眠りの森の人
「どうするマリナ。島への上陸は今すぐ行うか?それとも夜が明けてからか?」
宝島から一キロの海上で美丈夫が呟いた。
マリンと呼ばれた女性はそれを受けると、
「今すぐ行く。待ってなんか居られないわ」
そう力強く返した。彼女達は、宝島に魔法研究の行き詰まりを打開すべく調査に派遣された『海賊』だった。
国王の命令の元、宝島にいるとされている『宝玉の魔物』を捕獲できるだけ捕獲し、それを持って帰ることが彼女達の任務だったのだ。
「よし、そしたら島に近づこう……とはいうものの、ここからでもだいぶ沢山の魔物達が見えるな……しかも観測出来るだけでもその殆どがランクB以上の危険なやつばかりだ。今すぐ行くのは早急過ぎでは?」
学者然とした格好のひょろ長い男がそう言った。だろ、船長?といった風貌でマリナを見る彼は、この船に相乗りしたクリオネという唯一の研究者だった。
「いや。今すぐに行く。あの程度なら暗くても容易く蹴散らせる。国家公認の最強海賊団を舐めないでちょうだい」
「そうか……大丈夫だと言うなら私は何も言わない。だが私は後から行こう。生憎研究職なもんで戦闘は得意では無いのでね」
「言われなくても。宝島に人類で初めて上陸するのは私達『うみりゅう海賊団』よ。役割分担ってとこね」
マリナがそう決定づけると、その仲間達は迅速に行動を開始した。島から五百メートルの海上で船を停泊させた後、三隻の小舟でそれぞれ四人ずつ、系十二人の人員が宝島に上陸すべく漕ぎ出した。
「マリナ、あの今見えてるモンスター達は『宝玉の魔物』ではないのですか?」
「……うーん、どうかしら。微妙に細部が異なってるけれど、大体の特徴がスコルピオンにウォーワーム、カクトゥスら辺のモンスターに酷似してる……宝玉の魔物ではないでしょう、燃やし尽くすわ」
「相変わらず思考が極端なのです」
音も立てずに小船は宝島に近づいていく。海上を滑るように移動する小舟の上で、マリナと、それに同乗した三人は戦いに向けて士気を高めていた。上陸した後は、一先ず近場の魔物を駆逐して、その後偵察。安全マージンを確保してから船を呼び寄せる。その為の先駆隊で、その為に彼女達は危険を冒しているのだ。
「ルゥ、分かっているとは思うが探知魔法は海中にまで広げておけよ。海中から襲われるとも限らない」
「うるさいのです、お前に言われるまでもなくやっています、後気軽に名前を呼ぶななのです」
「あーはいそうかよ、おチビちゃん!」
「あ?てめぇゾンビにしてやろうか!?」
「どうどう、ルゥ。キリンも煽らないで、ルゥはもう1人前よ」
がるるる、と犬猿の仲で喧嘩をする、ルゥと呼ばれた少女とキリンと呼ばれた青年を宥めながらマリナは一つため息をついた。
上陸までは凡そ百メートルと言ったところ。三隻の内で彼女が乗った小舟は先頭を行っていた。
「船長、小舟に魔力込めるの変わってくれよ。俺あんま得意じゃねぇんだコレ」
「ふふ、いい訓練になるわねブタゴリラ」
「ちっくしょぉ、お、おいルゥ!」
「お前がやれなのです、ブタゴリラ」
「ひどいっ!」
マリナ、ルゥ、キリン、ダンケル。四人は程なくして宝島の海岸に辿り着いた。
「
マリンがそう呟くと、彼女達の目の前に拳大の炎が生まれて空中に留まった。
薄暗い海岸で灯りを確保するための魔法だ。
「相変わらず綺麗だな、船長の炎は」
「くく、血筋よ。パパの炎は絢爛で豪奢だ。平民のママと結婚したからこんな感じに控えめになっちゃったのよ」
「ルゥは、マリナの炎が大好きなのですよ?」
「そう? 私もルゥのことは大好きよ」
「きゃー!」
さく、さくと各々の足音を響かせながら、彼女達先駆隊は無遠慮に砂浜を歩き回る。
てら、てらと篝火が揺れて影が濃く伸びると、普段は存在しない気配を感じて、砂浜に棲む魔物達は段々と覚醒した。そしてそれぞれに侵入者に気づいてその存在を消し潰してやろうと接近してきた。
「来たわね……じゃあまず私が行こうかしら────
マリナが魔法名を叫ぶと、何も無い空間に何十もの炎弾が発生して浮かび上がった。それは互いに集まって拡大していくと、そのまま近寄ってきた魔物に飛び散っていき、無差別に魔物達を燃え上がらせた。
