コンビニで成人誌を買うことから始まるラブコメ。

龍田蜻蛉

成人誌を買うことはいわば登竜門である。

 コンビニの一角。入って左手の1列の棚。その奥に楽園は存在する。


 高校三年生の冬ーー人より受験が早めに終わった俺は他の生徒と一線を画するべく、そのコーナーを見ていた。


 因みに俺は10月生まれだ。この意味が分かるか?

 そう。18歳なのである。


 18歳。ーーそれは甘美かつ禁断の響きを孕んだ数字だ。

 18歳。ーーそれは禁断の聖地に踏み入ることを許可された数字だ。

 18歳。ーーそれはトイレに行く時にチラ見していたアレを堂々たる態度で見ることの出来る証だ。



 喉が渇く。手が震える。


 更なる高みへと目指すのだ。そういった症状はやむを得ない。




 汗が滲む。動悸がする。


 今まで禁じてきたそれを解禁するのだ。そういった症状はやむを得ない。




 ぴろりろりろん。



 開幕の狼煙にしてはポップな入店音を横目に俺は満を持して進軍する。


作戦開始ミッション・スタート


 俺は何食わぬ顔で、否、トイレに行こうという顔で 目標ターゲットへと接近をする。


 近くにほかの客はいない。



 好機!!!!


 俺はこの千載一遇のチャンスを物にすべく、一瞬にしてブツを選び、レジへと向かう。


 ここで問題発生。

 レジには女性店員しか居ないのだ。

 男性の方の店員は今、品物の陳列を行っている。


 クソ!!!これじゃあ買いに行けないじゃないか!!


 血涙が頬をつたって、そして落ちてゆく。


 俺の夏は終わった。俺の青春は終わった。


 ひしひしと込み上げる絶望感を嘲笑うかの様な右手の重み。


 店内には、右手に分厚い成人誌をもった男子高校生が突っ立っていた。


 そう。俺である。



 店内には、敗戦が決定した歩兵の姿があった。


 そう。俺である。


 抜き差しならぬこの状況。打開策を講じようと頭をフルで回転させる。



 抜き差しならぬ状況ってえっちだよね。右手にあるピンクな本のようにね!!!



 ダメだ。頭がショートしている。下らない冗談を言うな。自身の不甲斐なさに心底怒りが込み上げてくる。



 下らない冗談?


.......下ネタだけにね!?





 ダメだ。思考が纏まらない。いっそこのまま突撃しようか。


 決死の覚悟を決めた後、俺は往く。


 店員の表情筋が少しひくついた。


「お客様、高校生ですよね?」


「そうです。高校三年生。18歳です」


 まさか話されるとは思っていなかった。端的に言いたいことだけを返す。18歳を存分に強調した必要最低限の会話。

 我ながらあっぱれの会話術であった。



「当店、高校生に成人誌の販売は執り行っていませんので.......」


「18歳です」



 困り顔の店員と、決死の顔の俺。その間には妖艶な笑みで誘惑してくる、白い水着のお姉さんが鎮座していた。


 だがしかし、水着のお姉さんが見続けるのはコンビニの真っ白な天井であった。


 頑なに引かない俺に、店員さんは言う。


「すみませんが、学校と学年。お名前を教えてもらっt.......「すみませんでした」」



 卑怯だ。非情だ。冷酷だ。


 学校に連絡されようものなら俺は、『エロ本大魔王』として残り3ヶ月を過ごさなければいけない。

 加えて、まだ受験が終わっていない人間に言わせれば、「俺たちは受験が終わっていないというのにお前はエロ本か」ということになってしまう。


 これは引くしかあるまい。全軍、撤退!!


