第三話 伝説の勇者は話が尽きない

 

 良正が大見得を切った途端、例の声が騒々しく喚く。


「……うぉおお! ゆ、勇者様が、あの【伝説の勇者】様がお目覚めになられたぞぉおお!!」


「そうだッ!! この俺が【伝説の勇者】だぁッ!!!」


 それに負けじと良正も声を張り上げるが、


「……いや、勇者様、お、落ち着いてくだされ」


「いや、あなたがでしょうッ! というか、あなた誰ですかッ!!」


 なぜか、興奮している叔父様に落ち着けと注意されるというおかしな状況になる。

 そして、良正は耐えきれずツッコミながら質問というおかしの二度漬けをしてしまう。


 おかしな二人組の完成であった。


 ✣


 とび上がった良正の眼前には、驚きの色を隠しきれずにいる一人の叔父様がいた。


 濃いめの顔に白髪白髭、その身には男心くすぐる純黒のローブを纏っている。

 意識が吸い寄せられるようなその光沢に、良正は素材が気になって仕方がなくなっていた。


「ふわぁぁ……」


 そんな彼の気を引き戻すように叔父様は自己紹介を始める。


「私はミスリル様率いる宮廷召喚士が一人、老僕ガロ=オズベリウスにございます」


 瞬間、良正は異世界転生の件を確信するのだった。


 ✣


 紹介が終わっても依然落ち着かない様子のガロは、下を向いて何やら呟き続けていた。

 一時はそれに傾聴していた良正だったが、しばらくしても終わる気配がなく、一旦無視することにした。

 そして、あのローブの素材よりなにより状況把握こそが最優先事項だ、と部屋全体を見渡す。


 見たところ、二人のいる部屋は本物の大理石が使用されていると思しき独特の光沢を放っていた。

 床に壁、天井までも目が痛いほどに煌めいている。

 その床には紅い絨毯まで敷かれ、まるでRPG世界の王宮のように煌びやかで、曠然こうぜんたる部屋。


 さすがは異世界、豪華絢爛とはまさにこのことだ、と良正は思った。

 現世で例えるなら、某帝〇ホテルといったところだろうか、と彼は行ったこともないのにそんなことを考えていた。


 置かれている状況をざっと把握し、やっと思考が追いついた良正は、ガロに質問を投げかける。


「あの、一旦落ち着いて聞いて欲しいんですが……ガロさん、まずこの状況はなんですか? ここはどこなんですか?」


 ――前者について覚悟は出来ている、これは異世界転生だ


 ――後者は検討もつかないが


 良正は先程のガロの自己紹介から察しをつけ、異世界転生だろうと高を括っていたのだった。


 その言葉を聞くなり、ガロは下に傾げていた首を正し、良正の顔を凝視する。

 口を開くかと思へば、ガロは何やら言いにくそうにして床へまた目線を落とし、


「……ええ、そうですね。これはどのようにご説明したら良いやら」


 そう困惑の色を浮かべる。そこから二人の間に沈黙が生まれる。

 その後、幾許かの時の中で覚悟を決めたのか、ガロは良正の方を向き直ると遂に口を開いた。


「それでは簡潔に申し上げさせて頂きます。貴方様は【伝説の勇者】として此処、【平和主義国ダイアス】に元いた世界から我等によって【召喚】されたのでございます」


 はぁあああああああああああああああ!?!?


 異世界召喚だぁああああああああああ!?!?


 何故!? どうして!? どうなって!?


 覚悟は出来ていたはずが、まさかではなくとは、良正は想定以上の衝撃を受け大理石の床に膝をついた。


 完璧な推測が崩れ去ったことに対する衝撃は絶大なもので、彼には耐えきれるものではなかった。


 だが、良正は立ち直りが早かった。


 “何故、俺がのか”


 その疑問により生じた、吐き出しどころの解らない怒りやモヤモヤを全てエネルギーに変え、原因究明に回していく。


 のコーヒーを勝手に飲んだからか?