瞬く間に広がる業火は、あっと言う間に敵を焼き滅ぼしていく。
「見た感じこいつら、細部は異なるがほとんど普通のモンスターと変わらないようだな」
「そうね……ルゥ、
「特に異常は無いのです……周辺は私達以外に反応はゼロ」
マリナはふむぅ、と一瞬の思案を巡らせた。宝島に上陸して暫く、もう浜辺も終わりを迎えようとしている。
少し先には鬱蒼と生い茂る森があり、そこはかなり深く広がっているように見えた。
「ルゥ、あの森の中に反応は?」
「んむむ……そうですね……中心に集団で一つ……ダメなのです、もう少し近づかないと明瞭にならないのです」
「そう……わかったわ。よし!全体止まれ! ここからはフォーマンセルに別れて行動する!ジン、ゲオルグの班はこのまま砂浜を左右に迂回しながら進んで探索とモンスター排除を! 私達はこのまま森に直進する! 一時間たって戻らないようなら私達が行く道を辿るように追ってきて!」
短く指示を飛ばすと、ジンとゲオルグ──長身痩躯の男とバンダナを額に巻いた男──らは、それに短く返事を返して動き出した。
一息ついた後、マリナ達も隊列を組み直すとキリンが先頭に立ってゆっくりと森の中に歩みを進めた。
「何処にいるのかしらね…………逃がさないわ」
「………ん?」
ぺろり、と頬を舐められる感触で俺は目を覚ました。
「ププ、どうした?」
「ぶーっ、ぶーっ!」
起きてみると、昨日胸に抱いて眠りについたはずのププが、抜け出して頻りに周囲を警戒している。
ププのこんな様子は初めて見た。……何か嫌な予感がする。
「ププ、どうしたんだ。大丈夫、俺が絶対護ってやるからな」
「ぶーっ! ぶぶーっ!」
抱いてあやしてもププは一向に落ち着かない。それどころかある時を境に森の一方向を凝視してそちらに向かって毛を逆立て始めた。
もしかして、魔物が森の中に迷い込んででも来たか?
「ぐるぅ……がるふ?」
「にゃうにゃう」
あやしてもあやしてもププがあんまりに騒ぐものだから、みんなも段々起きてきてしまった。
原因は分からないが、ププを鎮めるためには多分、視線の先にいる、もしくは起きてるであろう問題に対処しなきゃいけないみたいだ。
「よし、ププ。不安、だよな?一緒に見に行こう。 ガルル、もしも何かあったなら皆のことを護ってくれ、いいか?」
「がるふふ!」
「ん、いいこいいこ。じゃあちょっと行ってくるな。ププ、案内してくれ」
「ぷぶーっ!」
そういうとププは俺の腕の中から肩に位置を移動して、そこにわっしと掴まった。
俺も念の為に、それが魔物であることも考えて魔法を発動させる。
俺が虚空に手を振りかざすと、刃渡り八十センチ位の黒剣が紫電と共に現れた。
「よし、行こう」
皆が俺の背中を不安そうに見つめる中、俺はププと共に森の中に入った。
慎重に歩を進める。確かに森に入ってみると、何かがいつもと違うことに気づいた。
何かは分からない。ただ、感じる空気が違かった。
「ププ、何処か分かるか?」
「ぷー……ぷぶぅ……」
違和感は確かにある、がププもその位置を見失ってしまったようだ。
恐らくそいつは場所を移動しているか、何かの隠れる方法を持っているんだろう。
「くそ……一体なんだってんだ」
周りを伺いながら、いつでも振り抜けるように剣を前に構えておく。
じり、じりと砂浜方面に歩を進めていると暫く、すると遠くにてらてらと光る炎を見つけた。
「ぷふー!ぷふー!」
「お、おいププ、静かにっ………見えてる、見えてるぞ……あれを警戒してたのか」
遠くに見えたのは、特徴的な格好をした四人組だった。海賊帽を被った女と、小さい紫髪の女、それと恰幅の良い男と細剣を腰に下げた美丈夫。
……人だ。人間だ。この世界に産まれてから初めて見た。
「ププ、あれは人間だ……些か奇抜な格好をしているが多分……俺と同じ種族だ」
「ぷ?」
「ううん……安心していいかは分からない。まずは目的を聞かないと、言葉は通じるかな」
不安そうにこちらを見るププを一瞥してから、もう一度コスプレ四人組の方を見遣る。
何しに来たんだ、あいつら。漂流したとか?とりあえず声をかけてみるべきか??
