6話 ドキドキ☆密入国(国じゃないけど)
「おい、待て。そこのお前だ。止まれ」
全身を銀色の鎧で包み、見るからに物騒な槍を持った「衛兵」が、カシスを呼び止めた。
ここは「ヌドンドの町」の入口である。衛兵が立つ門の向こうには、レンガ造りの街並みが見えた。
俺は特殊スキル「裸の王様」を使用し、透明になったまま、カシスと衛兵のやり取りを見守る。
「なんだ。私はこの町の住人だ。止まれと言われて止まる義理はない」
カシスが不機嫌そうに言った。やはり彼女は、心を開いた人間以外には
ただ、その不遜な態度はこの状況では逆効果だった。衛兵は彼女の態度に腹を立てたように言った。
「お前がこの町の住人だろうと、怪しいことには変わりない。……その黒い袋の中に入っているものはなんだ? 見せてみろ」
「あっ……!」
そう言うなり、衛兵の男はカシスの腰から下げられた袋を強引に奪い取る。
カシスが抗議をする暇もなく、衛兵はその紐をゆるめ、中身をあらためた。
まずい。
あの中に入っているのは、カシスの武器であるつまようじだ。ただ持っているだけならまだしも、ああして隠すように所持していた以上、怪しまれる可能性があった。
「返せ! それは私の武器だ!」
ああ、言っちゃったよ。
まだ「食事するときに使うんですゥ~」みたいな感じでごまかしておけば、なんとかなったかもしれないのに。
「これは……お前、もしや!」
案の定、衛兵はつまようじを見た瞬間にぷるぷると震えると、食ってかかるようにカシスへと怒鳴りつける。
「こんなものを武器にしなければならないほど困窮しているのか⁉ かわいそうに……私からできることは少ないが、せめて町の教会を紹介してやろう! そこに身を寄せるといい! だいじょうぶ、神父さまは優しい人だ。食うものと寝るところには困らないだろう……!」
「へ」
いきなり感極まって泣き出してしまった衛兵を、カシスがぽかんと口を開けて眺める。
――いや、そうなるんかい!
声を大にしてツッコみたかったが、どうやら「裸の王様」発動中も声だけは相手に聞こえるようだったので、俺はできるだけ我慢する。
「い、いや、遠慮しておく。私はつまようじさえ食っていれば生きていけるし、つまようじで作ったベッドが家にあるものでな……」
困惑の表情を浮かべたカシスが、衛兵の脇をすりぬけるようにして町の中へ入る。
俺もそのあとに続いて、慌てて町の門をくぐった。
通りの角を曲がって、衛兵の姿が見えなくなったところで、俺は透明化したままカシスへと語りかける。
「いい人だったな、あの衛兵」
「ああ。あのような人間をあざむいて町に侵入するなど、なんかこう……良心が痛む」
「すまんカシス。そうしなきゃ、俺は死刑になるんだ……!」
俺とカシスの間に微妙な空気が流れる。
なんとなく気まずくなったので、俺は周囲を見渡した。
三階建てほどのレンガ造りの建物が整然と並んでいる。行き交う人々は三者三様の出で立ちをしており、町の人間に加え、旅人らしき者の姿もちらほらと見受けられた。
「ヌドンドの町」。
ここは「アヌーの森」から東に半日ほど歩いたところにある場所だった。「Many Money Online(メニーマネーオンライン)」内では、初心者がレベル上げや情報収集のために拠点とする町である。
俺はこの町を訪れたことはなかったため、ゲームと目の前の光景がどれほど違っているかは分からない。だが、周囲を行き交う人々は、NPC――いわゆるゲームキャラよりもずっと、生き生きしているように見えた。
「みんな生き生きしやがって……俺は死に死にの
小さな声で、愚痴る。
そう。俺は「裸の王様」を解除した瞬間に、町の人間にパンツ一丁の姿を見られ、死刑となるのだ。露出狂もびっくりの緊張感である。
それなのになぜ、俺がわざわざ町の中まで足を運んだのかというと――理由は簡単、町のショップで「服を得るため」である。
なんてことわざがあるが、そのことわざを考えた人間の気持ちが少しは分かるような気がした。
――もちろん、カシスだけを町に入れて服を買ってきてもらう……という選択肢もあったのだが、そもそも、彼女の身なりもかなり怪しい。男向けの服屋に単身で突入して、トラブルにならないか……という懸念があったために、俺は自らも町に乗り込む決心をしたのである。
自分の命がかかっているのに、なんというか、カシスに甘い俺なのであった。
「……パンイチ」
まぁでも、俺が心配しているよりも、事はスムーズに進みそうだ。
町にはなんとか侵入できたし、あとは服屋に入って、適当な服を抱えて試着室にすべりこむだけ。そこで商品の服を着て、代金を店員に渡すだけでいい。
幸いにも、あのグリーンゴブリンを倒したことにより、俺の懐はうるおっていた。今はなんと、10万
「パンイチ」
いやぁ、一時はどうなることかと思ったが、うまくいきそうで良かった。
さすがの俺でも、「パンツ一丁で町を徘徊した罪」で死にたくはないからな。
ふざけた死に方は一回だけでじゅうぶんだ。
「――パンイチ!」
と、そこでカシスが俺の腕をつかんだ。
どうした、と思ってそちらを見ると、なにやら彼女は必死な顔で俺を見ている。
口をぱくぱくさせて、何かを俺に伝えようとしていた。
「おいおいカシス、俺はいま透明化してるんだぜ? そんな奴に向けて喋っちゃ、おかしい奴だと思われて――」
ん?
こいつ、いま、俺の腕を
「あ」
そこで俺は、今さらながらに気づく。
――自分の体が、上半身の部分だけ「実体化」していることに。
「うおおおおおおおおおおっ⁉」
「まずいぞ、パンイチ! 上半身露出だけでも、『監獄島ガンジューヌ』行きの重罪だ!」
「まじかよ⁉ あそこのモンスター、『かゆみ』の状態異常攻撃ばっかしてくるから嫌なんだよなァ~⁉」
そんなことを言っている場合ではなかった。
気がつくと、周囲の人間がみな俺を見てざわめいていた。
優しそうな女性が、抱えていた
おっと、またしても思考が脱線してしまった。
「なにをボーっとしている、パンイチ!」
そこで、カシスがつまようじを取り出して、俺の脇腹にぶっ刺す。
「いたああああああああああああああああああああっ⁉」
それは彼女なりのツッコミのつもりだったのだろうが、俺は痛みに耐えられず、「裸の王様」を解いてしまった。俺の全身が実体化して、パンツ一丁の姿があらわになる。
「あ、すまない」
我にかえったように、カシスが俺に謝ってくる。いや、もう
そのとき、騒ぎを聞きつけたのか、鎧をまとった衛兵たちが通りの角から姿をあらわした。
「なにごとだ⁉」「パンツ一丁の不審者……だと⁉
数にしておよそ十ほどの衛兵が、俺とカシスを取り囲む。――いや、あんたら物騒だな!
「やばい、パンイチ……!」
「くそっ!」
絶対、絶命。
俺に残された手段は――ひとつしか、なかった。
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