第二話 自己愛者《ナルシスト》には敵わない。
――で、これは一体、どういう状況だ?
窓から差し込む陽光が目に眩しいベッドの上、すっかり感覚が戻って気分よく目覚めた彼の胸中はそんな一言で埋め尽くされていた。
ベッドと言ったが、それは決して彼の所有物を指す語ではない。
起きてすぐ目に入った天井からして彼の部屋では到底ないし、そこから目を落とした先々全てに見覚えがない。
それは決して記憶能力が劣っているだとか、忘れてしまっただとかそういう類のものではない。
彼にはそう言い切れる絶対の自信があった。
✣
彼の齢は二十一にして、その人生を隅々まで語るとなるとそれ相応の時間を要す。
して、そうするのは無理なもので、割愛して彼について簡潔に説明するなら『超人気小説家を目指す国立大学四年文系男子』となる。
詳細にと言われれば、『就職をなきものと考え』が追加されるといったところだろう。
そんな良正に言わせれば、「現役国立大学生の記憶能力が劣っているわけない」うえに「自分の部屋について忘れるわけない」のだ。
さらに言わせれば、「俺ほどの人間が……」というのもあるだろう。
そう、彼は基本性質として
✣
良正は、この状況に陥ってからその不可解さを晴らせていなかった。
ゆえに、もう一度ゆっくりと瞼を閉じて思考を巡らせる。
――起きたらベッドの上とか、俺は倒れたのか……まさか急死!?
「俺はもう霊体かッ!! って、布団に触れているなら違うか」
不可解さが完全なる恐怖へと変わり、不動となった瞼を感じながら彼は声高にひとり叫ぶ。そうでもしないと気が持たなかった。
良正の心は思いのほか脆弱なものだった。
と、次の瞬間、彼はハッとした。
友人から聞いた
――これは……異世界転生、というやつなのか?
【異世界転生】
それは、現世で一度死して異世界へと転生する、というライトノベルにおけるジャンルの一種である。
そう気づくと同時に、良正には異世界転生におけるそれと自分の現状があまりにピッタリすぎると思えた。やはり不自然なものである。
なにが起きてこうなったのかは解らないが、もし何らかの理由で死に絶え、この得体のわからぬ部屋へと転生していたとしたら。
いや、
「そんなことが起きるかッ!! ただ倒れただけだなッ!!!」
彼はそう言うとその両の目を見開き、くるまった厚めの布団からガバッと這い出ようとする。
良正の心に棲みついた恐怖は一瞬にして消え失せた。
彼の心は思いのほか変わりやすく、女のそれのようだった。
が、その時、彼の耳に聞き覚えのない低い男性の声が入る。
「……あの、お目覚めになられたでしょうか。いや、流石に早すぎるか……」
その声に驚いて、咄嗟に起きていない
しばらくすると、その声はぶつぶつと何かを呟き出した。
「……うむ、【伝説の勇者】様がお目覚めになったと思ったが……勘違いだったようだ」
――【
正体不明の男性の一言で、良正の自己愛者の心に一気に火がついてしまった。
完全に調子づいた彼は身を覆う布団を床へ放り、
「俺、【伝説の勇者】! ただいまお目覚めになりましたッ!!」
と、ベッドの上にとび上がって決めポーズをとりながら、小っ恥ずかしい大見栄を切るのだった。
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