動きあぐねて迷い続けていると、次の瞬間──ふっ、と四人組の一人、細剣を持った男が視界から消え去った。
ぞわっ。
逆立った第六感のままに真後ろに向かって剣を振り抜く────と、火花とともにガギギィッ、と甲高い音が響いた。
「ち、防ぐか」
顎先三センチでギリギリ剣を滑り込ませることができた。
黒剣越しに細剣が刃を光らせているのを感じて、冷や汗がたらりと流れる。
危なかった……いきなり攻撃してくるなんて。ププは大丈夫かと思って肩に意識をやるも、すんでのところで俺からは離れたようで重みは消えていた。
ただ、何処にいるかは分からないためなるべくププの存在に気を行かせないよう、一か八かで目の前の細剣男に話しかけることにした。
「…………っ……通じるかは知らないが……おい、あんた人間か? 海の向こうには人が住んでいるのか?」
「!…………大陸語を話せるのか。貴様、何故この島にいる。どこの所属だッ」
「なっ………ぐ、な、に言ってん、だ……っ!」
「惚けるな! この島のことを知るのは我がアンスロポス王国でも一部の重鎮と国王のみッ 我々以外に人間が存在することが先ず有り得ないのだッ」
「ぐ……っ、くそ、しらねぇってん、だぁ!」
俺は正直に話しているだけなのに、細剣男は何故か語気を強めて細剣を強く押し込んできた。
ガリギィ、と嫌な音が鳴り、力を込めている剣先が強く震える。
くそ、力を弛めるつもりは無いって感じか。実際相手の目にはかなりの殺気が宿っているように見える。少しでも気を抜けば即首チョンパ、そんな未来を幻視して内心冷や汗をかいた。
「…………答えるつもりは無い、か。ならば少々の苦痛は覚悟してもらうぞ!」
「んぐ、だ、っから! 知らねぇっ、つってんだろ……ッ」
「そんな言葉信じれるか、一旦拘束させて貰うッ【雷雷牢】」
男が呟くと、その身体から雷が四方に飛び散った。指向性を持ったそれは、俺の体の方に向かってくる。
魔法に思考を傾けたからか、ほんの少し緩んだ剣を力任せに振り払ってすんでのところで雷を避けた。
距離を置いて一息つくと、ち、と軽い舌打ちと空気中に霧散していく雷が見えて剣を構え直した。
「おい、ハァ……ハァ……っ言ってることがマジでわからねぇ、お前ら一体何者なんだよ!」
「……ふん。何者かだと?それを貴様に答えて何になる……いいか、もう貴様はとっくのとうに袋小路に追い込まれているのだ。そしてそれももう、終わった」
「は? 終わったって────」
俺が言うよりも早く、俺の体に激痛が迸った。バチチィ、という音と共に、雷が駆け抜けたのだ。
「うぐぁああああッ!」
「……やはり確信したが、貴様はどうやら魔力の探知が出来ていないようだな…………ふん。宝島に送り込まれるには些か軟弱だ、一体どこのどいつの走狗なのか」
くそ、痛てぇ。さっきの雷、消えて、なかったの、か。
焼け付く痛みが反響する体に堪らず膝をつくが、しかしそれ以上倒れ込むが出来なかった。
「が……ぐ、から、だが………」
「動かないか? 当たり前だ、【雷雷牢】を喰らわせてやったんだからな。…………もしかして、そんな知識も無いのか……?」
男が何かをぶつぶつ言うのが聞こえたが、それを聞き返す力が体に残っていなかった。
視界が暗くなっていく。
くそ、ププ、皆…………ッ。
「…………気絶したか。なんというか、チグハグな奴だ。さて……どうするか」
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