 ――違う


 悪戯をしていてシャー芯を折ったからか?


 ――これも違う


 というか、、って誰だ?


 ――あれ、名前が出てこない


 こっちに来る直前まで一緒だったのに、ずっと一緒だったのに。


 そんな時、彼の身体に大きな異変が起きる。


 心臓が破裂しそうなほど早まる拍動、不整脈のような不規則な血脈の動き。

 それらに伴って、激しい頭痛と目眩にも襲われる。


『精神と身体は呼応する』ということを、良正はこの時初めて大きな事象として明確に認識し、その身をもって味わうこととなった。


 そんな彼を横目に、ガロは凄まじい速さで報告・連絡・相談、所謂いわゆる「ほう・れん・そう」を終わらせ、仲間の召喚士たちを連れてきた。


 召喚と聞いて、良正は大人数かと思っていたが、そうでもないらしい。やって来たのは、たった数人の叔父様方だった。


 少数精鋭なのだろうか、とローブの件に続いて後回しの疑問が良正の脳内に生まれた。


 そんなことを考えるうちに良正の身体の異変は収まり、まともに話せるようになった。

 だから、


「続きになりますが、俺は何故ここに召喚されたのですか?」


 と彼は的を射た質問を投げかける。

 しかし、これは単に自分で解決できなかったから質問したまでのことだった。


 ガロの連れてきた召喚士の代表、召喚士長のミスリル=ゴルベールは丁寧かつ奇妙な口調でこう言った。


「私達に対して堅苦しくしなくて良いですよぉ。では、貴方の疑問、すこし長くなりますが一気に説明しましょうかねぇ」


 …………


 ………


 ……


 …


 その言葉から始まった退屈な説明は延々と続いた。

 それにより良正は、気狂いを起こしてしまいそうに、戦前戦後の映画でも観ているかのような気分になった。


 そんなミスリルの長い話を要約するとこうなる。


 良正が召喚された理由――


 それは、ダイアスの窮地を救い、この大陸の安寧秩序を守る力を有していたからだった。


 ✣


 元々ダイアスは、大陸を囲うほどの膨大な国土を誇る国だった。

 しかも、全領土が戦争でなく話し合いや交渉によって拡大されていた。

 交渉人の話術とギブアンドテイクが巧妙かつ冷静なものだったのだ。


 国王ダイアス・ヨーゼフとその守護龍、古龍リンガドルは初遭遇エンカウント時、平和についての話で意気投合。

 その日のうちに契りを交わし、その後、建国まで至ったのである。


 そんな建国への流れを持つゆえ、ダイアスは平和主義を胸に、自衛目的以外にまともな戦力という戦力を国家としてろくに持たなかった。

 その結果、大陸北部・【地獄の門デモンズゲート】から百年に一度襲来するとの伝承がある災厄【魔物夜行デモン・マーチ】に対抗できず、国土の七割も呑み込まれた。


 災厄に呑み込まれた国民の心は日を追うごとに闇に蝕まれていき、ヨーゼフの息子・バージェスも蝕まれ、平和主義を破棄して同志を集めて武装運動を開始。

 後に、第一次武装運動と呼ばれるこの運動は切望する者が多く、一国家に値するほどの巨大勢力となるのに時間は要さなかった。

 

 しかし、ヨーゼフも護衛など周囲の者も当然、国力が弱まっていく中であろうと戦闘を全くしようとしなかった。


 結論、侵攻してきたバージェス陣営に呆気なく敗北を喫し、多くの歳は陥落。

 ダイアスは王都ガルディア周辺のごく狭い土地に追い込まれた。


 ✣


 要約してもこれほどの長さであり、良正が実際に話を聞いている時、どれだけ長かったことか。


 ――ご想像にお任せします、だよッ!!


 話が終わったあとの彼の心情はこんなものだった。

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