7話 〇潰し(放送禁止用語)

 前回までのあらすじ:パンツ一丁で街中を徘徊したので衛兵に見つかって殺されそうになってます。



「うおおおおっ、いくぜぇ!」


 衛兵に取り囲まれ、四方を塞がれた俺は、最後の手段に出る。


「基本スキル『穀潰ごくつぶし』ィ‼」


 右拳を振り上げて、思いきり地面を殴る。


 次の瞬間、ドゴォン‼ という轟音とともに、レンガで舗装された道が「砕けた」。


 赤茶色のレンガが石の欠片となって吹き飛ぶ。その破片がぶつかって、衛兵たちは呻き声をあげた。


 だが、俺の狙いは衛兵を攻撃することじゃない。


「やっぱり――あった!」


 俺は自分が砕いた地面を見やる。そこには、地下の空間に繋がる真っ暗な穴が空いていた。


 俺はカシスを両手で抱えると、その穴の中に飛び込む。


 頭上で衛兵たちが騒ぎ立てているのを尻目に、俺はひたすら闇の中を落下した。



   *



 ざばん、と水面から顔を出して、俺は周囲を見渡す。


 そこは、幅五メートル、高さ四メートルほどの長い空間だった。中央に水路が走っている。


 ――地下水路。


 正式な名前は、ダンジョン「ヌドンド地下水道」。


「ぷはぁっ!」


 そこで、隣からカシスが浮かび上がってくる。彼女は引きつった笑みで俺を見てから、言った。


「パンイチ、どうやらきさまはサプライズが大好きらしいな。きさまの友人は誕生日のたびに寿命が縮んでいたに違いない」

「残念ながら誕生日パーティーに呼んでくれるような友達は俺にはいなかったよ」

「……すまん」

「いやガチでなトーンで謝らないでくれる? 俺がしんどいから」


 そんなことを言いあいながら、俺とカシスは地下水道にぷかぷかと浮いたまま流されていく。



 ――基本スキル「穀潰し」。


 それは、地形を破壊することができるスキルだった。「アヌーの森」で試しに使ってみたときは、太い樹を一撃で折ることに成功した。かなりの威力を持ったスキルである。


 だが、効果があるのは樹や地面、そして建物などの「地形」のみ。モンスターに当ててもダメージは通らないし――こっちはまだ試していないが、おそらく人に当てても効果はないだろう。


 俺は衛兵に取り囲まれたとき、このスキルを使うことを選んだ。理由は単純、「ヌドンドの町」の地下にこのダンジョンがあることを知っていたからである。「Many Money Online(メニーマネーオンライン)」をプレイしていたとき、ゲーム内のフレンドが教えてくれたのだ。


 ――リアルに友達はいなかったが、ゲーム内ではそこそこ人脈が広かったのである。自慢できることではないが。


「…………」


 また、余談だが「穀潰し」は放送禁止用語である。

良い子は使わないように。

たとえ相手が無職だろうがニートだろうが親に寄生するパラサイトだろうが、絶対に使っちゃダメだぞ。


 パンイチ兄ちゃんとの約束だ。


「自分で言ってて虚しくなってきた……」


 それはさておき。


 俺は後ろを振り返り、闇の中を見通す。


 幸いにも、衛兵たちが追ってくる気配はなかった。

鎧を着たまま水に飛び込めば溺れるだろうし――鎧を脱いでから穴に飛び込んだとしても、すでにかなりの距離を流されている俺とカシスに追いつけるとは思えなかった。



 適当なところで水から出て、地上に繋がる通路を探そう。これからの動きについて、俺はそう考えた。


 暇だったので、隣で一緒に流されるカシスに話題を振る。


「……でも、あの衛兵たちもひどいよな。パンツ一丁なだけで『悪魔だー』とか。そんな悪魔いるわけねぇのに」

「いるぞ」

「だよなー……っているの⁉ マジで⁉」

「聖典に書かれる邪淫じゃいんの悪魔、『パンツォロッソ』がそれだ。もとは裸族の神としてあがめられていたものが堕天だてんして悪魔になったらしい」

「名前がムダにかっこいいのが腹立つな」

「パンツ一丁で外を出歩くことが禁止されているのも、その悪魔が原因だ。その格好が『パンツォロッソ』を想起させるから、らしい。衛兵ならまだましなほうだ……教会の人間にパンツ一丁の姿を見せたりなんかしたら、発狂して攻撃系のスキルをぶっ放してくるぞ」

「いやだなー……」


 教会、そして聖典の設定は「Many Money Online(メニーマネーオンライン)」にも存在したが、パンツ一丁の悪魔なんてものは聞いたこともなかった。


 俺は水に流されながら、深くため息をつく。


「いよいよ、早めに服を手に入れる必要性が出てきたな。……ってか、なんで『裸の王様』は効果が切れたんだ?」

「時間切れ、と見ていいだろうな。持続系のスキルには時間制限があるものだ。これからは気をつけるといい」

「ああ、そういえばそうだったな。『メニマネ』じゃ持続系のスキルなんて持ってなかったし、忘れてた……。けど、『特殊スキル』っていうから、もっと便利なもんだと思ってたぜ」

