知らない天井だ
「………。……………!」
「…………、…………」
瞼裏に染み入る、柔らかい電飾の光に意識が覚醒する。
誰かの声を遠くに、ふかふかの柔らかい──まるでベッドに入って寝ているみたいな心地よさの中で、俺はうっすらと目を開けた。
「…………知らない天井だ」
「っ、目が覚めましたか」
視界には、モダンで落ち着いた色をした木目の天井と、シャンデリアのような電飾が目に入った。
おお。今生では初めての文明的な灯りだ。
傍で誰かが何かを言っているのが遠く聞こえたが、灯りにぼんやりしてしまってよく聞き取れなかった。
なんだろう。取り敢えず体を起こそうとしてみる。が、動かそうとした時点で全身に痛みが走ってうめき声をあげてしまった。
「ズッ………ぅう」
「──無理をして動くな、なのです。オマエ、聞くところには雷雷牢をノーガードで喰らったそうじゃないですか」
「…………あれ、ほんとにベッドに寝てたのか……ん、君、は?」
びっくりした。ぐ、ぐ、ぐ。と首を動かしながら視線をどうにか左に向けてみると、そこにはアメジスト色に艶やかな髪をボブで揃えた女の子がいた。
綺麗だ……俺が今までで見た中で一番に。
どこか儚げな雰囲気を醸すその女の子は、紅蓮の瞳でこちらを真っ直ぐ見すえながら言葉を返してきた。
「私の名前はルゥ・グノーシ。アンスロポスにてネクロマンスを専攻する学生をしています。果たしてこの言葉の意味が通じるのかは分からないですが……」
「え、うん。いや、何となく分かります。えっと、アンスロポスっていう場所でネクロマンス?を学んでいる学生さんなんですよね?」
「ふふ、ほんとに分かっているのですか?やけに疑問符が多いような気がしますが」
「えっ、いや、分かってますよ!」
いたずらに目を細めた女の子に、堪らず半音上擦った声で返してしまった。
くそ、童貞丸出しじゃねぇか。あでもあの島に人いなかったし、実際童貞だし……って、あ。島といえば。
顔がさーっと青ざめていくのを感じる。そうだ、俺はププと見回りにでたら急に襲われたんだった。
そういえばこの女の子、よく見たらさっきいた四人組の中に居た気がする。だとしたら、一体こいつらは……!
────【剣】を呼び出そうと意識を集中する。目の前の美貌に囚われて忘れていた。こいつらは急にやってきて、急に殺そうとしてきたヤバいやつなんだ。
咄嗟に一歩仰け反って、そのまま【剣】を手に召喚する。ベッドを挟んで向かい合って、そのまま切っ先は真っ直ぐに相手に向ける。
しかしルゥと名乗った女の子は、うっすらと笑みを浮かべたまま微動だにしなかった。
「ここから出せ」
「ふふふ、キリンの言う通りなのです。これでスパイだなんて言われた日には笑えてしまいますね」
「…………キリンってのは、あの細剣男のことか」
「そのとおりです。そして、私たちはアンスロポス王国より王勅令により『宝玉の魔物』の秘密裏での捕獲を命じられた総勢三十八名からなる海賊団なのです」
「…………王……海賊?……信じられるか」
「信じなくても結構。それと、キリンがいきなり襲いかかってしまったことは陳謝致します。ただ私たちにはそれ以上の事実は無いのです。私たちにとっての事実は、王の勅命で誰もいない筈の島まで内密にやってきたら、そこには謎の青年が一人。たったのそれだけのことなのです」
澄まして言う彼女の様子に、なんだか自分が虚しくなって、俺は上げ続けていた剣の切っ先を下げた。
「…………」
「なんとも言えない顔をしていますね。……よければ、まずは教えて頂けませんか? 貴方自身の事を。私たちは勅命のためにそれを知らなきゃいけないのです」
「…………」
「だめ、ですか?」
「…………いや、言うよ」
真っ直ぐな目に根負けした。【剣】を消してベッドにどかりと座り込む。信じたわけじゃないけれど、剣を向けてたって何の意味もないことは俺でも分かった。
思い返せば、島にいたときは海の向こうのことなんて考えたこともなかった。ファンタジーな世界ってことは分かっていたけど、友達たちと一緒に居れればそれでいいやって。この世界に産まれて何日が経ったのかは分からないが、そろそろ外にも意識を向けるべきなのかもしれない。
そう思って、俺はなんとなくルゥ……さんには視線を向けないようにしながら、産まれてからの話を覚えている限りぽつぽつと零していった。
□
□
「…………なるほど。要するに貴方はあの島で、宝玉の魔物と共に産まれ育ったということなのですか」
「多分。君がいう宝玉の魔物があの子たちのことだっていうならそうだと思う」
「ふむ」
これは困ったのです、と眉を下げて腕を組むルゥさん。
暫くの間沈黙が続く。ルゥさんの心情を推し量るに、『
