5話 裸の王様

 あるところに、服が大好きな皇帝がいた。


 その皇帝のもとに服の仕立て屋が現れ、「ばかには見えない服」を献上する。しかし、その服は皇帝にも見ることはできなかった。


 しかし、皇帝はその事実を隠し、「服が見えているようによそおって」パレードでその服をお披露目ひろめする。国民もまた、その服を見ることはできなかったが、空気を読んで誰も口にすることはなかった。


 だが、ある一人の子供が、ついに言いだしたのだ。


「王様はなにも着ていない、裸の王様だ」と――



   *



「体の透明化……それが特殊スキル『裸の王様』の能力ってわけか」


 俺はグリーンゴブリンのをかじるのをやめて、立ち上がる。


 緑の巨人は、それまで存在していた人間がひとり消え失せたことに驚き、きょろきょろと辺りを見回している。だが、その目に俺が映ることはなかった。


 透明化。


 これは、かなり便利な能力だ。相手から俺の姿が見えないだけではなく、どうやら攻撃も俺の体をすりぬけていくらしい。


『TINJYAOROSUUUUUUUUU‼』


 怒り狂ったグリーンゴブリンが、でたらめに棍棒を振り回す。

 しかし、その先端は空を切るのみ。


「おい、カシス!」


 その間に、俺は盗賊少女のそばに駆け寄り、いまだ唖然あぜんとした表情を浮かべている彼女へと語りかける。


「いま思いだしたことがある。もしこの世界が『Many Money Online(メニーマネーオンライン)』と同じだとすると……グリーンゴブリンの弱点は、後頭部だ。そこは皮膚が柔らかいうえに、奴の脳がある。あんたのつまようじでぶっ刺せば、すぐに倒せるはずだ」

「えっ……パンイチ……? めにーまねー、って……?」

「詳しい話はあとだ! あいつを倒すぞ!」


 そう言うなり、俺はふたたびグリーンゴブリンのもとへと飛び出す。


 振り回される棍棒が、俺に迫った。さすがにヒヤリとしたが、その巨大な木の塊が俺にぶつかることはない。まるで幽霊を殴ろうとしたかのように、棍棒の先端が俺の頭部を通過していく。


「こっちだ、中華料理ヤロウ!」


 そうして、俺は頭で念じて「裸の王様」を解除した。


 頭のてっぺんからつま先までが実体化する。


『EBITIRI……‼』


 グリーンゴブリンが、ようやく姿を現した俺を見てニヤリと笑う。


 そのまま、巨人は俺のほうへと突進してきて――


「せやあああああっ‼」


 そのとき、まるで針のように鋭いつまようじが、グリーンゴブリンへと投げられた。


 グリーンゴブリンを挟んで俺の対角線上に立っていたカシスが、攻撃を仕掛けたのだ。


『BANBANJI⁉』


 グリーンゴブリンは振り返ろうとするが、遅い。


 その柔らかい後頭部に、四本のつまようじが深々と突き刺さった。


 緑の巨人が制止する。

 俺もカシスも、だらだらと汗を流しながら、巨人の動向を見守る。


 ――そして。



『SABANO,NITSUKEEEEEE.........!』


 ズシン、と。


 地響きをたてて、グリーンゴブリンは草の上に倒れ伏したのであった。


 

   *


「やった! 倒したぞ、パンイチ!」


 カシスが嬉しそうにぴょんぴょん跳ねながら俺のほうへ駆け寄ってくる。

 こういうところは、年頃の少女らしい。


 俺はやりきった解放感から、地面の上に仰向けに寝転んだ。パンツ以外の部分に触れる土の感触が冷たくて気持ちがいい。


 ――とりあえずは、まだ死なずに済みそうだ。


 と俺が考えていると、数メートルくらい向こうで倒れていたグリーンゴブリンの体が、突如として淡い光に包まれた。


 かと思うと、ボン! と音をたてて、その緑色の巨体が爆散する。


 そこから飛び散ったのは、肉片や血液なんてものじゃなくて――


「おお、こいつ、こんなにPプリュンを持っていたぞ! パンイチ!」


 大小さまざまな形をした、コインであった。


 まさにゲームっぽい演出。しかしこれは、まぎれもない現実であった。


 この世界は、ここまで「Many Money Online(メニーマネーオンライン)」と似ているのか……と俺は舌を巻く。


 しかし、俺の「相棒」はそんなことをみじんも気にしていないらしく(彼女にとってはこれが当たり前なのだ)、たくさんのコインを抱えながら俺のほうに走り寄ってきた。


「きさまはすごいな、パンイチ! あの巨漢の弱点を知っているとは! ……だが、どこでそんな知識を手に入れたのだ? この森に長くいる私でさえ、あんな奴には出会ったことがなかったというのに」


