言霊勇者にゃ敵わない！～目覚めたら勇者、の教師になっていた話～

第十一話 煉獄の中、焼失する魂

　良正は、連日の煉獄のような最強三人衆による熱血指導に疲弊しきっていた。

　【一日目】

「魔法についてすこしずつ学んでいきましょうねぇ」

「基礎体力が足りていない。疾く王宮外周十周してこい」

「剣術は初めてか！　剣筋がブレッブレだ！　まずは、そこからだなッ！」

「むむむ……」

【三日目】

「魔法についてもう大半のことが解ってきましたねぇ」

「まだ体力が足らん、五周してこい」

「初心者だったとは思えん吸収力だなッ！！」

「えへへへ……」

【五日目】

「もう召喚士たちに引けを取らないレベルですねぇ」

「調子に乗るな、全速力で十周だ」

「言霊の才能も相まってか上達が異様に早いなッ！　くーっ、オレの言霊剣をマスターしてくれやがってッ！！」

「へ、へへぇ……へッ」

　そして、現在七日目。

　良正の学習状況は上々、さすがの吸収力と弛（たゆ）まぬ努力で各々問題なく合格できそうだった。

　しかし、それと比例して疲労は彼の身に徐々に積もり、重くのしかかるのだった。

　✣

　時は、陽がその顔全体を出してから小一時間ほど経った七時前。

　みなが早めに起きたので、といつもより三十分は早い朝食となっていた。

　そんな中、

「突然ですまないのだが、今日の授業は全休にしたく思う。辛いこととは思うが、良いか、良正？」

　シェイルベルが自分で言っていた通り突然、藪から棒に話題を団欒に放り込む。

　しかも、さらっと涼しげな顔で重大なことを言った。

　今日の授業が休みだって？　それも全て？　いや、シャレにならない

　良正の心は、期間が空いてしまうことへの不安と努力が潰えてしまいそうな悲しみでいっぱいだった。

　どの授業においても約一週間、生活の全てを捧げて研鑽を積み、やっと最終試験まで漕ぎ着けた良正の思いは崩れそうになった。

　しかし、

「はぁぁ……そりゃないぜシェイルベル、考え直してくれ」

「すまない、良正。お前に聞いている体で話したが、これは既に俺たち三人の間で決定事項となんだ。それに、これは決して俺たちが休みたくて言っているのではない。それくらい、お前にだって解るだろう。お前のためを思って、」

「……俺の、ため？　何言ってくれてんだよ先生方、甚だしいにもほどがあるだろ。俺はどこも悪かねえ。ほら、肌はうるうる透き通ってるし、いつも通りの話口調。お頭の方もおかしかねぇ。身体も別に痛むわけじゃねぇ。な、大丈夫だろ、な？」

