第九話 後出し天使は狡い小悪魔

 

 ――これって、“俺TUEEEE”ってやつなんじゃね!?!?


 ステータスを見た瞬間、良正の脳内はこの思考に次々侵食された。

 ここまで己に関しての現状理解の術がなかったため、無理もない。

 しかし、


「こんな考えも、言ってしまえば『俺、客観視して考えられています。大丈夫です』的なアピールにしかならないよな……」


 と良正は自嘲めいた雰囲気で付け足していく。

 この自嘲は、現在の彼を語るには的を射ていた。


 良正の脳内は、冷静でいようとする心と浮かれていたい心の双方が交互に責め立てられていたのだ。

 それら冷静軍と悦浸り軍は彼の脳で抜きつ抜かれつの攻防を繰り広げていた。


 所謂いわゆる、『天使と悪魔のささやき』というやつである。


 結局のところ、良正自らの意志を以て天使に軍配を辛うじて上げられたので、彼は遂に清らかで冷静な思考への試行をするのだった。


 ✣


 良正は、牧師のように清らかな心で今までの出来事を顧みていた。


 意外にも目覚めてから今に至るまで、長話をずっと聞いたり、あいつに会ったり、何か無意識のうちに攻撃されたり、時空を遡ったり、腹立てて戦闘をしたり、大怪我負ったり


 よく考えれば考えるほど、結構なイベントに追われていたんだな

 称号装着後のステータスをまともに見られたのも、ついさっきだ


 しかし、違うぞ鈴木良正

 こんなところで自惚うぬぼれてくれるな、俺

 ステータスの善し悪しなんてまだ解らないんだ


 彼はそのように自制しつつ回顧を終えると、やはり気になっていた右隣へと視線を移す。

 そこには、良正同様ステータスを見ていた、と思われる彼女がはてなマークを頭上に浮かべ、不思議そうな顔で彼の方を見てきた。


 はてなマークに関して言うと、そのような表情や雰囲気ということだけではない。

 実際に、普通に、当然のように浮かべている。

 当の本人はあまり意識していないのだろうが、きっと自然と何かしらの言霊で発現させている。


「――はァ、こいつはどうしようもない馬鹿げた野郎だな……」


 良正がため息混じりに言った。

 そして、


「いまの、私に対して言ってるなら後で痛い目みせてやるわ!」


「ヒィーッ!? それだけは、それだけはもう勘弁だーッ!!」


 彼は、歪みのある微笑をうかべた彼女に喝を入れられるのだった。


 ✣


 彼女の用件だが、自分のステータスがよく解らないということだったが、基準がわからぬ以上、致し方ない。

 良正とて、それで困っている真っ最中なのだから。


 ということで、二人は互いのステータスを見せ合うことになった。

 万に一つもないとは思うが、改竄かいざん防止のため、直接見せることにした。

 でも、良正はあの戦闘で鬱憤が溜まっていたため、基準云々よりも『彼女に勝ちさえすればいい』という思考で一杯だった。


 彼女に一泡吹かせてやりたい良正は、


 なんせ称号を装着して、通常出力は二倍、最大出力は一・五倍になったうえ、【特殊能力スキル】だって沢山あるし、それぞれ超絶強力なものだ


 と心中でガッツポーズを構えて勝利を確信していた。 

 しかし、彼はすぐにそんな風に高を括っていたことを猛烈に後悔することとなる。


「では、俺から行くぞ……ドヤァッ!!!」


「……」


「!」


 良正のステータスのみならず、渾身の『ドヤァ!!!』までも彼女は顔をピクリとも動かさずスルー。

 後で確実にこてんぱんにやられると理解していても、ワンパン食らわせたい衝動に駆られかける憎たらしく呆けた表情でずっと無言を貫いている。


 良正にはあたかも、『ほら、殴りかかってみなさい。まあ、かすりもせず私の圧勝で終わるでしょうけどね』とわざと丁寧に伝えることで相手に不快感を与え、情を揺さぶるろうとしている顔に思えて仕方なかった。


「……あ、あのー。一応、反応くれますかね?」


 ここは、わざと丁寧でこられたのだから、こちらも敢えて同様の手を使うことが大切、と良正は見事な作り笑いを浮かべながら彼女を見つめる。


 つまり、『眼には眼を歯には歯を』ということである。


 しかし、そのフレーズで彼はあることを思い出す。


 あれは確か原典だと、『眼には眼で歯には歯で』と訳せるとかなんとかで、意味は『眼には眼で、歯には歯で償いなさい』になって、報復律ではなく同等の懲罰までに防ぐという意になる――なんて、世界史のハゲが言ってたな


 それは、とても現状に無関係なしょうもない事だった。


 そんなタメにならない豆知識なんてクソほどどうでもいい、俺がここで言うべきはただ一つ、と良正は強気でいるためにこの言葉を心の内で思うのであった。


 ――そう簡単にやられてたまるか、クズが!


