第二章 教員採用試験

第十話 遥か遠く、見えるは教壇

 

 春たけなわの頃となり、日本の皆様はますますご隆盛のことと存じます。

 私、鈴木良正はいま、聖龍界ドラゴニアという異世界にいます――


【平和主義国ダイアス】


 その荒廃しきった王宮、もとい廃墟もどきという劣悪な労働環境で奇しくも教鞭を執ることとなっているのです。

 職場として、とてもじゃないけど安心できるとは言えませんが、それは施設面でのみ考えた場合のことです。


 それでは早速、我等勇者アスカ陣営の錚々そうそうたる面々をご紹介しましょう!


 ✣


 まず最初、勇者陣営参謀と総合教育係を兼任するのは俺、鈴木良正。

 主にずっとアスカと共に行動をとる。戦闘においても日常生活においても。

 いや、この言い方だと誤解が生じかねない。

 それが即刻解かれなかった場合、俺は社会的に終わってしまうだろう。


 改めて、訂正を含めつつ説明をすると、は全ての行動においてということではない。

 当然、風呂や着替え、睡眠のときは別である。


 では、それ以外は一緒か


 そんなことはない、断じてない。

 個別で自由時間を持っているので、その時は互いが集団から個になり、健やかな時を過ごしている。


 と、訂正と説明はこの辺で終いにして次の紹介に移ろう。


 俺とアスカを召喚した召喚士たちの長、召喚士長ミスリル・ゴルベール。

 常にローブを羽織ってフードをしており、普段はよく容貌も見れない。

 召喚士たちによると、灰を集めたような髪に少年のような顔つきだそうだ。


 ある程度の魔法なら言霊で模倣でき、陣無しや詠唱破棄であってもおちゃのこさいさい。

 専門は霊術で、降霊や除霊ができ、特に精霊を巧みに操る天才らしい。


 見た目的には死霊術師ネクロマンサーがピッタリだと思うが、次に行こう。


 その次、国王ヨーゼフの元傍付き、宰相シェイルベル・ヘムズ。

 頭脳明晰な高身長イケメン、墨で染めたような黒髪を腰元まで伸ばしている。

 元々、宮廷執事をしていたらしく、その縁で宰相に任命されたのだとか。


 宰相としての手腕はもちろん、執事としても王宮内トップクラス、つまり国内トップクラス。

 家事や教育、護衛に至るまで言の波・言霊なしでこなす天然の完璧人間パーフェクトヒューマンだそうだ。

 さらに、戦闘においても言の波・言霊を使うのは珍しく、基本的には体術のみで戦っているとか。


 くそッ、こんな紹介を続けているとイラついてくるので次!


 最後に、あくまで自衛目的、王宮騎士団長フェルナンド・セルバドス。

 猛々しく燃え盛る灼炎のような短髪に、紅玉のような双眸を持つ。

 言の波を使いながらの剣術、言霊と剣術の融合技・言霊剣げんれいけんを編み出した張本人にしてその頂点に君臨する者。


 剣術の名家・セルバドス家に生まれながら、その才におごることなく剣術と言霊の鍛錬を並行して行い、常に高みを目指し続けることで頂へと辿り着いた。


 超努力家じゃあないか! なんか安易に天才って使っている現代を嘆きたくなるよ……


 と、ここまで説明を受ければ解ると思うが、全員常人離れしている。

 世に言う「超人」という人種、真に「人知を超えた」者たちなのだ。

 俺に入る隙間などない、そう思うだろう。


 でも、大丈夫、何故なら俺は、単なる「超人」ではないからだ。


「こいつは危険だ、早く逃げよ」とか、「超人でないならどうしようもないだろ」と思っただろう。それが、どうしようもあるのだ。


 だって、俺は「超神ちょうじん」なのだから!


「またまた。いよいよやばいよこれは」とか思っただろう。

 この「超神」は「神をも超えた」者という意味で、俺にとっての最適解だ。

 是非、この俺を崇め奉るときには、


「――超神、それは鈴木良正。」


 とでも書いておいてくれ。


 ✣


 本筋に戻ろう。俺は、何を言いたくてこの三人を紹介したのか。

 そう、この陣営ならあのバカ勇者をまともに教育していくことができると言いたかったのだ。

 まあ、「充実の講師陣」的なことをうたう○○塾やら○○ゼミナール、○○予備校と思ってくれていい。


 話を端的にまとめると、霊術に体術、剣術、言霊を突き詰め、その頂に鎮座する者たちが集ったのだから、まともにバカ勇者の教育ができるだろうということだ。

 となれば、必然的に教師となった俺は教鞭を執りやすいというわけだ。


 ――では早速、授業を始めよう

 