　なんとか三人を説得して全休という最悪の現状を覆そう、と良正は醜く言葉を紡ぎ足掻いた。

　すると、彼を見たミスリルがふふっと気味悪く笑いながら話し出す。

「君は自分の状況が解ってないようですねぇ、よしまさ。ほら、私の鏡で見てみるといいですねぇ」

　はい、と良正はミスリルが自室から移動させた手鏡を彼の手から受け取る。

　そこに映ったのは、想像していた完璧な状態とまるで異なるものだった。

　いや、正反対だったが適切だろう。

　うるうる透き通ってるはずの肌は、その光を失いくすんでいた。

　髪はかさつきぼさぼさ、元々痩せて見える顔はげっそり痩せこけていた。

　そして、双眸（そうぼう）は闇い影をそっくり映したよう、色彩を全て濾（こ）し出したようだった。

「……！」

　良正はその口からなにも出せず、ただただ絶句した。

　本当なら「こんなはずない」だとか「少し時間をくれ」だとか、なにかしらの言葉で誤魔化そうとしたり、自分自身を見つめ直そうとしたりするはずである。

　でも、それができなかった。

　心の中ですら、しようと思えなかった。

　そう思う余裕すら、この現実は与えてくれなかった。

　研ぎ澄まされた真の刃を突きつけてくるばかりだった。

　良正は生まれて初めて、人前で泣き崩れたのだった。

　✣

「あ〜あ〜、情けない情けない。人前で男が、し〜か〜も〜、私より年上の大学生が泣き崩れるなんて。あ〜あ〜、情けない情けない」

　事態が落ち着いた頃、アスカは良正をイジろうと彼の部屋に来ていた。

「なんだよアス！　そんな言い方しなくてもいいだろ！　まあ、人前で泣き崩れたのは事実、だけど……」

　確かに人前で泣き崩れた良正はアスカにムカッとしたが、言い返す言葉がなにもなかった。

　これもアスなりの励ましなんだろう、可愛いヤツめ

　そう思うことにした良正はアスカにバレたくなくて、思わず笑みがこぼれそうになり、口角が上がるのを必死に我慢するのだった。

　しかし、その表情はアスカの目には不機嫌そうなものに映ったらしい。

「ね〜え〜、機嫌直してよ〜！　この件に関してもう茶化すようなことしないから〜！　ね〜え〜、意地悪なことしないから〜！」

「もういい、わかった、わかったよ！　けど、ここで俺が機嫌直したところで何があるってんだ。なんもないだろ、な・ん・も」

　もう不機嫌でもないのだが、その先に何が待ち受けているのか解らないので、良正は挑発的な口調で続けた。

　なにかアスカから情報を聞き出せるように続けた。

「なんもあるよ。なんも……」

　マズいことをしてしまったらしい、明らかにおかしいアスカの様子に良正は冷や汗をかく。

　あんなに明るくて、笑顔を絶やさないやつなのに

　いつも朗らかで太陽のような笑顔が、突然朧月のような表情になる。

　落ち着きはらった、どこか落ち込んだような表情。靉靆（あいたい）とした、そんな印象。

「なんもあるってなんだよッ！　そんな面白いの使われちゃあ、そう落ち込んでもいられないな。機嫌なんか自然と直るってもんだ！」

「そ、そ〜かな？　なら、いいんだけど、ね……」

　顔をひきつらせながら笑うアスカに、良正は困惑する。

　ああ、そんな顔しないでくれ

　さっきまで俺が励まされる側だったのに

　こういう時どうすればいいのか、俺にはわからないよ

　それでも彼は、わからないなりに懸命にアスカに接する。

「ほら、行くぞ。王宮出て、街に行くんだろ？」

　良正は頬を掻きながらそう言うと、アスカの前に手を差し伸べる。

　そう、二人は召喚されてから一度も出ていないこの王宮から街へ出る約束をしていたのだ。

　それは、アスカが癒しと安らぎを与えるところだから、と良正に提案してきたものだった。

「良正様、あの件でミスリル様に診てもらったところ、軽度のストレス障害だったそうだ。相当、蓄積されていたらしい」

　そんな話を誰からか聞いて、提案してきたものだった。

　それなのに、それなのに……

「――さあ、着いたぞ！　と言っても、ほんの少し歩いただけだから、そこまで思うものはないか……」

　二人は、言霊などではなく彼ら自身の足でガルディアの街へ歩いて向かった。

　それは、街へ出たことがなく空間系の言霊を行使できないからだった。

　だからといって、あの三人に頼んだところで、シェイルベルには、

「俺は空間系、特に転移させる類の言霊など到底使えん。他を当たれ」

　と言われ、ミスリルには、

「私は二人がお望みの言霊を使えますよぉ。でも、行きたい場所を決めてもらわないことには始まりません。二人はどこも行ったことは無いんですよねぇ？　それでは、無理ですねぇ」

　と言われ、挙句フェルナンドには、

「おお、街へ出るのか？　あそこはいい所だぞ！　でも、言霊で楽しようなんてナンセンスだッ！　己の足だけで行くんだッ！　そして、その道中をも楽しむ。　というか、道中で走れば訓練になるんじゃ？　よし、自分の足で、歩きではなく走って行くんだッ！　ははっ、大したことない、オレなら二分で着く！　さあ、行けーッ！」

　と言われるんだから、たまったもんじゃない。

　こういう時の空間転移って術者や行使者がその場所を解っていれば、それでいいんじゃないのか？ ミスリルのやつ、誤魔化しやがったな？

　と良正は初めてミスリルを憎く思うのだった。

　しかし、今はアスカを気にかけてやらなければ

「にしても、ここは人が多いなー。大変な混み具合だ……なあ、どこから行こうか？　って、あれ？　アス？　アスカー？」

「ね〜、ぐっちゃん！　こっちにすっごく大きい豚がいるよ〜！　美味しそうだね〜。じゅるり。あ〜、あっちには洋服屋さんがある〜。店先には鮮やかな空色のワンピースが！　あっちはアクセサリーだ〜！　あっちには靴屋さん！　あっちは、あっちは、あっちは………」

「お、おう。とりあえず、お前が興奮気味なのはわかったけど、一緒にいないとはぐれるぞ。ほら、こっち戻ってこい」

　やっぱりアスはアスだった、俺の気のせいだったな

　良正はさっきのアスカの表情を勘違いとすることにした。

「は〜い！　今行く〜！　にっひひひ」

　この雲一つない蒼天の下、二人は街での買い物や散歩をを存分に楽しんだ。

　良正は、こんな異世界のあたりまえに幸福に感じていた。

　俺のこの休みを、アスが最高の思い出にしてくれた

　俺の人生で最高の一日になった

　この世界に来てアスと出会って、異世界召喚や異世界転移なんて普通じゃ有り得ない話だけど、こうなってよかったと今では心の底から感じられる

　こうなったからこそ今がある、良正にとってそう思える一日になった。