第10話 ココロニキメタオモイ

その夜。

やっぱり、あの家にいたみんなが気になった。

まだあんなところで辛い思いをしてるのかと思うと、いても立っても居られずに、ソワソワする。


「やっぱりこの窓から出るしかないか……」

ゆっくりと音を立てないように青い布を剥がす。


ふわぁっと夜風が髪を扇ぐ。

夏は暑いが色んな物が取れる。

川には魚が多くて、みんなで取ったっけか……

「行こう」

そのままぱっと外に飛び出す。

膝を曲げて着地して勢いを逃がす。

「はぁ……ごめん」

そう言って、家を後にした。


「ついた」

太陽が上がっている時に来たのでまた雰囲気が違う。

陰湿で、すぐにでも帰りたいくらいだ。

あいにく、周りに家は無く先程見た窓を割れば行ける。

窓を割って、みんなを逃がして……

あいつを……

ぐっと下唇を噛んで、深呼吸をする。


「ワォーん」

山にいた時の合図の声を出して、みんなに知らせる。

すると一斉鳴き出す。

そのまま走り出して、体を丸めて、窓に激突する。


(ガシャン


月明かりに照らされた破片がキラキラと光る。


「何事!!!」

カチリと電気がつき、昼間にあった女が刃物を持ってこちらを見ている。

「あんたさっきの!!」


頬を擦ると、血が付いていた。


痛みが感じないんだ。


「あんた!この窓どうしてくれるのよぉぉぉぉ!!!!!」


女が全身に力を入れて、目をギラギラとさせる。

「さっきのお返しよぉぉぉ!!!!」

ぐっと目を瞑る。


「くっくぅ…ひぇーっへへ」

不気味な笑い声が響く。


お腹が熱い。

溶けてしまいそうだ。

「はぁっはぁっ……」

呼吸が荒くなるのがわかる。

お腹に手を当てると、刺さってた。

しっかりと刺さってた動かない。

笑ったままの女と、吠える犬と、でどうすればいいのか分からないけど、とりあえず抜こうとして滑る手に力を入れてゆっくりと抜く。


抜こうとすればするほど、血は溢れ出して、止まらない。それを見て、さらに笑いが止まらない女。

「うるさい」

そう言って一気に引っこ抜く。

まるで昔、畑に忍び込んで、人参を取った時みたいに力を入れてグイッと行った。

「ほら、あんたがやりたかったのはこれだけ?なら昼間のことはお互い様だよね」

「はぁー?何言ってるのガキがっ」

そう言って傷口の中に手を突っ込みモゾモゾと動かす。

「ねぇねぇ?痛いぃー?痛いよねぇ?ゾクゾクするよねぇ?」

ぐちゃぐちゃと色んなものが言っている。

「別に痛くない、とりあえず犬たちは私が貰う」

そう言って、女の体を押して、手を抜く。

「なに?あんたそんなゴミみたいな犬を貰うとかーばか?」

そう言って、手を舐めながら笑う。


もう知らない。

何もかかわらなければ、なにもやらなければトキは怒らなくてもすむ。


「お前たち、外に出るよ」

そう言って、割れた硝子をザクザクと踏みながら出ようとする。

だが、髪を引かれて転ぶ。

「犬はもう出ていったよ、あれ?裏切られたってやつなんじゃなぁーい?」

折角助けたのに犬たちはすぐさま逃げて、と言いながら割れた窓を見つめていた。

「……」

しつこく絡んできて、顔を抓られる。

「あんたみたいなガキには興味ないけど、可哀想だからもっといじくってから山に捨ててあげるわぁー」

そう言って、私を放り投げて刃物を再び手に持ちながら笑う。

なんか似ていた。

母に。この狂ったような目が嫌いで、この声が嫌いだった。

でも世の中はこんなに酷い人しかいないのか。

もういいや、どうせいつかみんな死んでいく。

それが早いか遅いか、それだけの問題なんだから。


「ねぇ、あんたって殺して何が楽しい?」