「姿が透明になるだけで、破格の性能だ。そんなものを持っているのは、それこそ千人にひとりくらいのものだぞ」

「……ちなみに『つまようじ投げ三級』ってのはどれくらいレアなスキルなんだ?」

「あれはスキルではない。ただの資格だ。年に四回行われる『つまようじ検定』をクリアすれば手に入る」

「スキルですらなかったのかよ……」


 つまり、こいつはただ普通につまようじを投げていただけということか。


 他の人に真似できないスキルを使っていたとか、そんなんじゃなくて。


「ってか、そもそも検定ってなんだ。実技とか筆記とかあるのか? そもそも誰が主催してるんだよ」

「うむ、それは……『ヌドンドつまようじ協会』……だ……」

「ん?」


 カシスの声が、やけにかすれていた。


 俺は異変を感じて、彼女のほうを見る。


 すると、水から出ている彼女の顔が、やけに赤くなっていた。


 俺は慌てて、彼女の額に手を当てる。


「おい、カシス……熱があるぞ⁉」


 手のひらから伝わる熱に、俺は驚きの声をあげた。


 対するカシスは、あくまでも気丈にふるまう。


「だいじょうぶ、だ……。おそらく、『感染』の状態異常にかかっただけだろう。ここは下水道の、ダンジョンだからな……」

「なに……?」


 俺は自身の体が浸かっている水を見る。


 透明ではないものの、それほど臭いもしない。だから衛生的にも、安全だと思っていた。


 「状態異常」――まさか、そんな落とし穴があるとは。


「すぐに上がろう、カシス! 『感染』なら、薬草を食べれば治るはずだ! 俺がどこかのショップで買ってくれば……!」


 水路の脇にある狭い陸地に上がったあと、俺はカシスを抱えたまま出口を探す。


 だが、ここから見える範囲に、地上につながる階段や梯子はしごは見当たらなかった。


「ここで待ってろ、カシス! すぐに出口を見つけて、薬草を持ってくる!」

「はは……気持ちは嬉しいが、その格好で、か?」

「ああ、この格好でだ!」


 俺が強い口調で告げると、カシスは薄く笑った。


「ありがとう、パンイチ。衛兵と、教会の人間には気をつけろ……とくに『ヌドンド大聖堂』のまわりには、悪魔パンツォロッソを親のかたきくらいに嫌っている教会の人間がたくさんいるからな」

「ああ、わかった!」


 そのまま俺が、水路の奥へ駆けだそうとした、そのとき。


『WANUUUUUUU……!』


 低い唸り声が、地下水道にこだました。


 俺が弾かれたようにして後ろを見ると、そこには、体長一メートルほどのワニ型モンスターの姿があった。


 ――ナシヨリノ・アリゲーター。


 鋭い歯による噛みつき攻撃がやっかいなモンスターである。


 そうしてここにモンスターが……と考えるも、俺はすぐに、この場所が「ダンジョン」であることを思いだす。


 そうだ。ここは市街地ではない。モンスターの襲撃は、予想しておくべきだった。


「人型じゃない……てことはたぶん、『すねかじり』は使えねぇな。体ひとつでなんとかするしかないか」


 俺は低く構えて、ファイティングポーズをとる。


 喧嘩は素人しろうとだったが、ここで引き下がるわけにはいかなかった。俺が負ければ、カシスが危ない。『感染』の状態異常は、少しずつ、しかし確実にHPヒットポイントを削っていくのだ。


 ――あれ、そういえば、「こっち」の世界ではHPヒットポイントの概念はあるんだっけ?


 俺が考えた、次の瞬間。


『WANEEEEEEEEEEE‼』『WANIIIIIIIIIIII!』『WANAAAAAAAAAAAAA‼』


 さきほどの一匹に加え、数匹のワニが水路から顔をのぞかせ――叫び声をあげた。


 そのどれもが、鋭い牙をギラリと光らせ、俺とカシスに狙いを定めている。


「パンイチ……!」


 熱でふらふらになったカシスが、俺の名前を呼んだ。


 ああ、わかってる。状況が変わった。ここは、真っ正面から戦うべきじゃない。


「しっかりつかまってろよ、カシス!」


 俺はカシスの濡れた体を抱きかかえると、頭上、レンガでできた天井を見据える。


 そうして、あらん限りの力を振り絞って、跳躍した。



「スキル『穀潰し』ィ――ッ!」


 俺の頭突きが天井にぶつかり、硬いレンガを粉砕する。勢いをそのままに、俺は地上へと躍り出た。


 さすがに、頭がズキズキする。だが、これでうまく逃げられたはず。


「よし、ひとまずは脱出成功……で、ここはどこだよ?」


 できれば、人のいない路地裏か、空き家あたりに出たかったが――果たして。


 俺はカシスを抱えたまま、周囲を見渡す。


 真っ白な、広い空間だった。

 外から差し込む陽光が、ステンドグラスに反射する。整然と並べられた椅子と、そこに座るたくさんの修道女たち。巨大な空間の一番奥には、神々しい「女神像」が鎮座していた。


 動きを止める俺の脳裏に、先ほどのカシスの言葉が浮かぶ。


 ――教会の人間には気をつけろ……とくに「ヌドンド大聖堂」のまわりには、悪魔パンツォロッソを親のかたきくらいに嫌っている人間が数多くいるからな。



 ……うん。


 気をつけろっていうか。



 ――もしかしてここが、「ヌドンド大聖堂」なのでは?


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