「一体、君たちの王様は宝玉の魔物を捕まえて何をするつもりなの?」
「そうですね……我らが王は魔法の発展に精力的な方です。恐らくは学術的な実験、解剖に使われるかと。少なくとも幸せではいられないのは確かなのです」
「……だよな。そういうのはやっぱり…………」
んー、と腕を組みながら唸り続けるルゥさんと、俺。俺の空返事を最後に、部屋にはどんよりとした空気が広がった。気がした。
「少し船長と話をして来るのです。部屋に食べ物と飲み物を持ってこさせるので寛いでいてください」
「あ、うん」
何を言い出すことも出来ずに俯いていると、ルゥさんはそれでは、と部屋を出ていってしまった。扉がカチャリと軽い音を立てて閉まったのを確認した後、俺はベッドに仰向けで倒れ込んだ。
はぁ。まさか、初めての
ププは大丈夫だったかな。ちゃんとみんなの所に帰れたかな。ガルルたちも心配してるよな、無事だって報せに行きたい。
……抜け出せないだろうか。そう思って部屋を見渡してみるも、ルゥさんが出ていったドア以外に部屋を出れるところはなさそうだった。
「つっても…………逃げ出したところで……」
そもそもここが何処なのかも分からない。ルゥさんの言うことを信じるなら海賊船の上?……ていうかまず俺はどれくらい寝てた?船が島付近に停泊してるんならそれでいいが、島から離れてたとしたら俺は正しく孤立する。
……無茶しない方がいいよなぁ。
俺はそう結論を纏めた。そもそも今の状況は『捕虜』だ。変なことしても悪い方にしか転ばないだろうし、キリンとかいう男は俺の何倍も強い。あいつ一人に容易く制圧される以上、悪化させるのは控えるべきだ。
己でも虚しくなってくる現状考察を進めていると、とんとんとん、と軽くドアをノックする音が聞こえた。
ノックとか、あるんだな。
………………。
些細な事を考えながら待っていると、しかしドアはノックを響かせたっきり動く様子を見せなかった。
えっ。これなんか言った方がいいのか。
「ど、どうぞ」
てっきりそのまま入ってくるものだと思っていたから、慌てて開いた口は若干絡まって吃ってしまう。
「失礼するわ」
若干の恥ずかしさを感じながら声の主を待つと、先程と同じように軽い音を立てて開かれた扉から、今度は派手派手しい海賊帽をかぶった金髪の女性が入ってきた。
「えーと、船長さん?」
「その通り、船長のマリナよ。我がうみりゅう海賊団へようこそ、っていっても貴方にとっては望んできた場所ではないでしょうけどね」
「それは、まぁ」
ズバッと言ってくるマリナさんに、俺は力のない愛想笑いで返した。
「んー……ルゥから話は聞いたわ。貴方、宝玉の魔物たちと家族のように育ってきたんだってね」
「うん。で、君たちは王様の命令であの子たちを捕まえに来た。そうでしょ?」
「……ええ。アンスロポスの魔法技術研究は最近行き詰っていてね、それを解消する為の研究の一環として」
「その価値ってのは、いったいどんな?」
軽く聞き返してみると、マリナさんは、うーんとうなった後、こちらを怪しむような目で見てきた。
「……何?」
「言っても分かんないと思うけど?」
「一応言ってみてよ」
「ううん……えーっと────昨今のアンスロポスにおける魔法研究についての大きな課題とは、魔法の持続性とその現象・存在の顕現後の安定性であり、完全に他から自立した魔法的存在である『宝玉の魔物』は、その存在を完全に魔力で構成されていながら安定した存在濃度を維持し続けている点からみて現代の魔法力学からは完全に再現不可能な───」
「も、もういいっ、わかったっ」
「そう?」
頭がパンクする寸前にストップをかけると、マリナさんはまだまだいけるけど、なんて言って楽しそうにこっちを見てきた。
「ふふふ、君面白いね。そうだ、名前はなんていうの?」
ん。名前、名前か……そういえば、考えたこともなかったな。
まぁ島で育って何日、何千日か。必要になるタイミングなんてなかったし。
「無い」
「ええ、無いの……ってそれもそっか、今まで人間と暮らしたことないんだものね」
それじゃあっ! とマリナさんは仕切りなおすように大げさに手を叩くと、俺に向かって言った。
「君の名前はこれから『ゴンべ』ね! そしてゴンべ君、君に言いたいことがあるんだけど………もしよかったら、私の仲間にならない?」
「え………」
今思い返してみれば、これが俺の……いや、ゴンべという名前の男の人生が始まった瞬間だった。
記憶喪失無人島スタート異世界転生いずれチーレム成り上がり学園海賊譚 @chinchichin
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