「殺すのは好きよー犬もそうやって何匹も殺して…前に2匹の狐を見てね殺したくなったのよ、それで殺そうとして包丁投げたら1匹に掠っただけだったのよねぇ」

あれはほんとに面白くなかった、なんてほざきながら私の腕を掴んで切りつけている。

腕を見ると、昔の腕輪の後がまだ残って赤黒く染まっていた。

軽く刃を当てて何回も何回も、線を作って。

犬もこうやって残酷に殺してきたんだったら、もう私で満足して欲しい。

こんな悲惨なことを何回も何回も人を変えて繰り返されるのなら、私がいくらいても無駄だけど、その1人を満足させることができるなら、もう二度と犬たちが辛い思いをしなくていいのなら死んでもいい、そう思った。

「はぁ……」

ため息をついて、そっと目を閉じる。

「そんなら面白くない反応しないでよ」

そう聞くと、唇につーっと固いものが当たる。

「これで喋れないねー」


もう死にたい。

こういうのいらないから、さっさと川でも山にでも置いておけ、そうしたら山の獣たちが食べてくれるから。


すると、1匹犬が吠えたと思うと、その刹那「ぎゃぁ」と、女の濁音が聞こえた。

目を開けると、女は壁にぶつかり、その前には見た事のある一頭がいた。

「クル!なにやってるんだお前!!!」

隣を見ると、肩から四角い箱を下げて、息を切らしながらもしっかりと見つめているトキの姿があった。

「お前はバカなのか!!!」

そう言いながら、腹部にハンカチを当てながら止血している。


「やめなさいよ!!そいつは私のモノよ!!」

そう言って、襲いかかってくる。

だがライにかかればそんなもの怖くもなんでもない。

ライは女の腕に噛みつき、女はその痛みに耐えきれず刃物を投げ捨ててしまう。

「やめろ!このバカ犬!!」

そう言って、何度も何度も、ライの頭を叩くがライは噛み付いて話さなかった。

やがて堪忍したのか、女はその場に倒れ込んだ。

「おいクル、いつから出血してるんだ!」

「別に、大丈夫だ、それよりライの体の方が心配だからそっちをみろ」

そう言うと、馬鹿野郎!と怒られ口にガーゼを突っ込まれる。

「とりあえず、救急車で……」

そう言うと、電話を使いながら止血してと忙しなくしている。

すると、ライが寄ってきて、きゅーんと鳴く。

私はただ笑うことしか出来なかった。

しばらくして、真っ赤なライトをチカチカさせながら大音量で向かう大きな箱がやってきて色んな人が来た。


(トキが大人と喋ってる……)

そして、青い服を身にまとった人が私に群がる。

「大丈夫ですか!」そう言って、体に触ろうとする。

「……っ!」

こんなに色んな人を見るのが初めてで怖くなった。

そのまま走って、逃げようとするがライやトキに阻まれる。

「おい!いいかげんにしろ!!」

モガモガと口を動かすが、ガーゼが邪魔で上手く喋れない。

それを察したのか、トキがガーゼを取ってくれた。

「いやだ!なんか嫌だ!!」

そう言って、青い服の人をさす。

「お嬢さん、それよりも今は……!」

そう言って1人が両肩を触る。

反射的に振り払い、唸る。

「クル、ごめんこれは俺が悪いな」

そう言って、トキは抱きしめる。

すると、不思議と体の力が抜けてくる。

「すいません、この子事情があって人になれてなくって、処置する時も俺がつきたいんですけど」

トキの手や服は血に染ってた。

青い人達は頷いてそのまま私を寝かせ、箱の中に入れた。

だけど、そこは悪臭と孤独さは感じず、目を開けるとトキがいて安心する空間だった。

「俺がずっといるからもう寝ろ」

そう言って、手をぎゅっと握りしめてくれた。

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