 そりゃあ、月イチ、しかも森の一定区画にしか出現しないモンスターだからな。


 という言葉を飲み込んで、俺は彼女にどう説明しようかと思考を巡らせる。


 しかし、無職の俺にうまい嘘がつけるとも思えず……仕方なく俺は、カシスにすべてを離すことにしたのであった。


   *


「そんな……。きさまは『裸族』の生き残りではなかったのか⁉」


 三十分後、俺は彼女にすべてを語り終えた。


 異世界から来たことや、女神の導き(?)で転生したこと。

 ここと同じような世界観のゲームをやりこんでいたこと(ゲーム、という言葉の説明も必要だった)。

 

 最初はボケーっと上の空で話を聞いていた彼女も、しだいに俺の言うことが本当だと気付きはじめたらしく……話の後半になるにつれて、前のめりの体勢になっていた。


 ただそれでも、一番驚いたのが「俺が裸族の生き残りじゃないこと」って……ほかにいくらでも興味をそそるポイントはあっただろ、絶対。



 まぁでも、彼女は俺の話をすっかりそのまま信じてくれたようであった。

 あまりにすんなり鵜呑うのみにしすぎて、詐欺に引っかからないか心配になる――って言葉は、心の底にしまっておく。


 そのとき、カシスが俺の顔をのぞきこんで、言った。


「パンイチ! きさまはどうやら、この世界の人間よりもこの世界について詳しいらしい……! きさまの知識があれば、億万長者になることも夢ではないだろう!」

「億万長者?」

「そうだ!」


 琥珀色の瞳をキラキラと輝かせて、彼女は語る。


「私は、貧しい村で育った。親もなければ、頼るべき大人もいない。だからこそ、盗賊に身をやつし、こうして己の身ひとつで生きてきたのだが……やはりどうしても、金持ちや貴族といった存在に憧れるのだ。つまようじを武器にすることもなければ、つまようじを食べて生活することもない……そういう生活を私はしてみたい」

「あんたつまようじが主食なのかよ」


 とりあえずツッコんではみたが、どうやらこの少女の生活は俺が思っているよりもはるかに困窮しているらしい。


 そしてそれゆえに、彼女の「裕福な暮らし」への憧れは本物のように思えた。


 その仰々ぎょうぎょうしい言葉遣いも、もしかすると上流階級のものを真似た結果なのかもしれない。


「俺の知識があれば億万長者になれるかもしれない、か」

「ああ! だから――無礼を承知で、きさま……いや、パンイチに頼みたい! 私を、旅に連れていってはくれないか⁉」


 まだ旅をすると決めたわけではないのだが、とにかく、彼女が引きさがる気配はなかった。


 俺は頭を掻きながら、カシスを見据える。


 よく見ると、彼女の手は傷だらけだった。服も汚れている。とてもではないが、満足のいく暮らしができているようには見えない。


 ――億万長者には、してやれないだろうが。それでも、普通の暮らしくらいは、彼女にさせてあげたいと思った。


俺もつくづくお人よしだ。


「……いいぜ。そんなに言うなら、ついて来るといい」

「ほんとうか⁉」


 カシスが目を輝かせて笑う。普段は不愛想なぶん、笑顔がまぶしい。


 ひとの命を狙ってきたくせに、金が得られそうになると仲間になりたいなんて言う……なんてのは、まぁ、確かに現金な話ではある。


 だが、俺もカネに目がくらんで命を失ったような人間だ。もしかすると俺たちふたりはお似合いなのかもしれない。


「よし、そうと決まれば出発するぞ、パンイチ!」


 カシスが元気よく俺の手をとって、走り出した。

 その瞳には、もう、俺を襲ってきたときみたいな冷たい光は見られない。


「おい、あまり引っ張るな。しばらく引きこもってたせいで、体力がないんだ……」


 カシスに振り回されながら、俺は抗議する。


 でも、こんなやり取りが、今はすごく楽しかった。


「ほんの少しだが、あの女神ヤロウに感謝しなきゃいけないかもな……」

「なにか言ったか、パンイチ?」

「いや、なんでもない。――それより、どこか行くあてはあるのか? あんた、この森に長くいるって言ってたっけ。どこかに家でもあるのか?」

「いや、基本は野宿だ。そして私は、この森に入る前は町のスラム街で生活していた。一旦はそこに戻って、これからの戦略をたてよう」

「スラム街か……なんだか危なげな雰囲気がするな。非合法って感じだ」

「あ」


 そこで、カシスが思いだしたように言った。


「非合法といえば、この国でパンツ一丁で外を出歩くことは、法律で禁止されているぞ。衛兵にばれたら即死刑だ」

「なるほどな。まぁでも、さすがの俺でも、そんなことはしねぇよ。パンツ一丁で外を出歩くなんて、そんな頭のおかしいこと――」


 ぴたり。


 俺の足が止まる。


「……なぁカシス、さっきなんて言った?」

「うん? いや、一旦はスラム街に戻って、戦略を」

「そのあとだ」

「ああ」


 そうして、盗賊少女はなんのためらいもなく、言った。



「パンツ一丁で外を出歩けば、死刑になるぞ?」

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