能ダウン状態になってから起きるまでの間、俺に付いていてくれたか回復してくれたかでアスは時間を取られていた

 その内に騒ぎを嗅ぎつけた街人たちが押し寄せ、そのため急ぎ担いで逃げ始めた


 とまあ、こんなところだろう、と。


 良正はこれをアスカに伝えようと思ったが、この騒乱の中ではよく聞こえやしない。

 そこで、なにかと便利な【以心伝心】で伝えた。


 ――アス、俺だ、今復活したところだ。この状況は、騒ぎを嗅ぎつけた街人に、伝説の勇者様が追われてるっことだよな?


 ――あ、ぐっちゃん、ちゃんと起きたんだ〜! あ〜、よかった〜。でも、ぐっちゃんが送ってくれた通りの状況なわけ……ね、どうしよ〜?


 ――どうしようったってな。俺は言の波があまり残ってないし……ってあれ? なんか全回復してる? どうして?


 ――この私が与えたんだよ! ふふっ、どうだ〜! すごいだろ〜! もう感動ものだろ〜!


 ――まあ、教師になる身としては、俺がお前にやってやりたかったのだが。まあ、ありがとな! この万全の体制なら、俺にいい策がある。よくきけよ。アス、お前はこの後加速してあいつらと俺たちの間隔を開けるんだ。そこで俺が…………


 ――ふむふむ……お〜け〜! じゃ〜、さっそく行っちゃうよ〜!


 良正の指示通り、アスカは加速を始める。

 そして、一定間隔を開けた時点で彼が詠唱準備の深呼吸を始める。

 仕上げに、身体能力に強化をかけた彼女が地面を大きく蹴飛ばす。

 その身は地から足が離れ、無防備なままふわりと宙へ浮く。


「「「「うわぁ〜っ、勇者様が宙に〜っ!!!」」」」


 のんきな街人たちは、彼女の一挙手一投足にいちいち反応する。

 このあとどうなるかも知らず。


 ――ここで、彼の詠唱が完了する


「行けぇーーッ!! 【瞬間移動しゅんかんいどう】!!!」


「「「「「あれ、勇者様は何処かへ行かれてしまった!?」」」」」


 ブォン……


 瞬間、二人は微かな音だけを残して、王都街から消失した。

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