 最後の足掻きとでも言おうか、せめて俺を討ち滅ぼしたやつの名前を確認する。ネームプレートには、『島田』と書いてあった。


 てめぇ、島田。忘れないからな。


 踵を返して、帰ろうとしたその瞬間。


「まあまあ、待ってくれよ」


 ダンディーなおじさんの声がした。

 ネームプレートを見ると、『佐々木 店長』と書いてあった。


「営業の邪魔をしてすみませんでした。つきましては、私の学校に報告しないで頂けると幸いなのですが」


 気づくと俺は、早口で自己防衛していた。



「はははは、素早い変わり身だ。君、将来いい男になるぞ!!」


 佐々木店長は、豪快にそう笑った。


「君、この子が好きなのかい?」


 そして突然、意味のわからないことを言った。


「はい?」


「あ、いや。島田莉乃ちゃんだよ。」


 シマダリノ?誰だそれ。


「あ、知らずに手に取ったのか。この子ねぇ、俺の推しなんだ」


 俺は会計台の上になおも鎮座しているその女の子に目を移す。


 ボンキュッボンでえちちちでえち乳なお姉さんがそこにはいた。

 妖艶な笑みは紙越しに俺を誘惑してくる。


.......そういやどこかでこの顔.......



「この人、いいですね。スタイルもいいし、肌も白いし髪も綺麗です。そして何より表情がえろい!!」


「おお、わかってくれるか!!この子初心な癖していい顔するんだよなぁ!!!」


 「それでな、それでなぁ.......」と語り出す店長に女性店員が横槍を入れる。


「店長!!やめてください!私シフトの時間終わったんで帰ります!!」


 どうやら下世話な会話が苦手らしい。赤面したその店員はバックヤードへと歩を進める。


「ああ、ちょっと待ってりこちゃん。これ、俺買うよ。」


 店長はそういってりこちゃんこと女性店員の島田さんに声をかける。


.......島田?りこ??


 ちょっと待て。よく見るとこの店員、めちゃくちゃ可愛い。


「えええぇ!?!?!?!?」


 これでもかと言うくらい大きな声が出てしまったのだ。


「気づいたかね、少年。りこちゃんはかの有名グラドル、島田莉乃ちゃんなのだ!!」


 突然のカミングアウト。こんなことを初対面の高校生に言う店長は頭がおかしいが、そこは責めないでおいてやろう。


「んで、はいこれ。莉乃ちゃん、いや、りこちゃんかな?りこちゃん特集も入ってるから、さ」


 そうして、成人誌を渡してきた。


「君、買えないだろ?だから俺が買って、ほら。プレゼントなら問題ない!」


「いいん.......ですか?」


 俺、感動。まじまじと表紙を見つめる。そこにはやはり、表情が最高にえろい、お姉さんの水着姿があった。


「その代わりと言ってはなんだが、りこちゃんを家に送って行ってやってくれないか?」


「店長!!」


 りこちゃんこと島田さんの糾弾を無視して店長は続ける。


「いやほら、りこちゃん可愛いじゃん?だから頼れる男に送って欲しいっていうか.......だからお願い!君、りこちゃんを家に安全に送ってくれ!」


「いいですけど.......」


「やった!ほらりこちゃん!!早く着替えて!!」


 店長はバックヤードに島田さんを押し込むと、はあっと一息、溜息をこぼす。


「あの子、大胆な格好は平気なのに恋愛には奥手だからさ.......」


 何を言っているかわからなかったが、取り敢えずエロ本を持ち歩くのはまずい。

 そそくさとリュックに入れたが、案外大きく、リュックは来る時の2倍の重さになっていた。



「着替えて.......来ました.......」


 私服の島田さんはとても可愛く、まじまじと見つめてしまった。

 こんな人があんな水着を着るのか、と思うと少しドキドキしたのはここだけの秘密だ。


 何にせよ、ぼーっとしても時間は経っていくだけだ。


「じゃあ、帰りますか。島田さんの家はどっちですか?」


「右です」



 素っ気ない反応とともにコンビニの音が鳴る。



 ぴろろんぴろろん。





 この後、彼女が実は俺のお隣さんと発覚。

 それを機に仲良くなり、しまいには恋仲まで発展していくが、それはまた別の話。

 実は、それを知っていた佐々木店長の掌の上で踊らされていたわけであるが、それはまた別の話。




 ぴろろんぴろろん。


 今日もまた、コンビニは奇怪な運命という名の客を、そのポップな音楽で迎え入れているのかもしれない。




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コンビニで成人誌を買うことから始まるラブコメ。 龍田蜻蛉 @tatutaage

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