「魔法において、魔法陣なしで発動・発生させられるものは言霊でも同様、ってことで良かったですよね?」


 自らの学習した情報に誤りがあるかを確認する。


「えぇ、大体は合っています。その話は理論上できるはずですよねぇ。言の波は魔力を返還したものであり、いわば、言霊は魔法と同等ですからねぇ。ふふっ。でもですよぉ、その魔法を良く理解していて、なおかつ言霊を使いこなせなければ足掻いたところで不可能なんですねぇ」


 そんな質問に、彼――ミスリル・ゴルベールは細かく説明する。


「ん? なんだお前、授業始めるって言ったよな?」と思っているだろうから補足説明すると、アスカが教師を依頼したのはあくまで俺であり、最強三人衆ではない。

 したがって、俺が全授業を担当して総合的に教育してやらねばならないのだ。


 だとしたら、やれることはただ一つ


 俺が最強三人衆から学びに学んだ成果をアスカに学ばせることだ。

 流石にまだ至らないことも多くあるが、俺がしっかり理解したものであれば、もっと噛み砕いて学ばせてやることができるという自信はある。


 それに、俺たちの元いた世界が同一世界線で時間軸がずれているだけなのだとすれば、同言語使いとして語彙力上昇に一役買える。

 そういうことで、まずは俺が三人から授業を受けるところからのスタート。


 ミスリルの「魔法学と霊術」、次はフェルナンドの「言霊学と剣術」、最後にシェイルベルの「社会学と体術」というコマのローテーションとなっている。

 その授業から学習し、三人衆からの課題にそれぞれ合格したら、晴れて教師生活の始まりとなる。


 ざっと説明し終えたので、続きを。


「それを可能にするための魔法学ってことですよね?」


「まぁ、そうなりますねぇ。ところで、どうしてそんなに堅苦しく話しているんですかねぇ? なんだか貴方とこう堅苦しくとなると、会話がしづらくて仕様がないですねぇ……」


 ミスリルは、部下との会話では気にしないのに、俺に敬語を使われるのはむず痒いらしい。


「それはお互い様だよ。じゃあ、これからは対等にな。俺のことは、よしまさって呼び捨てにしてもらって構わない。俺もあんたのことをミスリルって呼び捨てにする」


「……わかりましたよ、よしまさ。でもですねぇ、完全に敬語をなしにするなど、私はできませんねぇ。口癖も相まってやはりできませんねぇ」


「あ、ああ。それなら別に構わない。無理にああしろこうしろなんて言うつもりはないよ。ただ楽にしてくれれば、リラックスしてくれれば、俺はそれでいいんだ」


 俺はミスリルに提案し、ミスリルはそれを許諾した。

 そこまでは良かった。


「そう言って貰えるとありがたいですねぇ。ではよしまさ、授業の続きといきましょうかねぇ」


「ああ、そうだな。授業再開して、ちゃっちゃと進めよう。そして、課題合格して教師になってアスカに教えて。その後は、ダイアスのために魔に蝕まれた人々を救って、そして、そしてっ……でゅふふ、でゅふふふふ、でゅふふふふふふ……」


「よ、よしまさ? 何だか気味が悪いですねぇ。気色悪いの方が良いでしょうかねぇ。ほら、何してるんです、こちらへ戻ってきてくださいねぇ。ほーら、こっちですよぉ」


「でゅふふふふふふ、でゅふふふふふふ、でゅふふふふふふ……

ああしてぇこうしてぇ、後はこうしてぇ……でゅふふふふふふ……」


 俺は、またもとち狂ってしまった。


「仕方ないですねぇ。では、」


 ――【冷静沈着】


 緊急措置として俺に対してミスリルが言霊を使う。


「これで治ってくれてますよねぇ。流石に高位霊術は使いたくはないのですがねぇ。おや、起きたようですねぇ」


 やはり、この手のものは【冷静沈着】だけでどうにかなるらしい。


「――ん、あぁ、す、すみませんでした。授業中にも関わらず、ずっと妄想を膨らませ続けて……」


「よしまさ、け・い・ご」


「ああ、すみません。約束まで破ってしまって……」


「よしまさ、またですねぇ」


「すまん。授業中なんだと思っていると、ふとした時に出るもんだな」


「それはそうかもしれないですねぇ。ふふふっ」


「「ふふふっ。ふはははっ。はははははっ……」」


 俺はこの時、初めて大笑いする彼を見たのだった。


 ――そして、ここから怒涛の授業ラッシュが始まるのだった

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