 ✣


「――ふ〜ん。な〜んだ、こんなもんか〜! よかった〜!」


 間を開けて彼女から返ってきた言葉は、良正には思いがけないものだった。


「んんッ!? え、えぇ、こんなもの!?」


「じゃ〜あ〜、私の番だね〜! ふっ! どやぁ返し〜!!!」


 ___________________

 桜羽さくらばアスカ


職業ジョブ

 伝説の勇者


【称号】

 なし→かけだし! “伝説の勇者”

 ※この称号は進化を続け、最終的に“伝説の勇者”になります


【装備】

 初期(制服&黒パーカー)→純白のワイシャツ(古龍毛製)、チェックスカート(古龍毛製)、純黒のパーカー(古龍毛製)


性能アビリティ

 魔力 なし


 言の波 100+0+0→(100+0+5000)×10

 ・通常出力 6/分→10200×2/分

 ・最大出力 60/分→47350×1.25/分


 魔法耐性 なし→Lv.5


 属性耐性

 ・火 なし→Lv.5

 ・水 なし→Lv.5

 ・木 なし→Lv.5

 ・光 なし→Lv.5

 ・闇 なし→Lv.5

 ・天 なし→Lv.5

 ・地 なし→Lv.5


特殊能力スキル


 勇者ヒーロー

 ステータスの言の波の量を10倍し、また、その通常出力を2倍、最大出力を 1.25倍する。さらに、かの者が逆境を乗り越えんとする時、その力はより絶大なものとなり、世界を崩壊せしむるやもしれない


 猪突猛進レックレスネス

 所謂、馬鹿や無謀のこと。故に、実力不問で何者であろうと対峙し、偉業をなすのである


 花の神アンテイア

 可憐な少女は、日々愛でている愛らしい花々と会話する。他人にとって、これはおかしなことかもしれない。しかし、それは彼女と花々だけの特別な営み。彼女たちだけの秘密、なのである


  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄


「何ィィイイイッ!?」


 良正は、自分が伝説の勇者ではないと告げられた時以上に声高に驚嘆する。

 彼女――桜羽アスカは何かあればこの有様、勇者特権が施行されるのである。


 良正も薄々感じていたが、自分のステータスを見てからは冷静さの保持に必死に対応していて、完全に頭から抜けていたらしい。

 いや、と言う方が正しいだろう。


 この俺が彼女を抜いて一番なのだ、良正はそう思っていたかったのだ。

 しかし、


 ――現実はそう甘くない、そういうものだ


 そう思った途端、良正はたががすっぽり外れた気がしてならなかった。

 数十分前、彼女にキレてしまったときのように。


 いや、それとは違った形で。


「……ば、」


「ば〜?」


「こんなの馬鹿げている。なんだ、なんかしたんだろ」


 確かに良正の言う通り、アスカのステータスは何をとっても馬鹿げている。

性能アビリティ】がとか【特殊能力スキル】とかそういうことではなく。

 だが、

 

「そのをさせないための直接、でしょ〜?」


 アスカの核心を突いた的確な一言に良正は苦しめられ、


「うぐぐ……こ、こんなはずじゃ――嗚呼、何故だ。何故なんだ神よぉ! なあ、そこだな! そこに居るんだろ!」


 結果、この通り狂ってしまった。ついに怒りではなく狂いになってしまった。


 もう流石にこれ以上は一生ものの恥になる


 そう思った彼は、狂う思考とそれとはまた違った思考とで並行思考を実践。


 ブラック鈴木的存在、ここでは下の名前を全て対義語に変えて悪誤あくごうとでもしよう。

 その悪誤から良正は一瞬だけ神経系の奪還に成功し、脳から唇へと司令を伝達する。


 ――【冷静沈着れいせいちんちゃく


 ギリギリ音として発し、詠唱して言霊を行使できた。

 そして、


「……ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛、戻ったあああぁぁッ!!」


「な・に・が『戻ったあああぁぁ』なの〜? その前のばか痛々しい茶番劇といい、あなたってばずっとうるさ〜い! すこしは静かにできないの〜?」


 戻ってこれて興奮気味の良正は、アスカにまたも喝を入れられた。


「何だよ、悪いかよッ! 己に打ち勝ったんだ、こんぐらいはいいだろ。てか、さっきも聞いたけど、お前のステータスなんでそんな馬鹿高いんだ、チーター勇者様?」


 それに対して、少しキレながらも良正は重要な質問をする。

 しかし、


「さ〜ね〜、わかんないけど〜勇者だから!」


 当然、その件についてはアスカもわからないようで、憶測で返してくる。


 そんな理由が通るかってんだ、この野郎


 良正はそう思ったが、あながち間違いとも言えないのが現状である。


 何より、アスカのステータスの伸びを見ると跳ね上がり方が尋常ではない。

 その点で言えば、良正も教師になってからステータスが爆上がりしたという事実もある。

 だから、


「許せねぇ……けど、教師しなきゃいけないんだよな。タチ悪いぜこの野郎はよ……」


 良正はこのように悔しがっておいた。

 そうすることで、アスカの自尊心も育つというものだ。


 それに、否が応でもこれから良正が教師としてアスカを教えることに変わりはない、どんなに些細なことでもみっちり教育してやらないといけない。

 そしてなにより、彼は彼女の魅力に既に惹き込まれていた。


「タチが悪いと思われてもい〜よ。――だって、私はみんなの勇者なんだから! にひひ!」


 初めて見たその時から見蕩れていた、この笑顔。

 この天使のように可愛らしく、柔和な笑顔。

 何としてでも守ってやりたくなる笑顔。

 いつまでも絶やしたくない笑顔。


 今後、良正がアスカのことをどんなに憎いと思う時があっても、怒ってしまっても彼女の笑顔は彼の瞳にダイヤモンドみたいに輝かしく映ることだろう。



 ――敵わない、俺は敵わないのだ


 頭脳で勝っていようと、身体能力で勝っていようと、今後何があったとしても敵わない


 彼女には、この、桜羽アスカには

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